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Artscape Book Review
藤崎伊織
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情報環境の変容とアート――志賀厚雄『デジタル・メディア・ルネッサンス』

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アメリカにおける「ヴァーチャル・ミュージアム」の詳細な分析
デジタル・メディア・ルネサンス表紙
志賀厚雄
『デジタル・メディア・ルネッサンス』
丸善ライブラリー、2000 

世はIT革命真っ盛り。この新語が2000年度の流行語大賞を獲得したというニュースは記憶に新しいし、総合誌をはじめとする各種メディアは、こぞってIT革命特集を組んでいる。このたび実施された内閣改造でもIT担当相の新設は最大の目玉なのだそうだから、今やこのスローガン抜きでは昼も夜も明けないといった観がある。もちろん、アート界にもこの波は押し寄せている。アート系専門誌でもIT革命の4文字はしばしば眼にするし、インターネットやデジタルメディアを活用した作品は増殖の一途をたどっている。そもそも、Webマガジンに掲載されているこの原稿からして紛れもなくそのような趨勢の一端を占めていることに、評者とて無自覚ではいられるはずはない。
ところで、いわゆるメディアアートは、二つの系列に大別することができるだろう。一つは既存のアートや情報のデジタル化を試みるものであり、もう一つは既存のメディアによっては不可能であった表現を、インターネットをはじめとする新しいメディアを通じて追究するものである。数多あるインターネット・アートの文献は、この両者の差異に意外と無自覚とも思われるのだが、その点今回取り上げる志賀厚雄の新著『デジタル・メディア・ルネッサンス』は、両者の差異を十分に弁えた、適切な問題提起が為された好著と言えよう。
本書の目次を一瞥する限りでは、著者の関心はもっぱら前者へと傾斜しているように見える。個人や美術館が運営する「ヴァーチャル・ミュージアム」は前者の系列を代表する表現形態だが、著者は豊富なフィールドワーク(この場合は、ネットサーフと言う方が適切だろうか)の経験をもとに、主にアメリカの様々な美術館や大学における「ヴァーチャル・ミュージアム」やデータベースの事例を取材、関係者へのインタビューなどを通じて、その現状と今後の展望を懇切かつ詳細に分析している。その議論が決して独り善がりでないことは、各々の事例にURLが併記されており、読者が実際にアクセスしてそのコンテンツを確かめられるように配慮されていることからも確かであろう。

情報環境の変容に即応した問題系
もっとも、本書の全編に登場する様々な「ヴァーチャル・ミュージアム」の分析は、単なる紹介にとどまることなく、その背景とも言うべき情報環境の変容(しかもそれは、必ずしもソーシャルインフラのような具体的な水準にはとどまらない)をも視野に捉えているのだが、言うまでもなく、これは著者の関心が後者にまで及んでいることを物語っている。考えてもみれば、インターネットというメディアの特徴の一つはその無媒介性にあり、その中に遍在するコンテンツの何がアートであるか否かは、もっぱらユーザーの判断に委ねられるべき問題だ。その意味では、過度に楽観的にも悲観的にもなることなく、あくまでニュートラルな視点からデジタルメディアの現状を見据え、新たなアートの可能性を様々な角度から展望しようとする著者の態度は、極めてまっとうなものに違いない。
本書のタイトルでもある「デジタル・メディア・ルネッサンス」とは、まさしくITが必然的にもたらす情報環境の変容に即応した問題系なのだが、これは意外と古くから存在するものなのかもしれない。近年フランスで高い関心を集めているメディオロジーが、その議論の雛型をルロワ=グーランの古生物学に見出したりしているのはその典型だし、本書でもまた、冒頭でバックミンスター・フラーの問題提起が極めて先駆的なものとして紹介されているほか、マルクスにも同様の先見性が指摘されたりもしている。評者としては、さらにここにカント以来の外官/内官という知覚図式の転倒を見出したいという誘惑に駆られるのだが、さて本書を手にした各々の読者は、果たしてこの問題の先駆をどこに見るのだろうか?

[ふじさきいおり 美術批評]

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