logo
Recommendation
兵庫  江上ゆか
..
 

exhibition日本の前衛 ART INTO LIFE 1900-1940

..
日本の前衛 ART INTO LIFE 1900-1940

 三岸好太郎「海と射光」、萬鐵五郎「裸体美人」、古賀春江「海」、村山知義「コンストルクチオン」……、続々登場する日本の前衛名品中の名品に、思わずかっこいいわぁとため息をもらしつつ、例えばアカデミズムの陣営たる白馬会の会場にアール・ヌーヴォーのポスターが飾られていたこと、例えばヨハネス・イッテンの書のごときドローイング、例えば同じ萬の南画的作品等々、知られざる前衛の姿に目を見張る。
 サブタイトルにART INTO LIFE。この展覧会は、LIFE=生活をキーワードに、日本の風土に根ざした生活・文化環境と前衛美術との関係や、あるいは一方通行ではない西洋との影響関係を検証し直すことで、ただ西洋の受容史として語られがちであった日本の前衛美術に新たな視点を持ち込もうという企画である。絵画作品だけではなく、建築、工芸、写真などより生活に関わりの深いジャンルや、美術教育の問題に関わるものまで、海外の関連作品も含め、300点近くにより構成されている。様々なジャンルの作品により「前衛」をめぐるさまざまな動きの交錯を横断的に眺めることで、この国の「土着的な」生活自体の揺れ幅、そしてその振幅もといこの国特有のズレや勘違いさえ巻き込みながらともかくも「前進」していった時代、LIFEも、ARTも、それこそグローバルに(!?)変化していった時代の高揚を、改めて見たようにも思う。
 会場内に三岸好太郎のアトリエが再現されるらしいとの噂は事前に耳にしていたが、何にも先んじて入り口にあるとは、しかもスリッパ履いてお邪魔することになるとは思わなかった。生活空間にいきなり引き入れるというその導入もさることながら、会場全体を見渡しても、額縁の矩形のならぶ絶妙な間隔から、休憩用の四角いソファの配置(いつもの京都近美のソファではあるのですが)に至るまで、一貫したこだわりが感じられ、シャープに整えられた応接間のように何とも居心地の良い空間がつくられていた。ある意味、展示の手法と内容とが、相似形をなしているよう。時代のモダニズムの申し子たる美術館のポジティブな明日についても色々と考えさせられた。流石です。
..
会場:京都国立近代美術館 http://www.momak.go.jp
   〒606-8344 京都市左京区岡崎円勝寺町
会期:1999年11月23日〜2000年1月23日
問い合わせ先:Tel. 075-761-4111

2000年2月5日〜3月22日 
水戸芸術館現代美術センターへ巡回

top

exhibition児玉靖枝展

..
児玉靖枝展

児玉靖枝展

児玉靖枝展
展示風景

 のっけからいきなり意味不明のコメントで恐縮だが、ちょうど一年前の同じ時期にも同じ場所で同じ作家の展示を見て、まるで空を追いかけるような体験だと感じたことを鮮明に覚えている。
 会場のトアロード画廊は、以前はその名のとおりトアロードという通り沿いにあったのだが、95年の阪神大震災で建物が被害を受け、98年に現在の場所へ移転した。管理人のおじさんが手動でエレベーターを操る、大正9年築の、したがって空襲にも震度7にも耐えた、西元町の松尾ビル。その階段スペースを利用しての再開である。来場者は2階から4階まで、時代と記憶の垢が染みついたようなどっしり重い手すりをたどり、折り返し階段を昇りながら作品を目にすることになる。白い画面に単色のストロークの折り重さねという最小限の要素で、深みや透明感を醸し出す児玉靖枝の平面の魅力は、上へ上へと続く画廊のユニークな空間と絶妙な相乗効果を生んでいて、それが冒頭のような感想になったという次第である。
 今回の展示も、階下の入り口はまず青や黄色のモノクロームの作品からはじまった。白を多く含むマットな地に、しぶきを放つ強い色の線描、と相変わらずぎりぎりまで切りつめた緊張感ある画面は、水か空気のような流れと空間のひろがりを強く感じさせてくれる。
 ところが最初の踊り場で、地の流れを区切るように、強い緑の線が出てきたかと思うと、植物のかたちとなり、それがはっきり花弁を描いたときには、いきなり目の前にあまりにも具体的なイメージをつきつけられたことに、正直少し戸惑った。
 しかし、のびやかな花の線のうごきや息づかい、ふるえるような感覚が、花であって花以上の眺めを見せてくれたことも確かである。少なくともこれらの作品には、ただよく見るということについての、無謀なまでの真摯さが感じられた。わたしたちの眺めは、見えている(つもりの)ものだけで出来ているのではない。そして具(つぶさ)に見るということと、コアな部分を抽きだしてみせることとは、むしろ相対することではないだろう。階段のさらに上へ、この花はどこまで行くのだろうと追いかけながら、そんな当たり前ではあるが見失いがちなことについて、つくづく感じ、考えさせられる展覧会だった。
..
会場:トアロード画廊
   〒650-0022 神戸市中央区元町通6-5-8 松尾ビル内
会期:1999年12月19日〜12月30日
問い合わせ先:Tel. 078-351-2269

