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キュレーターノート
     森 司
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第6回:2000.12.1〜
12月1日(金)
健康診断。1日人間ドックを受ける。バリウムが格段に飲み易くなっていて驚いた。目の検査にフラッシュをたくのがあるがこれを受けるとき、いつも藤本由紀夫の顕微鏡を覗くとフラッシュが炸裂する作品を思い出す。

12月2日(土)

市民講座。水戸芸術館現代美術センター市民講座第2回目。今日の講師は、美術家、奈良美智。発売と同時にチケットは完売している。人気のほどが知れる。来年は8月11日の横浜美術館を皮切りに数カ所での国内巡回が決まっていている。

12月3日(日)
青木淳。水戸芸術館開設準備室時代から勤める僕としては、とても懐かしい人だ。建築家、青木さんにとって水戸芸術館は磯崎アトリエ時代の最後の現場だった。芸術館がオープンした翌91年に株式会社青木淳建築計画事務所を青木さんは設立された。僕が青木さんのその後の仕事を知ったのは、朝日新聞文化部の大西若人さんの雑誌への連載記事だった。掲載された写真に惹かれてページを留め読み始めてから、小田原に建てられた「S」氏邸の設計者が青木さんであることに気づいた。で、今やルイ・ヴィトンの店舗も手がけるなど大忙しの青木さんの今日の来館の主目的は、青森県総合芸術パーク(約36ha)の中核として2003年にオープンを予定している青森県立美術館(仮称)の設計者として、若いスタッフを伴った現場へのヒアリングだ。著書『住宅論――12のダイアローグ』(INAX出版)を頂いた。楽しい午後の一時だった。

12月4日(月)
記者発表。国際交流基金において第49回ヴェニス・ビエンナーレの日本館コミッショナーと参加作家を紹介する記者発表が開かれた。コマンドNを主宰し秋葉原TVや隙間展を仕掛け、独自の仕事としてはマクドナルドのmマークを作品化する中村政人。西宮記念大谷美術館での1day展示「美術館の遠足」で多数のファンを動員する藤本由紀夫。97年に第22回木村伊兵衛賞を受賞し、下水路や爆破の瞬間を被写体に魅力的なストレートフォト作品を発表する畠山直哉の3人だ。日本館コミッショナー、逢坂恵理子が掲げるテーマは「Fast & Slow」だそうだ。どんな展示になるのだろうか、とても楽しみだ。

12月6日(水)
12名。ドイツの美術関係者12名とドイツ文化会館のスタッフほか関係者6名の一行の訪問を受ける。直島文化村にも行ってきたそうだ。明日は村上隆FACTORYを訪ねるそうだ。あいかわらず元気いっぱいの村上隆。11月30日には“原宿フラット”。12日からは“芸術道場”。来年8月26日からは東京都現代美術館で個展のハズ。スーパーフラット恐るべしだ。一行は11時前に着いて、15時過ぎ、バスに乗り込み東京に戻った。

12月8日(金)

自転車。今日は取手市内を自転車でまわった。東京芸大先端芸術表現科が取手市と組み、昨年から開催している「取手アートプロジェクト」を見るためだ。アートを通して取手市の町や風景、生活環境などについて、市・市民・教育機関の三者が、一緒になって継続的に考えるプロジェクトだと、リリースされている。今年の〈取手リ・サイクリングアートプロジェクト2000〉のテーマは「家・郊外住宅」。家(廃墟)が会場というより、作品としてリ・サイクルされている。取手から浦和に移動し、埼玉県立近代美術館で「プラスチックの時代――美術とデザイン」を見る。入り口にスマート・クーペが展示してある。連絡を取りたいと思っていた遠方の友人に期せずしてばったり出会い、しばしお茶。東京に戻り「宇宙の旅」展のポスター等の校正。お決まりの終電コース。

