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 台北ビエンナーレ「欲望場域」

台北市の美術館から依頼があったのは、開催のおよそ一年前だった。以前から、美術館のキュレーターのユーリン・リーから打診はあったものの、本格的に作業に取りかかったのは、97年の夏過ぎだった。

館長と話をして、初めて国際化する台北ビエンナーレだから、あまり手を広げずに台湾、韓国、中国、日本からの作家によって構成することに決定した。97年の前半にキリンビール本社(そして大阪のキリンプラザ、福岡の三菱地所アルティウム)のアートスペースで「不易流行」という中国の現代美術展を開催した経験があったので、中国についてはあまり心配はない。韓国も時々訪問していたが、それに加えてかなり多くの情報が日本国内の様々な韓国現代美術展の資料から入手できる。台湾についてはその前年に台湾の作家がヴェネツィア・ビエンナーレに出展するときの審査員をつとめた経験があるので、事情についてはかなりわかっていた。それで、このひろがりの中の作家で展覧会を構成するということは、私にとってあまり無理がなかった。

XU Tan「Untitled-Dreaming Pigs」

XU Tan(徐担)
「Untitled-Dreaming Pigs」


Kim Sora「Very Up & Very Down」

Kim Sora(金小羅)
「Very Up & Very Down」

メイ・デェンイー「Don't Rush, Be Patient」

Mei DienE(メイ・デェンイー)
「Don't Rush, Be Patient」


コンセプトは対象地域の東アジアの都市文化の力強さに焦点を当てたいということでスタートした。それはもし伝統的アイデンティティーの問題を打ち出すと、台湾と中国のアイデンティティー、そして政治問題に行き当たる可能性があるということもあったと思う。はじめ私はパリンプセスツス・ウルバヌスというラテン語のタイトルを考え、複雑で重層的な現代の都市の状況を全面に打ち出そうとしたのだが、それより少し前に、ハンス・ウルリッヒ・オブリストがウイーンで開催する展覧会がアジアのアーティスト・建築家に焦点を当てたもので「シティーズ・オン・ザ・ムーブ」というタイトルで実施されることがわかったので、台北ビエンナーレは単純に都市ということをタイトルで打ち出すことをやめた。そしてアジアの都市のその変化、繁栄、矛盾の奥底にうごめく人間の欲望に焦点を当てようということになった。私は「欲望領域」というタイトルを提案したのだが、そのとき館長は「場域」という言葉があるがどうか、と言った。場域は最近出てきた中国語で英語の「site」に当たる言葉だという。これは感覚的に新しいし、今の現代美術の議論にもつながる。日本人でこの言葉を知らない人が聞いても、およその意味は分かるということで、このタイトルに決定した。

参加作家は36人、若手は20歳台のジェン・グォグーから大御所としては草間の60歳以上と参加アーティストの年齢の幅は広い。また内容は絵画、写真、インスタレーション、パフォーマンス、バルーン、ヴィデオ、巨大な広告バナー等と様々で、36人という数はビエンナーレとしては決して多くはないが、観客は多様な視覚体験を得られるような広がりを持たせることができたと思う。この展覧会についてはもうすぐカタログが完成するので、全貌については それを見てほしいと思う。

草間彌生「Dots Obsession」

草間彌生
「Dots Obsession」
1998


荒木経惟(アラーキー)

荒木経惟(アラーキー)


始まる数カ月前にアラーキーと一緒に台北の街のロケに行ったときのことはなかなか忘れられない。一週間に満たない取材旅行だったが、アラーキーは精力的に取材して、展覧会の開会の時にはすでに一冊の「台北」という写真集を出版してしまったのだから驚いた。またあの中国的な威風堂々たる圓山大飯店で、台湾の女の子をモデルにした撮影を行なったときのことも興味深い体験だった。展覧会の当日には、アラキネマを美術館の外壁に投影した。おりから近くの空港に着陸する飛行機が轟音をたてて頭上を通過して、アラキネマはクライマックスに達した。ある瞬間のあるドラマはこのようにして生じるが、またそれをそこにいなかった人に伝えるのは難しいことだ。

展覧会開会の日には、ツァイ・グォチャン(蔡國強)のパフォーマンスも行なわれた。200発の大型の花火ロケットを一斉に空に打ち上げ、それがパラシュートで降りてくるという物だ。これは台湾の人なら誰でも、中国の台湾侵攻を連想してしまう内容で、私も含めてみんな政治的な問題になることを懸念したのだが、そのとき館長が「そうなったらそのときに考えましょう」といって実施に踏み切ったのは立派だった。それはたぶん彼女が自分でそのような批判を受けてたつ自信があったからだろう。そこには台湾を中国と同じ政治的規制のある国にしてはいけないという台湾の存立に関わる問題意識があったのだと思う。こうした決断力、責任能力、そして自分にたいする自信は日本の名誉職的な館長たちには期待できないものだ。その点で台湾をわたしは健全でうらやましいと思わずにいられなかった。
開館後に多数の小学生や中学生が来場していたのは印象的だった。日本ではすぐに責任問題が出てきて、学校から美術館に美術鑑賞の訪問授業をすることができないが、台湾では子供の時からこうした現代美術を見せてしまう。これは12万人入場者があったという光州ビエンナーレも同様だった。そうすれば現代美術をわからないという大人は出てこないだろう。そしてもっといろいろな角度から、美術や芸術を観賞し、議論し、あるいは楽しむことができる人たちが増えてくるはずだ。


蔡國強

 

蔡國強「Advertising Castle」

CAI Guoqiang(蔡國強)
「Advertising Castle」


Yun Suknam「Pink Room III」

Yun Suknam(ユン・スクナム)
「Pink Room III」

写真:(c)台北市立美術館
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1998年台北ビエンナーレ「欲望場域」

会場:台北市立美術館
会期:1998年6月13日〜9月6日
問い合わせ:台湾 Tel:886-2-25957656
      日本 Tel:03-3780-0491 ナンジョウアンドアソシエイツ

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1998
国際美術評論家連盟日本大会

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