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 たとえこの身が尽きるとも
     ――漫画雑誌とまんが展に見る今日的なマンガの存在様態
……
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彼女――私はこれまで漫画に殆ど接したことがない。そういう人が私の他にもいることをあなたは理解すべきだと思うの。

彼――あなたを苛立たせているものが僕には理解できない。

彼女――画像の消費される速度の中途半端さ、と言ったらいいかしら。映画やテレビなどの動画なら、私たちは取りあえず受け身の姿勢で、瞬きする間に変化する画像を待っていればいいし、もちろん、椅子に固定されて映像を受け取っている場合ですら、何らかの肉体的リアクションを返すことはできるけど、漫画は絵画のように、一つの画像に留まって、瞑想に身を任せたり、同じ画面に幾度も立ち戻ることができるはずにも拘わらず、乗り物の中で、人々が週刊誌を読む仕方ときたら、とても暴力的で、あげく、不格好に膨れ上がった漫画雑誌の屍が、屑籠に溢れているのは、あまり気持ちのよい眺めではないでしょう。

彼――たしかに漫画雑誌そのものが愛を喚起するということはあまりないかもしれない。でも最近は捨てられた漫画雑誌が露天商によって、100円前後でリサイクルされているようだし、特定のページが「お宝」として蒐集の対象にもなっているし、少しずつ媒体そのものに対するフェティシズムも生まれつつあるのかもしれないね。それに漫画雑誌はいわば作品集であって、少なくとも我々には、しばし身を委ねる対象を選ぶ権利がある。その上、通勤通学途上で消費される週刊誌だけが漫画の唯一の存在様態というわけではない。
LaLa/月刊ララ臨時増刊1998年11月5日号「彼氏彼女の事情special」

LaLa/月刊ララ臨時増刊1998年11月5日号
「彼氏彼女の事情special

清水玲子『月の子』花とゆめCOMICS

清水玲子『月の子』
花とゆめCOMICS

彼女――もちろん、商業的な出版物にも、少年誌、成人誌、それから少女漫画、また同じ年齢層を対象としたものについても、週刊誌、月刊誌などあるし、それに加えて、一部マニアの蒐集対象となっている同人誌も夥しい数存在する。でも、不思議なのは、そうして大切に保管されるものの方が、すぐに捨てられるものよりも必ずしも質が高いとは言えないことだわ。週刊誌の中にも、瞬時的な受容を前提としたものばかりでなく、長期連載を見込んで構想された作品もあるでしょう。それに対して、同人誌の多くは、ほとんど毎ページごとにクライマックスという感じで……。たしかに発行される数や値段の上で、貴重なのかもしれないけれど。

彼――週刊誌と同人誌を両極端として、その中間に、月刊誌や、連載漫画の進行にあわせて次々に出版される単行本など、用途を異にする様々な形態がある。漫画の消費について考えるなら、そうした様々の形態を考慮に入れなくては。

彼女――漫画に関する批評も最近数多く出てきているわね。でも、漫画に限らず、いわゆるサブ・カルチャーを扱う際に時々、論じる対象のおかげで、既存のディシプリンに対して、「前衛的」な立場を確保できると錯覚している、場の象徴闘争にからめ取られた言説を見かけるけれど、そうしたことも私を苛立たせるわ。漫画を扱うならば、そのことで、たとえば既存の記号論を書き直すくらいの覚悟がなくっちゃ意味がないでしょ。

MOE/月刊モエ1994年10月号「少女マンガ大特集」

MOE/月刊モエ1994年10月号
「少女マンガ大特集」

永井豪「デビルマン(フィギュア)」撮影:大高明(c)永井豪/ダイナミック企画 devilman

永井豪「デビルマン(フィギュア)」
撮影:大高明
(c)永井豪/ダイナミック企画


彼――まあこれだけ大量に消費されるメディアだから、当然社会学や心理学の調査対象になるだろうし、漫画批評にも、作家による技法論から、同人誌を紹介するカタログみたいなマニア向けガイドまで様々あって、それぞれに、多かれ少なかれ、自分たち以外は漫画を分かっていないと見なして、他の言説を排除する傾向があるから、そこに何らかの象徴闘争があるのかもしれないけれど、どれか一つの言説が、他を排除するどころか、圧倒的な影響力を持つような事態すら絶対に起こり得ないと信じたい。ところであなたは三越の《永井豪、世紀末》展を見たそうだけど。