top

report学芸員レポート[兵庫県立近代美術館]

..
 2000年である。正月である。副担当とはいえ、1月にはじまる展覧会を抱えている身には、印刷も輸送もあらゆる作業がストップしてしまう年末年始の休みは、ただひたすら恨めしい。という訳で1000年代最後の12月は、特別展の諸々の作業、その狂ったような騒ぎの中、追い打ちをかけるように新美術館建設現場の見学会あり、来年度自主企画の打ち合わせありで、何が何やらわからぬうちに過ぎ去っていった。
 私の勤務先である兵庫県立近代美術館は、2002年の春、現在の場所から1kmほど南に移転する。海沿いの再開発地区らしく妙な均質感の漂うマンションの建ち並ぶ一帯は、その見かけとは裏腹に、実は意外と古い歴史に彩られた町でもある。
 新館の建設地、町名では「脇浜町」という。これはなんでも有名な「敏馬(みぬめ)」の脇の浜、ということで付いたらしい、少々情けない地名である。敏馬の浜の方の有名さは、少なくとも万葉集の時代には半端なものではなかったらしく、敏馬に「見ぬ目」の掛詞で詠まれた和歌がかなりの数知られているという。
 12月の見学会は、そんな忘れ去られた地域の記憶を知る機会として、また6月に着工した新館建設工事の定点観測(続けます、今後も!)の第1弾として、なんとか年内にと、友の会会員の参加を募り企画したものだ。当日は敏馬神社の宮司さんに無理矢理お願いし、敏馬の港がやがて廃れた後、酒造りで再び栄え、近代の埋め立て、工業化にいたるまでの長い変遷を、20分に圧縮してお話しいただいた。
 神戸製鋼と川崎重工の2大工場が移転した後、この地域の再開発を後押しする格好になったのが、5年前の阪神大震災である。つまり新しく建つのは美術館だけではない。数千戸が生活する町そのものが、震災後に登場した新しい風景なのである。
 2000年という年は神戸の人にとって、震災から5年という別の節目の意味をもつ。現在、私も準備に携わっている特別展とは、まさにこの震災をテーマにしたものである。
 20秒の揺れは共通の出来事だったが、震災という体験は人ごとに大きく違う。その体験が自らの表現活動にとって持つ意味は、もっと違う。この原稿がアップされる頃、当館では、様々なかたちで震災をきっかけに制作された50人の作品が展示されている、はずである。
 なおこの冬は当館以外にも芦屋市立美術博物館はじめいくつかの博物館、美術館で震災5年目の関連企画を開催中、スケジュールなど詳しくはhttp://www.hanshin.or.jpをご覧いただければ幸いです。
..
震災と美術−1.17から生まれたもの
会場:兵庫県立近代美術館
会期:2000年1月15日〜3月20日
問い合わせ先:Tel. 078-801-1591

top

北海道
福島
東京
愛知
和歌山
兵庫
香川
岡山

home | art words | archive
copyright (c) Dai Nippon Printing Co., Ltd. 2000