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我々が見ているのは、ストック情報のうわ澄み液?
――IT時代の情報メディアの変化
歌田明弘
 
 新聞や本・雑誌などの印刷メディアにしても、またミュージアムにしても、情報を発信する仕事が、IT技術、とくにウェブによってどう変わったか、また変わっていくのか。そうしたことを考えるとき、情報のフローとストックという観点から見てみる必要があるとこのところ感じている。
 ストックやフローは経済学の用語だが、いまここでいうフローは「リアルタイム情報の提示」、ストックはデータベースのような「情報の蓄積」といった意味である。
 たとえば、本は、ストックとフローの両方の側面を持っている。書店でいま売られている新刊書は、書かれている内容の新旧にかかわらず、最新情報であり、フローである。しかし、本は新刊書として流通するばかりでなく、在庫(ストック)として出版社や流通機構に蓄えられ、時間に耐えて提供される。雑誌は、本の一種であっても、フローとしての色彩が強いし、新聞はいよいよそうだ。
 ところが、インターネットでこれらの情報を提供しはじめると、そのあり方が変わってくる。
 たとえば、新聞は、過去の記事を参照することが格段に容易になった。関連記事のリンクが張られていることも多い。そうした状況になって、情報の対価をフロー情報とストック情報のどちらから回収するかについて意識的にならざるをえなくなった。日本でもアメリカでも、新聞サイトは、その日の情報については無料、データベースについては有料にするというのがスタンダードになってきている。印刷メディアのときには、新聞といえばその日の情報を提供するものであり、また講読料も最新の新聞に支払うものだと思ってきた。それが常識だったが、インターネットで提供するようになって、その常識が常識ではなくなった。お金を取れるのが、(少なくとも今のところは)ストック情報になったのだ。
 この変化はきわめて示唆的だ。お金を取れるのがどの情報か、ということにとどまらず、これは、われわれの情報に対する感覚が変わりつつあるということにほかならないからだ。
 理屈っぽく言えば、「現在」がたんに現時点の情報のみで成り立っているのではなく、過去からの時間の流れとして存在しはじめているといってもいい。過去と結びついた形で現在の情報を提供すること、あるいは、現在の情報は、過去の情報のサンプルというか、過去の情報を引き出すためのインデックスになり始めているといってもいいかもしれない。過去の情報と現在の情報が結びつき、そのウェイトに変化が見られるわけだ。
 本は、売れなくなって、出版の危機といわれている。出版洪水の中、長い時間をかけて売ることが難しくなってきた。フローとストックのバランスが崩れたわけだ。こうした現象は、IT技術と直接的な関係があるわけではないが、人々の情報に対する感覚が変わり、本というメディアが必要とする時間と空間を人々が見出しにくくなっているということは言えるだろう。そして、オンライン書店のほうでは、新刊書一冊を売るのではなく、「この本を購入した人はこれらの本も買いました」といった形で、関連する本の情報を提供することに熱心になっている。リアルな書店では難しくなったストック情報としての本の流通にも力を注いでいるわけだ。新刊書は、関連本という形でストック情報を提供するインデックスの役割も果たしている。
 ミュージアムについても、同じようなことが言えるのではないか。言うまでもなく、ミュージアムも、作品の収集・蓄積の側面と、企画展示というフローの側面を持っている。しかし、予算等の制約で収集や蓄積が難しくなってきた。収集や蓄積はしないといったミュージアムまで生まれている。そのかわり、情報をデジタル化し、コンピュータを通して、蓄積情報にアクセスできるようにするところが増えている。たんにデータベースとして使うだけでなく、画像や音を蓄積し、できるかぎりリアルな収集物に近づけようという試みもなされている。倉庫に眠っていたり、自分たちが所蔵していないものも、ストックの情報として一種の展示物の地位を占めるということも起こってきた。来館者がそのとき見ているものは、膨大な世界の一部を切り取ったものであるということがはっきりと感じ取れたり、あるいは、そのとき展示されているものが膨大なストックから情報を引き出すためのサンプルであるといったことも起こってくる。
 ストック情報とフロー情報のこうしたあり方は、じつはコンピュータの構造そのものである。膨大なデータが記憶装置にあり、ディスプレイにはその一部が映っているに過ぎない。最新の記事もミュージアムの展示も、IT化された情報メディアでは、人々が見ているのは、膨大な情報世界から切り取られたフロー情報であるということが感じ取れる見せ方が求められているように思われる。
次回は新たに生まれてくるIT技術の具体例をもとに、そうしたことをもう少し考えてみたい。

[うただ あきひろ 評論家]

 

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