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 一本の線が地球の上を走る――One-line.com……芹沢高志

一本の線が地球の上を走る――One-line.com ニューヨークを拠点に国際的に活躍するメディア・アーティスト、インゴ・ギュンターの『ワールド・プロセッサー』という作品のひとつに、「旅のおみやげ―4,200万分の1の世界一周」というのがある。『ワールド・プロセッサー』というのは、既存の発光地球儀の上に、現代社会が抱える政治、経済、社会、軍事、環境といったさまざまな問題の分布を表示したものだが、なかには非常にプライベートなテーマのものもあって、「旅のおみやげ」はそんな個人的な情感にあふれる傑作だ。彼は地球儀の表面から、自分の旅のルートを切り抜いて、「私の旅路」という『ワールド・プロセッサー』を作っているが、そのときにできた端切れ、つまり旅路にあたる、切り抜かれた地表の線の部分を、今度は真っ白な地球儀の赤道付近に張り付けて、もうひとつの作品、「旅のおみやげ」を作ったのだ。それぞれ別の時間に実現された、彼のさまざまな旅のルートは一本のジグザグの線に結ばれて、見事に地球を一周していた。

 マサチューセッツ工科大学(MIT)の准教授で、グラフィック・アーティストとしても国際的に活躍する前田ジョンの全面的な協力のもと、現在進行形で進められている『One-line.com』プロジェクトを知ったとき、まず頭に浮かんだのは、この「旅のおみやげ」だった。もっとも、それは一本の線が地球を巡るという、イメージ上の連想にすぎない。『One-line.com』プロジェクトに見られるあっけらかんなまでの明快なコンセプトは、極めて現代的で、「旅のおみやげ」とはまた別の、ある意味では対局ともいえる、魅力を持つ。

 では、『One-line.com』プロジェクトとは、どんなものなのか?誰もが『One-line.com』のウェブサイトにアクセスし、最大3.5メートル(10,000ピクセル)分の自分の線を登録できる。その一本一本の線はどんどんとつながっていくから、理屈の上では1000万人ほどの人間が自分の線を登録すれば、つながった線は地球を一周するまでに育っていく。誰か一人の人間が作る意図的な線ではない。みんながつながることで、一本の線が地球の上を走っていくのだ。

『One-line.com』 ここにあるのはウエットな情感ではない。クールでスマートで、しかしなんといったらいいのだろう、ウェブの世界で実感する最良の面白さであり喜びでもある、あの「つながっていく」という感覚が的確に表現されている。今、生まれつつある、私たちの新しい情感、というべきかもしれない。だからだろう、このプロジェクトは平成10年度の第二回文化庁メディア芸術祭で、デジタルアート[インタラクティブ]部門優秀賞を受賞している。
2000年の12月末まで続くこのプロジェクトは、ウエッブ上で完結するわけではなく、中間報告としてギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)で展覧会が開かれるという。今後、オンラインだけでなく、さまざまなかたちをとった「実物」として、その成果が公開されていくのだろう。
それはそれで楽しみなことだが、このプロジェクトの本質は、あくまでオンラインにあると私は思う。

 『One-line.com』のウェブサイトにアクセスする。これまでに登録された、おそらくはほとんどが見ず知らずの人々の、それぞれに個性的で個人的な、一本一本の線を見る。だが、正直にいって、『One-line.com』というオンライン上のプロジェクトは、登録された各人の線を「観賞する」プロジェクトではない。「見る」のではなく、自分が「加わる」プロジェクトなのだ。そのことは、実際にこのサイトを訪れてみればすぐにも実感できる。誰か知り合いが線を出していれば、「観賞」ということもあるだろう。ある線に、特別の個人を重ね合わせ、あいつらしいなと、笑うこともできる。しかしここでは、集められた線はすべて等価に扱われる。無数の線の中に、自分の線を埋没させる。極めて個人的な自分だけの線を、無数の線の中にひっそりと埋没させる。そしてその行為が、なんと心地よいことか…。誤解を恐れずにいえば、このプロジェクトの意味は、ただ、つながることなのだろう。

もちろん私も、1000万人の1人になりたくて、自分の線を登録した。

One-line.com 前田ジョン One-line.com展
会場:ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)
会期:1999年7月30日〜8月3日予定
問い合わせ:gallery@icc.dnp.co.jp
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