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美術書1999-2000
90年代の終わりに

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Young British Art
『Young British Art:
The Saatchi Decade』

Art at the Turn of the Millennium
『Art at the Turn of the Millennium』

 新表現主義、トランスアヴァンギャルディアなど「絵画の復権」と呼ばれる傾向に、ひとつの形式として定着してきたインスタレーションが対峙するという比較的分かりやすい図式を描けた1980年代に対して、1990年代は表現の多様化と中心の分散化により一言では捉えきれないと言われてきた。だが、その1990年代の最後の年となる1999年には、このディケイドになんとか輪郭を与えようとする試みが続いた。その中から、コンテンポラリー・アートを中心に、展覧会カタログを除く何冊かを挙げてみたい。
欧米では、まず、『Young British Art: The Saatchi Decade』が重要である。ロンドンの富豪チャールズ・サーチ氏のコレクションを約600点の豊富なカラー図版でまとめたもので、600ページを超える充実した作品集である。1988年にダミアン・ハーストをはじめとするゴールドスミス・カレッジの学生たちが伝説的な「フリーズ」展を行なって以来この10年間、イギリスは世界中のアート関係者の注目を集めるようになった。「YBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスツ)」と呼ばれるこの動きを支えたのが、いまや彼らの作品の市場価格を完全に握っているサーチ氏であった。そのコレクションの展覧会「センセーション」が1999年にはニューヨークのブルックリン美術館に巡回し再び話題を呼んだが、この展覧会に出品されたのは、コレクションのごく一部にすぎない。20世紀を回顧しようとする大展覧会がベルリンやホイットニー美術館など各地で行なわれた1999年に、1990年代の美術の一角を占める動向をまとめた本書が出版された意義は大きい。
また、ドイツのタッシェン社からは『Art at the Turn of the Millennium』が出版された。主に1990年以降発表を始めた137人を、ひとりにつき4ページずつ、アルファベット順に取りあげ、合計1200点以上の図版を掲載している。1998年にロンドンのファイドン社から出版された『クリーム』が装丁・レイアウトなどに凝っていたのと比べるとそっけないが、タッシェン社らしく値段も低く押さえられており、手軽な検索に有用であろう。編集者のひとりリムシュナイダーは、タッシェン社の編集者であると同時に、ギャラリー街として近年急速に発展している旧東ベルリンのミッテで活発な活動を行なう、ギャラリー・ノイガーリムシュナイダーの経営者でもある。
数多く出版されるアーティストのモノグラフから1冊取り上げるとすれば、タイ出身で、チェンマイと福岡を拠点に活動するナウィン・ラワンチャイクンの作品集『コム...』を挙げたい。タイトルの「コム」とは、「コミュニケーション」などの接頭辞を意味する。「シティーズ・オン・ザ・ムーヴ」など重要な展覧会に出品し、日本でもすでに東京都現代美術館などで作品を展示しているため、すでにキャリアの長いアーティストかと錯覚するが、1971年生まれの若手で、これが初めての充実した作品集である。大学在学中の1993年より始めた瓶を用いた作品から、ハンカチを用いた作品やタクシーをモチーフにした作品など、1999年までの作品が収められている。封筒や布がページに取り付けられていたりと、ものを持ち帰らせる作品を手がけるナウィンらしいアーティスト・ブックともなっている。
美術のゆくえ、美術史の現在:日本・近代・美術
『美術のゆくえ、美術史の現在』

ル・コルビュジエと日本
『ル・コルビュジエと日本』

一方、国内では、「ひそやかなラディカリズム」(東京都現代美術館)、「日本ゼロ年」(水戸芸術館現代美術センター)など1990年代以降のアートの傾向を示そうとする展覧会がいくつも企画されたが、こうした意図をもった出版物に関しては、モノグラフを含め、さほどめぼしいものは見られなかった。その一方で、この約10年間は、現在日本で美術を考えようとする時にとりまく制度や、美術を語る言葉などを批判的に検証する研究が大きな成果を挙げた。北澤憲昭『眼の神殿』(1989)に始まる一連の研究は、こうした制度が主に明治期に形成されたものであることから、木下直之や佐藤道信など日本近代を専門とする研究者を中心にすすめられたが、当然のことながら、「現代美術」を考えるうえでも必要であり避けては通れない。こうした研究の一定の成果を示すものとして1999年には、『美術のゆくえ、美術史の現在』が出版された。これは、1994年から96年にかけ、京都と東京で計10回にわたって開催されたシンポジウムの記録集である。毎回、「美術史の現在」、「東アジアにおける美術の近代化」などのテーマが設定されているが、全体を通じ、「近代」「美術」という概念や「美術史学」自体を批判的に問い直すというテーマが貫かれている。サブタイトルに「日本・近代・美術」とあるが、必ずしも「近代」に限らず、「現代」美術に関しても同様に論じようとする姿勢が見られる。ただ、参加者、内容ともに先行する研究と重なっている部分も多かったなかで、美術教育をテーマとする第2の争点や公募美術団体展を扱った大熊氏の論考が比較的新鮮な切り口を示しているように思われる。またジャンルを横断する研究として、坪内祐三の『靖国』は、九段という場所をめぐって明治から昭和にかけての文化的状況を解き明かしている。特に前半は先にあげた『美術のゆくえ、美術史の現在』と関心が重なる部分もあるが、美術史の制度を批判する研究が地理的に博覧会が開かれた上野が中心になりがちなのに対し、九段に焦点を当てている点が興味深い。昭和を扱っている後半では、土浦亀城の設計による初期モダニズム様式の野々宮アパート、その施主である写真家野島康三、そしてデザイン史にも大きな足跡を残した雑誌『FRONT』まで、ジャンルを超えて軽やかに、九段という糸で縫い合わせてゆく章が秀逸である。編集者出身の筆者の散策的な軽やかさが心地よい。
一方、建築・デザインの分野では、1997年に東京で行なわれた国際シンポジウムの報告書『ル・コルビュジエと日本』が鹿島出版会より出版された。日本にはル・コルビュジエ設計の国立西洋美術館があるとはいえ、例えばフランク・ロイド・ライトと比べ、とりわけ日本と関係が深いとは言いがたいにもかかわらず、12もの論考が出てくるところに、ル・コルビュジエが近代建築に与えた影響の大きさが改めて感じられる。なかでも、ル・コルビュジエの美術館をテーマとしたベアトリス・コロミーナの論考は、《ラ・ロッシュ邸》から無限発展の美術館への連続性を指摘している点で新鮮であった。
2000年を向かえた今、特に1990年以降に作品を発表しはじめた国内のアーティストのモノグラフが着実に出版されてゆくことを望みたい。

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(文献データ)
Young British Art: The Saatchi Decade, Introduction by Dick Price, Harry N Abrams, 1999.

Uta Grosenick, Burkhard Riemschneider eds., Art at the Turn of the Millennium, TASCHEN, 1999.

Navin Rawanchaikul, Comm...:
individual and collaborative projects 1993-1999 S by S Co., Ltd., Tokyo; Contemporary Art Gallery, Vancouver, 1999.

北沢憲昭ほか編『美術のゆくえ、美術史の現在――日本・近代・美術』、平凡社、1999。

坪内祐三『靖国』、新潮社、1999。

高階秀爾、鈴木博之、三宅理一、太田泰人編『ル・コルビュジエと日本』、鹿島出版会、1999。

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