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公立美術館における教育活動の記録 ..

連載「美術館教育1969−1994」概要(2)

美術館教育研究会
年表「アウトリーチ」


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趣 旨


 当研究会は、CD-ROM「美術館教育1969−1994:日本の公立美術館における教育活動18館の記録」を1998年に発行しました。その内容は、各館の年報や印刷物等から教育活動のデータを収集・整理して年表化したもので、館名、カテゴリー、キーワード、年代などによる検索も可能です。
 当アートスケープではこのCD-ROMのデータ概要をカテゴリー別に順次発表しています。主として26年間にわたる教育活動の動向がわかるようにまとめとめたものです。また、動向がより明瞭にわかるように全データから抜粋したデータ年表を添付し、概要と照合できるようにしました(この年表には、公刊資料が揃わなかったためCD-ROMでは割愛せざるをえなかった、セゾン美術館や三戸芸術館現代美術センターのデータも含めてあります)。今回は第2回目で、アウトリ−チ(館主催の移動美術館、館外展等)を取り上げています。
 概要は、毎月内容を更新して13回にわたって発表し、終了後にあらためて全内容をデータ分析の論文と共に冊子として刊行する予定です。

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アウトリーチ(CD-ROMではカテゴリーNO.8に分類)


 アウトリーチの開始は調査対象館に見る限り70年代に入ってからで、最も早い例は兵庫県立近代美術館である。同館は1970年から71年にかけて館外事業として県外各地で展覧会を開催しているが、これらはいずれも大手の新聞社、放送局などとの共催展であった。中には東京のデパートを会場としたものもあり、その後おこなわれた主として県民対象のアウトリーチとは区別されるべきかと思われる。同館が県内各地で「移動美術館」を開始したのは71年10月であった。年間5〜6カ所、それぞれ5〜7日間開催し、作品の展示のほかスライドを用いた美術鑑賞講座や地元関係者との美術の普及と行政の関わりについての懇談会なども行った。さらに、72年度にはテープレコーダーを使用した列品解説を始めている。74年から79年までは実技講座かと思われる「絵画教室」などもおこなっている。

 次いで栃木県立美術館(72年開館)が1976年に巡回展を開始した。年1〜2会場で、平均4〜5日開催している。講演会等は実施されなかったようである。北海道立近代美術館は、開館1年後の1978年7月に移動美術館を開始した。当初は年2会場、後に5会場となった。関連事業として作品解説、質問コーナー、館紹介ビデオ放映などを行っている。この他講演会などを開催することもあった。ビデオによる館の紹介はアウトリーチを単に一種の「出前」とせず、来場者を美術館へと誘うものとして注目される。

 80年代になると美術館の新設に伴いアウトリーチ活動を行う館も増え、いくつかの館ではあらたな試みや工夫が見られる。先行館についてみると、兵庫県立近代美術館が80年には映画の上映をおこない、北海道立近代美術館は、81年と82年に「親と子のモビール教室」を開催した。

 新規のものとしては、いわき市立美術館が、開館に先立ち1981・82年度に市内作品展示を2つの公民館で開始した。1983年には2つの図書館を含む5会場に増やしている。開館後も継続しているので、前宣伝もかねたアウトリーチといえよう。通常の巡回展とは異なり、図書館など公共のエリアに美術品を展示することで展覧会場という、いわば閉じられた場所において作品を見るために来たという意味で特定される人々のみへの展示ではなく、偶然訪れた人々にも見せることができるという意義があろう。翌84年に開館すると、美術専用車「アートバス」で公民館や学校などを訪問する移動美術館も開始した。これは作品鑑賞が主であるが、専用バスを使って基本的に1会場1日のみで実施されるところが特色であろう。また、実技講座も試みられており、なかでも85年に県立高校および小中学校で版画実技指導を学校教育課程の中で行ったことは注目に値する。そのほか1981年に開館した富山県立美術館が1983年に、1982年開館の埼玉県立近代美術館が1985年に、1981年開館の宮城県立美術館が1986年に、1985年開館の滋賀県立近代美術館が1989年にそれぞれ移動美術館を開始したが、いずれもいわゆる巡回展で、その内容・実施方法はそれまで他館でおこなわれたものと類似のものだったようである。

 79年に開館した板橋区立美術館は、区内の小学校で作家の指導のもとに制作をおこなう「大きなアトリエ」を1981年に開始した。アウトリーチは所蔵作品の館外展示の場合が多く北海道やいわきのように制作を組み合わせたところもあるが、「移動美術教室」と名付けられたこの活動は、制作のみにかぎったものであった。83年までの3年間という短い期間であったが、ユニークな試みだったと言えよう。また世田谷美術館は、開館の翌年である1987年から区内ではなく群馬県にある世田谷区民健康村ふじやまビレジで館外展を継続して行っている。区外にあって区民が利用する施設でのアウトリーチという独創的なアイディアは、注目に値するものといえよう。

 90年代の新たな動きとしては、宮城県立美術館が92年からハイビジョンの上映を加え、板橋区立美術館は93年の春にコンピュータを使ったビデオ制作のワークショップの区内小学校へのアウトリーチを試みている。また、富山県立美術館が94年には学校一日美術館と称して小、中高等学校で各1日間の展覧会を開催した。いわき市立美術館は92・93年度には移動美術館の訪問先として老人ホームや養護学校などを加えている。とくに92年には彫刻を触って鑑賞する事も行っており、いわゆるマイノリティーへのアウトリーチとして注目すべきであろう。(河野哲郎)

 

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