彼女――永井豪という人の漫画をほとんどしらない私には、漫画の原稿よりむしろ、漫画をモデルに制作された、何か薄気味悪い人形の方がインパクトがあったわ。漫画の世界の登場人物が、現実に存在したら、という想像力に基づいて作られたああした人形は、サンリオのテーマパークやディズニーランドの着ぐるみ人形とは違って、コミケに現われるコスプレ少女と同じように受容されていると言っていいのかしら。


彼――むしろ僕には、大人が中に入った巨大なミッフィーやミッキーマウスが、漫画の登場人物を現実と切り離された記号として、すんなり子供に受け容れられていることの方が不思議だ。

彼女――たしかに現実再現という視点から見ると、漫画はとても抽象的な記号からなっているし、コマ割にしても、ページの連続にしても、結構多くの約束事がある一方で、そうした約束事は、しばしば逸脱されてもいる。予め何らかの解読コードが与えられる訳ではないのに、読み手は漫画を逸脱を含めていとも軽々とを受け容れてしまう。


彼――二人で見に行った川崎市市民ミュージアムの《少女まんがの世界展》は、作家の直筆原稿、それも色付きの扉絵が展示の中心だった。あれはデッサンとタブローを並置する通常の絵画展に近い形式で構想された展覧会じゃないかな。ただ、ホワイトが入れられ、ネームの貼られた漫画の原稿は、絵画のデッサンとは異なって、そこから制作中の作家の思考過程を伺い知るのは困難だし、扉絵が必ずしも漫画の完成という訳でもない。

彼女――通常の漫画雑誌で、色付きのページは例外的だと思うわ。私たちが実際に読む漫画の画面は、ほとんど白黒、もっと厳密には灰色の上に青のインクで印刷されているのがほとんどでしょう。漫画が現実再現と切り離された記号として機能するとしたら、そうした物質的支持体の劣悪さに依存している部分もあるんじゃないかしら。

川崎市市民ミュージアム《少女まんがの世界展――女性作家8人のまなざしと表現》

川崎市市民ミュージアム
《少女まんがの世界展
――女性作家8人のまなざしと表現》
1998年8月15日〜9月27日


彼――次の号では、全く違う色彩が与えられてしまうこともあるから、色のあるなしは、漫画の記号としての機能には殆ど影響しないと思う。それが、抑圧された色彩への渇望を水路付けしているというのは大袈裟かもしれないけれど。いずれにしても、読むという行為とは結び付かないかもしれないけれど、色付きの扉絵や、イラストは、とりわけ少女漫画の受容過程には欠かせないものなんだ。月刊、週刊を問わず、少女漫画には作家のイラストをあしらったファンシー・グッズの懸賞が必ず付いてくる。大島弓子にしても、竹宮恵子にしても、今回の展覧会に展示された作家はみんな独特な物語性を持った作家なんだけれど、少女漫画誌で人気を得るのは、そうした作家ばかりでない。読者が似顔絵イラストを描きたくなってしまうような登場人物を創造した作家が、勝利することもあるんだ。

萩尾望都『ポーの一族』より「エヴァンズの遺書(後編)」扉用イラスト別冊少女コミック1975年2月号
大島弓子『綿の国星』より「ペルシャ」扉用イラストLaLa/月刊ララ1978年9月号
萩尾望都『ポーの一族』より
「エヴァンズの遺書(後編)」
扉用イラスト
別冊少女コミック1975年2月号
大島弓子『綿の国星』より
「ペルシャ」扉用イラスト
LaLa/月刊ララ1978年9月号
東京都現代美術館《マンガの時代――手塚治虫からエヴァンゲリオンまで》

