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明治のアートスペースvs新世紀のアートイヴェント

.. 「美術館を読み解く」
美術展を見に出かけるのに、かなり変わった場所や珍しいシチュエーションに遭遇するのは最近ではだいぶ慣れてきた。東京では、美術館やホワイトキューブのアートスペースで現代美術を鑑賞をするのは、当たり前になってきたこともあって少しばかり刺激的な場所や内容でないとウケナイってこともあるかもしれない。もちろん、企画する側は、ウケや刺激ばかりを求めてイロモンを試みているわけではないだろう。
美術館を読み解く」という東京博物館内にある表慶館(1908年設立)で行なわれた東京国立近代美術館の企画による現代美術展は、むしろアカデミック・スタイルによるオーソドックスな企画だ。しかも、1900年(明治33)、当時の皇太子(後の大正天皇)の御成婚を記念した事業として決定された本格的な美術館である。ただし歴史的建造物(重文)として有名な表慶館が会場となったことで、非常に特別な環境での現代美術展となったのは確か。ちゃちゃを入れるわけではないが美術館の先進国であるヨーロッパでは、歴史的建造物ではない美術館を探すほうが大変である。だが、古めかしい建物に如何に現代美術を設置していくかが彼らの悩みであるのも事実なのである。最近では、博物館の古美術や民俗学的コレクションのなかに現代美術を設置してみることがいろいろと試みられている。これまでも大英博物館、ジョーン・ソーンズコレクション、ビクトリア&アルバート美術館(いずれもロンドン)、アフリカ・オセアニア博物館(パリ)などでコレクションが陳列された状態で、現代作家による美術作品のインスタレーションが行なわれてきた。いずれも建物やコレクションが歴史的に重要なものばかりで、こうした付加価値と勝負することは、アーティストたちにとっても刺激的な展覧会であるはずである。
しかし、「美術館を読み解く」は、表慶館のコレクションがそのまま残っているのではなく、まったく空っぽという状態で行なわれた美術展だ(表慶館の歴史を紹介する資料展示が一部あった)。つまり、この場合は美術館自体がアートオブジェという意識で行なわれたコラボレーションといえるかもしれない。したがって今回選ばれた現代美術の5人の作家たちは、現存する最古の日本美術館という表慶館の歴史や赤坂離宮(迎賓館)、奈良京都国立博物館を手掛けた片山東熊の設計による偉大な建築という重みと戦いながらサイトスペシフィックな仕事を行なったのである。今回出展した栗本百合子、谷山恭子、高柳恵里、松井紫朗、テレジータ・フェルナンデスのそれぞれの作家は、いずれもけっしてアグレッシヴではない表現をしてきたことが選ばれた理由かもしれない。表慶館は存在の深みはありながらもけっして派手ではないコレクションを入れるための箱として創られた空間であり、その場所(サイト)へのアプローチは、彼らのようなシンプルながら低体温のある表現が相応しいように思う。それによって建物と作品の相互関係のバランスが成り立ち、企画者が意識するところの「美術館というしくみや性質」を浮きぼりにすることに成功できたようである。特に日本の博物館が頻繁に活用しているガラスケースについては、その存在を改めて観客に問うことができたといえるだろう。フェルナンデスによるガラスケースの《砂丘》は、静謐な有機体となった白砂がひんやりとブルーライトに照らされて惑星のようになったいくつかのガラスケースが陳列された美しい作品だった。

「美術館を読み解く」チラシ 松井紫朗《Parascope》
谷山恭子《Three Rooms》 テレジータ・フェルナンデス《砂丘》
松井紫朗《Parascope》2001

作品撮影(c)上野則宏
谷山恭子《Three Rooms》2001
テレジータ・フェルナンデス
《砂丘》2001




「クリニック」
ユニークなロケーションで行なわれた美術展では、渋谷の新しいオフィスビルにあるHIS(大手旅行代理店)の会議室でたった2日間だけ行なわれた「クリニック」もかなり目立った存在である。この展覧会が開催された場所は、通常、オフィスとして使われているだけあって機能を重視したシンプルなスペース、つまり平凡な会社の空間だ。したがって本展は、空間の珍しさよりもタイトルに「クリニック」となっている病院を模したシチュエーションが奇抜なのだといえる。「クリニック」は、空想の病院のなかでアートを体験するという突飛な方法で、美術展の在り方を問い直したイロモン的な企画なのだ。受付には看護婦姿のスタッフが診察券を記入するように患者(観客)を誘導していたり、薬局ではドクター(アーティスト)が処方した薬(作品)を300円で受け取ることができる。診察(作家による観客面談)まで長時間に渡って待合室で待たされるところも病院ぽい。小さなブースに分かれて4人の作家(大巻信嗣、木村崇人、高安利明、増山士郎)がそれぞれのアプローチで患者とコミュニケーションを図る(インタラクティヴ作品によって観客とコミュニケーションをしながら自作を見せていく)ことで、現代美術が抱えている観客との距離(溝が深いという意味で)を埋めていこうという試みなのである。この企画をオーガナイズしたのは、蝶番という意味の人とアートを結ぶヒンジを付けていこうと生まれたヒンジプロジェクトといって、いちおうノンプロフィット系組織らしい。らしいというのは、バックアップをしているのがコマーシャル組織なので、現時点では実験的イヴェントをしているけれど将来的には現代美術を本気でマーケットにのせようとしているのかもしれないと思うからだ。それなら、それでぜひともベンチャービジネスにしてもらいたいものだ。今後、こうしたオルタナティヴ系プロジェクトが日本のアートマーケットを変えるぐらいの画期的な出来事となれば歓迎すべきことだろう。それにしても大勢の若い観客たちが、現代美術をまったく意識しないで愉快な遊びとして楽しんでいたのがその可能性を感じさせる。
新世紀だからって何も変わらないと思いつつ、実は21世紀の新しいアートシーンはすでに始まっているのかもしれない。


招待状裏面の「診療録」 「クリニック」 「クリニック」
招待状裏面の「診療録」  

[かとう えみこ 美術批評・キュレーター]
「美術館を読み解く」
会場:東京国立博物館・表慶館
日程:2001年1月23日〜3月11日
出品作家:栗本百合子、高柳恵里、谷山恭子、松井紫郎、
テレジータ・フェルナンデス
企画:東京国立近代美術館
「クリニック」
会場:株式会社エイチ・アイ・エス会議室(渋谷マークシティウェスト12階)
日程:2001年2月18日・25日
出品作家:大巻信嗣、木村崇人、高安利明、増山士郎
企画:ヒンジプロジェクト

 


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