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森 司
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Art Management
今、どんな人が求められているか
――アートマネジメントに携わる現場から

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 アートマネジメントに関して、文化活動関係者が口にするようになって十年が経ちました。十年一昔と昔から言うぐらいですから、明日のために振り返る時点としては悪くないと思います。情報技術をITと記述し、その進化の状況を日々刻々と報道する新聞記事を目にするドッグイヤーの時代感覚からすれば、いささか暢気すぎる気もしなくはありませんが、身体を伴った文化状況の変化を俯瞰するには、程よい時間距離に思われます。もっとも、この5年から10年の変化は、90年代の10年よりも広く深いものとなることは疑うまでもありません。アートマネジメントはこれから益々重要になるでしょう。

 アートマネジメントはある意味で技術です。大半の技術は断片的な実務を事務的に処理する場で必要とされるレベルのものであり、それ故に誰でも習得することができます。しかし、実際にはかなり難しく、個々の技術を組み合わせシステムとして稼働させ、より大きな実務をこなせるようになるには些かの修行(学習)が必要となります。スキル習得者は、自らの技術を駆使しながら新しい現場での課題を解くことを通じてそのスキルを深化させていきます。スキルフルな熟達者たらんことを追い求める、そのような気概のあるアートマネジメント探求者なら、1年から3年の現場経験を積めば、1本のプログラム-――イヴェントでもプロジェクトでも、もちろん展覧会のオーガナイズでも――を破綻無く、それどころか魅力的で美しい身のこなしで文字どおりマネジメントすることができるようになるでしょう。そのためには、全プロセスを承知しそれぞれの勘所を熟知する必要があります。

 さて、日本でのアートマネジメントの基本は1990年より10年にわたって補強増強され続けてきました。だからといってそもそも論が変わったわけでもありません。では、アートマネジメントとはなにか (know-what) ? はじめに簡単にさらっておきましょう。伊藤裕夫氏(現静岡文化芸術大学教授)は電通総研チーフプロデュサー時代に『地方自治JOURNAL』1996 通巻214号に「アートマネジメント概論」を寄稿しています。伊藤氏はその中で、「マネージメント&アーツ」の著者ウィリアム・バーンズの『アートマネジメントとは「芸術と社会の出合いをアレンジすること」という定義』を紹介し、「社会において芸術をうまく成り立たせるためのシステム」だと述べています。さらに、マネージメントの語意の理解として、「組織があるところに必要とされる技術である」とする基本的なとらえ方をし、サポートセンターの事務局長をしているリチャード・スミス氏の言葉から「マネージメントとは、望まれる結果を得るために、組織の資源を最大限に有効的に使うこと」であると定義しています。

 このようなアートマネジメントの定義をなぞることのできる、言葉からアートマネジメントに入った人々が登場しはじめたのも90年代のアート動向の大きな特徴かもしれません。
 現場から切り離された概念を知識としてもつ、ある若いアートマネジメント参入希望者から、「どこまで勉強をすればいいのか」「どこまで力をもつようになったのか」「現場体験が無いために分からない」。だから「現場を体験できるような場が欲しい」と言うのを聞いたことがあります。カリキュラム化された現場をワークショップとして開設し、模擬体験を通じて、知識に技能を加味したものにしたいとするシミュレーション的学習への要求は、ヴァーチャル時代における現実的な実感の伴うものへの要望なのかもしれません。昨今開設が続く大学でのマネジメント学科では、そのような腰を据えた学習の場が用意されることでしょう。

 アートマネジメントを学ぶ者にとって身体化されない教義への苛立ちは、同時に現場での人材の不足を意味します。では、美術史なり音楽史の知識のある人物ではなく、アートマネジメントを知る人物像としてどのようなイメージを思い描くのが良いのでしょうか。現場の者は口々に「仕事のできる人!全部預けてしまえる人(俗に言えば、まる投げできるヤツ)」と言うことでしょう。少なくとも現場をお願いできる技能のある人材の方がアートマネジメントの概念だけを知っている人よりは歓迎されそうです。先の若人の悩みは、真摯なアートマネジメント学習者の共通した悩みであり、裏返せば即戦力を供給されない現場の悩みでもあるわけです。

 現実には、アートマネジメント能力のあるスタッフの確保とアートマネジメント・リーダーの育成が現在の課題として見えてきます。
 10年前の変化が、90年のメセナ協議会設立に象徴される企業の文化活動への働き掛けに対応するべくアートとマネジメント言語を理解する仲介者(インタープリタ)としてのアートマネジャーが求められ、アートマネジメントが積極的に論じられる端緒となったとすれば、今回の端緒は、98年3月25日に公布された特定非営利活動推進法でしょう。これを受けて、この春から文化NPO法人が誕生しています。このことは、個人単位のアートマネジメントに加えて組織単位のアートマネジメントを必要とする場が今後多数誕生することを意味しています。プロジェクト運営のアートマネジメントとは異なる、組織運営のマネジメントがテーマに加わったわけです。そしてNPOが地域密着型の活動を目的にすればするほど、スタッフのアートマネジメント能力は求められるようになるはずです。そしてなによりも独立した法人活動を維持するためにも優秀なスタッフの確保は避けて通れないわけです。