東京都現代美術館
《マンガの時代――
手塚治虫からエヴァンゲリオンまで》
1998年10月3日〜12月13日

彼女――そうした点で言うなら、東京都現代美術館の《マンガの時代》展は、最も漫画の受容のされ方と遠い展示と言えるんじゃないかしら。漫画家の直筆原稿もあったけれど、多くはフォト・コピーだし、何よりもあの拡大コピーを張り合わせた巨大画面には、がっかりした。美術館としては、印刷物である漫画の受容形態により近付けようと腐心してのことなんだろうけど、あのような形で漫画に接することは絶対にないんだから。あの巨大画面は展示終了後はどうするつもりなのかしら。あれを常設展示にするなら、漫画が美術館に入り込んだとほんとに言えるかもしれないわね。
彼――それにしても、どのページを採用するかの決断には、何らかの美的判断があったと信じたい気もする。「漫画は時代を映す鏡である」的な反動的な見地からだけであれだけの肉体的な労苦を引き受けるだろうか。そう、漫画好きでいることは、実は極めて肉体的なことなんだ。漫画雑誌、特に月刊誌は軒並み分厚くて重い。どれほどの愛好家でも、一冊丸々を愛読している訳ではなくて、好きなのは、せいぜい一本か二本の作品なのに、それだけでとうてい鞄には収まらない反時代的な質量に耐えるに値すると考えるのが漫画愛好家というものだ。そして好きな漫画家の作品は、鋏やカッター・ナイフでなく、多くの場合、インクで手を汚しながら、手で引きちぎって取って置くんだ。そんな肉体的な愛が成り立つ媒体は他にあるかい。
LaLa/月刊ララ1998年10月号

LaLa/月刊ララ1998年10月号

 
マンガの国 日本−6
特異なマンガジャンル 少女マンガ……呉智英10月1日号(1998)


マンガの時代――手塚治虫からエヴァンゲリオンまで

会場:広島市現代美術館
会期:1999年2月6日〜4月11日
問い合わせ:082-264-1121


永井豪、世紀末

会場:いわき市立美術館
会期:1998年7月4日〜8月16日
問い合わせ:0246-25-1111

会場:三越美術館
会期:1998年8月27日〜9月13日
問い合わせ:03-3354-1111

会場:北海道立旭川美術館
会期:1998年10月24日〜12月20日
問い合わせ:0166-25-2577

会場:福岡県立美術館
会期:1999年4月24日〜5月30日
問い合わせ:092-715-3551


少女まんがの世界展――女性作家8人のまなざしと表現

会場:北海道立函館美術館
会期:1997年6月28日〜8月20日
問い合わせ:0138-56-6311

会場:神戸阪急ミュージアム
会期:1998年4月2日〜5月5日
問い合わせ:078-360-7600

会場:呉市立美術館
会期:1998年7月11日〜8月9日
問い合わせ:0823-25-2007

会場:浜松市美術館
会期:1998年10月2日〜11月1日
問い合わせ:053-454-6801

会場:砺波市美術館
会期:1998年11月14日〜12月20日
問い合わせ:0763-32-1001

会場:長崎県立美術博物館
会期:1999年2月17日〜3月7日
問い合わせ:0958-21-6700

会場:松屋浅草
会期:1999年4月28日〜5月10日
問い合わせ:03-3842-1111

会場:高松市美術館
会期:1999年7月30日〜9月5日
問い合わせ:0878-23-1711

会場:八戸市美術館
会期:1999年10月2日〜11月3日
問い合わせ:0178-45-8338

会場:田川市美術館
会期:2000年1月6日〜2月13日
問い合わせ:0947-42-6161

会場:福井県立美術館
会期:2000年3月3日〜3月26日
問い合わせ:0776-25-0451

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