12月11日(月)
研修。文化庁・国立西洋美術館主催の美術館等運営研究協議会に参加する。文化庁主催としては、最後の研修となるのだろう。2001年1月6日の省庁再編で、文部省は科学技術庁と一緒になって、文部科学省となる。そして4月には独立行政法人国立美術館として、現行4つの国立美術館(西洋美術館、東京と京都の近代美術館と大阪の国際美術館)がひとつの美術館となる。予算的課題はこれから3月までに決まり、活動を評価する基準も現在、評価委員会が策定中といったさなかに、「美術館の運営――国立美術館の独立法人化を前にして」をテーマとする研究協議会が2日に渡り開催される。参加者は全国から120人弱。1日目は、会場を提供している国立西洋美術館の遠山敦子館長(文化庁出身)から講話「独立行政法人化を前にして」。整理されたそれは、状況を客観的に理解するには申し分ないお話。続いて高階秀爾東京大学名誉教授による特別講演「21世紀における美術館運営――期待される活動と運営のあり方」があり、昼食を挟んでオランダのライデン民族学博物館館長スティーブン・エンゲルスマン氏による「民営化が美術館にもたらすもの――国立ライデン民族学博物館の場合」なる特別講演。内容は90年代にオランダが民営化を実施した際の経緯と経過。海外のある成功物語の事例報告としては面白い。が、民営化への移行の背景(必然性)がオランダと我が国ではあまりにも違う。ちなみにライデン民族学博物館はシーボルトの日本コレクションを出発点として1837年に設立した16万点以上のコレクションを有する博物館。

12月12日(火)
2日目。研究協議〈基調講演〉は、「全国美術館会議の美術館規準(案)に書かれていないこと」講師:貝塚健(ブリジストン美術館学芸員)と「美術館活動と企業活動の接点?事例紹介を中心に」講師:安田茂美(電通プランニングプロデュース局文化事業部主管)で13時終了。2日間のお勉強を終え、午後からは2月10日オープンの「宇宙の旅」展広報物に関するツメの打ち合わせに吉祥寺に向かう。

12月13日(水)
森アートセンター。2000年3月の記者発表で、MoMA(ニューヨーク近代美術館)との世界初の提携樹立と謳い、さらに森ビル株式会社が六本木6丁目で行なっている再開発「六本木ヒルズ」の54階建オフィス棟最上部5層に設置されることもあって話題となった。森アートセンターは2003年オープンする。その森アートセンター準備室の学芸スタッフが視察来館。再開発現場は「広い空き地が広がっていて面白いですよ。是非、遊びに来てください」と誘われた。今度チャンスがあったら行ってみよう。

12月14日(木)
野次馬。駅ビルの書店で雑誌を買い、中央線に乗りこみ、ページをめくったとたん「6丁目は再開発真っ只中。どうなる六本木?」の文字が目にはいる。昨日の今日。気にならないわけがない。見にお出かけくださいと誘われている場所だ。記事の内容はすでにどうでもよく、記事になっている事実だけで、これは一刻も早く六本木を見に行かないとの思いが走る。行かなきゃ!

12月15日(金)
オープニング。東京都現代美術館で今日から開催される「ギフト・オブ・ホープ――21世紀アーティストの冒険」のオープニングに出かける。その前にいくつかの予定を入れ、いかにも師走らし日中を過ごす。夜はオープニングに来ていた人たちと食事に。時節柄、すっかり忘年会気分。

12月19日(火)
連続講座。財団法人水戸市国際交流協会のためのプログラム「旅先で寄りたいあの美術館と楽しみ方・ヨーロッパ編」が完成。これまでにない旅の楽しみ方のヒントを発見してくださいという趣旨のもので全6回の連続講座。同協会には、平成11年10月に開催した国際シンポジウム「地域社会になぜアートが必要か?」(これは平成10年度国際交流金文化事業企画連絡会として、同基金と共催で開催した)の分科会会場を提供してもらうなどで大変お世話になった。担当の江橋氏も複数年での開催をイメージされていたそうで、この後、アジア編とアメリカ編も開催しましょうという僕の提案を快諾していただいた。それを受けて、準備を進めてきたものだ。全講師の日程の確保が今日終わり、明日の約束した企画納期日前日にプログラムを組み上げることができた。
概要は次の通り。