 ここで求められる人材像は、より強固なアートマネジメントに関するメンタル・モデルとそれを裏で支える概念(ノウホワイ=know-why)を習得し、現場を通じてカン良くノウハウ(know-how)を蓄積できる人物といったところでしょうか。
 メンタル・モデルをもつとは、この種の状況でこうすれば、こうなるだろうとカンがはたらきイメージできる状況を内在させている状態を意味します。メンタル・モデルの恐い点は、何を見、何を聞き、何に注意を払うか。そしてある出来事をどう理解するか、さらにはどう身体を反応させるか、といったことまで管理・指示し、影響を与えることです。

 アートマネジメントのときどきの場面で必要とするノウハウのストックの無い、つまり知識のみで技能を習得しえていない段階では、知識(情報を含む)を形にするプロセスをイメージすることができないため、結果としてとても甘い見通しのまま話を進めがちで、ノウハウを有するものからすれば何も決まっていないグズグズした印象を受け、プロジェクトとして組み上がっていかないもどかしさを感じるはずです。その意味でもアートマネジメントは技術です。しかし、そのような一面的理解だけでは、ノウハウ信奉を生みやすい土壌を広げます。その先にあるのは、使い捨ての人材を育て、そのように遇する環境も醸成されることになるでしょう。
 しかし、実際に必要とされるのは、正しい理解に基づいたノウホワイとノウハウを体得している人ではないでしょうか。そのために、体験し、一般化し、試し、内省すること。このプロセスを通したアートメネジメントのメンタル・モデル形成者を使える人材として、あるいは自らのパートナーとして求めていると思います。

 教室ではなく、文化活動の現場に体験できる学ぶ場を求めるときにアートマネジメント参入者としての第一歩が始まります。それにはまずプロジェクトの現場に出かけてみることです。そのうえで概論をどこかの講座で聞けば、体験のないまま聞くよりは、聞き易く学びやすいことは保証しましょう。例えば4月に岡山を拠点に活動を始めた文化NPO団体「meat(ミーツ)」は5月21日から、人材育成プログラムとしてアートマネジメント実践道場を6カ月に渡って展開することになっています。

 ここにいたって、ようやく本稿の本題であるアートマネジメントの未来に関して記すことのできる舞台が用意できたようです。
 受講者が未経験者や初学習者であることの多かった90年代は、アートマネジメントの必要を説く啓蒙期として、理論的概説(know-what)とアートマネジメントのノウホワイの理解に力点が置かれていました。すぐに持ち帰って使えるようなノウハウを求める声が多かったのも事実でしたが。しかし、経験と内省を伴っていない、切り花のようなノウハウは早晩枯れて、使いモノにならなくなってしまいます。それではスキルストックを個人も組織もすることができず、ステップアップしたスキスルフルなアートマネージャや魅力的な組織への脱皮を図ることが難しくなってしまいます。
 アートマネジメントを本当に根付かせ、機能させてその目的である「アートを社会と結びつける」活動をより活発に展開していくためには、アートマネジメントのメンタル・モデルを有した個人がたくさん誕生することと、その人たちが束になった文化NPOや文化施設、支援機関(サービス・オーガナイゼーション)といった機能する組織が点としてではなく、連携をもったネットワークのなかでそれぞれの地域での文化活動を展開すること以外に近道はないでしょう。その意味では10年一日の如き継続は必要であり力でしょう。例えば、10年の歩みをもつミュージアム・シティー・天神(現博多)を運営する団体として有名なIAFは、あるアートプロジェクトに絡んだエージェントを組織するお手伝いを担うといった、支援機関的な活動も行うなど、全国的にみても常に参考となる魅力的な展開を示し続けています。

 このように私がよく知る活動もあれば、これまで縁がなかったために未だ知らずにいる活動団体など、全国的にアートマネジメントを必要とする現場とそこに参加し体験しながら学習できる場が整いつつある状況が今です。ここに綴ったことは、アートマネジメントの言説とその現場を、幸運にも草創期の10年間に立ち会うことのできた私の実感です。それは同時に、アートマネジメントに関する共有のメンタル・モデルをもつ人材の育成と確保がこれまで以上に求められ、これまでのアートマネジメント実践者は組織運営者としてあるいはマネジメント・リーダーとしての新たな能力を求められるようになることを意味しています。[水戸芸術館現代美術センター学芸員]

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