logo

Museum Software & Technology
美術館 IT 施設情報
.

Hardware
電子の被膜へと進化するディスプレイ 渡辺保史

アート作品を含む視覚的情報の表現媒体のテクノロジーが、いま、急速な進化をとげつつある。
電子情報を表示するディスプレイ媒体は、19世紀末のブラウン管の発明に始まり、20世紀後半に入って実用化された液晶(LCD)やプラズマディスプレイ(PDP)へと多様化し、解像度をあげてきたことは周知のとおりだ。また、プロジェクション(投影)型の映像表示システムでも、この1-2年のあいだにDLP(digital light processing)技術にもとづく高精細プロジェクターが映画館などに導入され始めている。米テキサス・インスツルメンツ社(TI)が開発したDLP技術は、半導体チップの上に、デジタルで制御される膨大な数のミラー(鏡)を載せ、そこに光源からの光を反射させてレンズで拡大して大画面に映像を投影する。従来の液晶プロジェクターを遥かに凌駕する解像度と明るさを誇るDLPプロジェクターの台頭は、制作から配給、そして上映という最終段階にいたる映画のすべてのプロセスが完全にデジタルへと置き換わっていくことを意味するだろう。
一方、私たちの身近な範囲でいえば、やはりいくつもの電子ディスプレイが存在している。テレビやパーソナルコンピュータ、家電機器、携帯電話....等々。しかし、これらのハードウェアがもつディスプレイも、もっとも手軽で安価な情報媒体である紙の「ハンドリングしやすさ」という特性には、今までは遠く及ばなかった。
数千年におよぶ長い実用の歴史を誇り、電源がいらず、きわめて軽量で折り畳んだり丸めたりという形状の自由度を持つ紙。電子ディスプレイを、こうした紙の特性に近づけようという技術者たちの夢は、ここに来てようやく現実のものになり始めたようだ。
キヤノンが昨年11月、自社のプライベートショウで初めて動態展示をおこなった「ペーパーライク・ディスプレイ」は、電子媒体が紙の特性に迫ろうとするアプローチーの一つであり、情報ディスプレイの未来像の一端を垣間見せたものいとえるのではないだろうか。

ペーパー・ライクディスプレイ原理図1 ペーパー・ライクディスプレイ原理図2

ペーパーライク・ディスプレイは、2枚のプラスティックフィルムの間に、コピー機などに用いられるトナーを封じ込めており、静電気でこれを吸着させたり、離着させることで明・暗の画像を表示する。従来の電子ディスプレイは電源を切れば表示内容も消えてしまうが、この“電子ペーパー”は電源を切っても情報はそのまま表示され(不揮発性)、必要に応じて情報を読み込み内容を書き換えることも自在にできる。
厚みは200から300μmときわめて薄く、紙にのように折り曲げたり、丸めたりすることができる。現状ではモノクロ二値画像を表示するだけだが、将来的にはカラーフィルターを用いることでカラー化も可能だ。キヤノンでは、2007年から2010年の実用化を目標とし、紙の書籍や雑誌、新聞に匹敵する、視認性と携帯性にすぐれたディスプレイを目指すという。
キヤノンと同じような電子ペーパーの実現を目指している米国の新興企業にE Ink社がある。MITメディアラボからのスピンアウトである同社では、Lucent Technologies社と提携、互いのもつ要素技術を組み合わせた電子ペーパーを開発している。メディアラボの研究で生まれた「電子インク」は、電磁力で変化する微細なカプセルの中に染料が封入してあり、それを薄いプラスティックシートのうえに印刷するもの。試作品は、大手百貨店J.C.Pennyのマサチューセッツ州にある店舗の売り場で天井つり下げ式の「看板」としてすでに導入されている。
キヤノンがペーパーライクディスプレイを発表したのとほぼ同時期、E Ink社とLucent社では、プラスティックシートに直接、制御用のトランジスタ回路と電子インクを一緒に印刷した電子ペーパーのプロトタイプを発表した。5インチ四方のサイズに数百ピクセルと解像度はまだまだだが、2003年の実用化を目指すと意気込んでいる。日米どちらの企業が先陣を切るか、などというビジネス的な憶測はさておき、少なくともあと数年でこうした革新的なディスプレイが私たちの身の回りに出現することはどうやら間違いなさそうだ。
はたして、電子ペーパーの登場は一体何を意味するのか? ディスプレイが紙のような軽さと柔軟さを兼ね備えることで、そこに表現される情報はハードウェアというある一定のサブスタンスをもった「装置」から限りなく自由になっていくような印象を受ける。もちろん、完全に物質性が消え去るわけではないが、デジタル情報は電子ペーパーという「被膜」を通して、建築やインテリア、衣服、その他さまざまなオブジェクトへと遍在していくことになるだろう。


top
copyright (c) Dai Nippon Printing Co., Ltd. 2001