開催日:2001年3月6、13、27日、4月10、17、24日(全6回)
講演時間:18:30−20:00(開場18:00)
場所:水戸市国際交流協会ホール
定員:50名(定員になり次第締切り)
参加費:全6回5000円(途中参加の場合は1回1000円)
申込:直接または電話029-221-1800(財団法人水戸市国際交流協会)

プログラムは、
3月6日「ロンドン美術館物語──21世紀への発信基地をめざして」
 講師:桜井武(ブリティッシュ・カウンシル)
3月13日「ヤン・フートを中心としたベルギー現代美術事情」
 講師:和多利浩一(ワタリウム美術館キュレーター)
3月27日「ヨーロッパ――現代アート周遊」
 講師:市原研太郎(美術評論家)
4月10日「イタリアの“現代美術のある空間”」
 講師:廣瀬智央(美術家)
4月17日「サンクト・ぺテルブルグ──芸術と革命を育んだ都市」
 講師:沼辺信一(川村記念美館学芸員)
4月24日「ポンピドゥー・センターとフランスのおしゃれなアート・プレイス」
 講師:岡部あおみ(武蔵野美術大学教授)
と決まった(最新の情報を得ることができる贅沢な企画!と目一杯今日は宣伝)。

12月21日(木)
川俣正。来年11月3日から個展をお願いしている作家川俣正が会場下見のために来館した。館内のみのインサイドインスタレーション作品の展示で、オープン時には彫刻作品のように展示が終了している。といった方向のイメージを携えて、昨年、夏期休暇から戻った頃に依頼したら快諾いただけた。ここ5年はワーキング・プログレスの仕事が続く。国内でも福岡県田川のコールマイン豊田市美術館のコミッション・ワーク。越後妻有の松野山公園の仕事。すべて外の仕事だ。ここいらあたりで、インサイドインスタレーションのバチッとした作品で個展を展開してもらったら、面白いことになるだろう。そのタイミングは今だと思ったのが出発点だ。水戸での川俣正の展示はこれで3回目となる。1回目の90年開館記念展では、タワーの見える場所にゲリラ的に小屋を建てていく作品を展示し、97年のアートシーンでは、この延長線上にあるファベーラの写真データを展示してもらった。その都度、担当してきた自分としては、いつか本格的な企画をお願いしたいと思っていた。プランはまだ白紙。作品の方向性のイメージは聞く。

12月22日(金)
六本木6丁目。市街地再開発の現地を覗く。やはりチャンスは求めるべきものだ。森アートセンターの方に会った翌日、再開発を扱った記事を目にした時から、その場所を訪れる必然性のある偶然を求めていた。うかうかしていると工事は進み、見ておくべきなにもない風景は消えてしまう。時は思いのほか早く訪れ、溜池山王界隈に出向く所用が発生した。それが今日というわけだ。次の約束との隙間の時間に、ちょっとだけ立ち寄って覗かせてもらう。そうして2003年に地上54階、海抜250メートルの地点にギャラリーがオープンする場所の掘り起こされている穴を見た。写真の1枚でも撮ってくれば良かったと思ったのは、すでに現地を後にしたときだった。

12月23日(土)
喪中はがき。今年も喪中のハガキが届けられる時期になった。そして年賀状の用意を急がないといけないことを知る歳になった。

12月25日(月)
クリスマス。今年のプレゼントには絵が欲しい。しかも、ルノワールの《若きパリの女》と《庭師との会話》それと1630年ごろに描かれたレンブラントの自画像の計3点が。盗んで来てでも欲しい!(といったかどうだか知らないけれど)。そう思ったお金持ちがいて、悪サンタさんにお願いしたのかなと思わせる盗難事件がおきた。22日夕刻、スウェーデンのストックホルム国立美術館からプロの手によってこの3点の名画が盗まれた。ちなみに時価で3000万ドル相当という。美術館の人にとってはとんだ災難だ。

12月26日(火)
佐川文庫。1984年から93年まで水戸市長をつとめた佐川一信氏のメモリアルホールとして、遺族の方の手によって設立され、先頃開館したばかりだ。その佐川文庫に水戸芸術館現代美術センターがこれまで刊行したカタログを寄贈するために届ける用向きに同行し訪れた。愛蔵書と補充した約3万冊の書籍と1万枚のクラシックCD。開架式の広くゆったりとして館内は、時間が許せば幾度となく訪れ過ごしたい気分にさせる。「佐川文庫」外観の玄関まわりには、水戸芸術館の建物を思い起こさせる意匠が取り入れられている。磯崎新著『建築家のおくりもの』(王国社)の第3章「あなたはいまどこにいるのか」の中で“誰かが志を継ぐだろう”と題し思いを綴っている。佐川文庫は早世後5年にして形になった遺志のひとつだ。

12月27日(水)
御用納め。夕方から収蔵庫の薫蒸が始まるため、19時には全員退出。そんな日の午後は、ハガキの整理に限る。仕分けをしていくと結構な量を捨てることになる。毎年のことだから驚かない。問題は、出かけておけば良かったという展覧会や講演会を多数発見してしまうことだ。郵便物チェックの甘さを反省し、来年は、より隙を見ては出かけて行こう。それにしても年々時間が経つのが早くなる。気が付くと18時30分をまわっている。慌てて店じまいをし、筑波学園都市に向かう。1979年につくば市に文化発信地としてオープンしたクリエイティブハウスAKUKAUが当初予定通りこの31日で活動を停止するという。主宰者の野口さんとは、98年夏のTAM東京大会でご一緒して、講師としてお世話になった。一度も訪れたことのない他の仲間とお祝いを兼ねて遊びに行く。楽しいお酒の席となった。

12月28日(木)
閉じる。日経新聞朝刊の32面の文化面に「若き芸術家集まった美空間」の見出しと、小池一子さんの顔写真が掲載されていた。1983年にオープンした「佐賀町エキジビット・スペース」は、オルタナティヴ・スペースとして確かに一時代を画した。記事で小池氏自身も記しているが、前々回の97年のヴェニス・ビエンナーレに内藤礼さんが出品した「地上にひとつの場所を」が最初に発表されたのがここで、91年秋のことだった。この展覧会は僕にとっても思い出深い。当時自分はクリスト展を担当していて、さらにツアーを企画し、その直前も別のことでイタリアに訪れ留守にしていて、この展覧会を見ることができるのが展示最終日。クリストの“アンブレラによる日米ジョイントプロジェクト”のカルフォルニア側の黄色い傘を見て戻る日だけだった。成田から直行して、閉館ぎりぎりにツアー参加者の数名と訪ね、ゆったりと見せてもらった記憶がある。クリテリオムで紹介した駒形克哉がイタリア留学から戻った時に個展を開いたのもこの会場だ。最近では、ミラノを拠点に活躍する廣瀬智央の赤い絨毯を敷き詰めた作品が記憶に残る。今年は、節目故に、また経済上の理由から、いくつかのスペースが活動を終えた。

12月30日(土)
誕生日。40歳になる。

12月31日(日)
ASIMO。20世紀最後の紅白を見る。目的のひとつ小林幸子の電飾衣装を見るためだ。正確に言えば、装置を担当した森脇裕之の作品としてそれを見るためにTVをつけていた。すると「鉄腕アトムは2003年生まれなんですよ」なる久保純子アナウンサーの前振りでASIMOが出てきた。2足歩行するロボットが映っている。ホンダ版21世紀に間に合いました、なんだろうな。湯船につかりながら、近くの寺の除夜の音を聞く。20世紀年が終わり、21世紀が幕を開けた。

[もり つかさ 水戸芸術館現代美術センター学芸員]

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