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 第48回ヴェネツィア・ビエンナーレ
     見応えのある今世紀最後のビエンナーレ……建畠晢

 ヴェネツィア・ビエンナーレも今年で48回目を迎えた。アドリア海に浮かぶ水の都で開かれるこの壮麗な展覧会は、しばしば現代美術のオリンピックと形容されるように、国ごとに参加し(今年は約60カ国)、互いに展示を競い合うという点を最大の特色としている。日本を含めた主要国が、それぞれ独立したパビリオンを所有しているために、好むと好まざるとにかかわらずそうした雰囲気が醸し出されてしまうといってもよい。
 しかし今回のビエンナーレに関しては、少々、事情が異なっていたように思われる。ナショナル・パビリオンの立ち並ぶ主会場の公園は何か盛り上がりに欠けており、むしろ別会場で開催されていた国別によらない企画展の方がより強いインパクトを感じさせていたのだ。
 これは今回の総合アート・ディレクターであるハラルド・ゼーマンが組織した展覧会で、アルセナーレと呼ばれる造船所の跡地の巨大な建築群(と主会場のイタリア館の一部)が用いられている。アペルト・オーバーオール(全面開放)と題されているように、特定の方向性のあるテーマを設けずに、このキュレイターの“巨匠”の選択眼と卓抜な展示のセンスでアーチストを配したもので、たとえば一昨年のカッセルのドクメンタ(キュレイターはカトリーヌ・ダビッド)のようなコンテクストのはっきりした展覧会とは対極的な方法ということになろう。このような政治的な祝祭の場であらざるをえない大規模な国際展で美術館と同様の純粋なテーマ展を行うことにかねてから疑問を覚えていた私には、今回のゼーマンの姿勢は理に適ったものと思われた。
 この会場で興味深かったのは、ボイスを初めとするいわゆるゼーマン・ファミリーに代えて、彼がどのような新顔を登場させるかである。アーチストを代えるなら、キュレイターも代えろというのが常識であろうが、彼の場合は例外で、現状をどう捉えるかにスリリングな期待がかかってしまう。
 一言にすれば、ゼーマンの選択は“中国”であった。全体で約100名の中に、中国在住や出身のアーチストが20名含まれており、会場を席巻したとまで言えば大袈裟に過ぎるが、相当の存在感を感じさせずにはおかない。中でも注目された蔡國強(ツァイ・グォチャン、国際賞受賞)の粘土製の彫刻群は文化大革命期に制作された、搾取された農民の群像を再現した作品で、時代に対峙する特異な緊張と思想的な強靭さを備えており、改めてこのアーチストのタフな精神を印象づけられた。
 もう一つ目立ったことは、(ドクメンタなどについてもいえることだが)ビデオの作品が極めて多く、それも一頃のようなモニターをオブジェに見立てるといった傾向は影を潜め、暗室の中でプロジェクターで上映するという映画的な方法が中心を占めていたことである。ビデオ・アートも成熟期に到達したということであろうか。シリン・ネシャト(イラン)の交互に歌う男女の映像を向かい合わせた、フェミニズム的なメッセージをはらんだ奇妙な感覚の作品(国際賞受賞)、ウィリアム・ケントリッジ(南アフリカ)の哀しいじょ抒情と鋭い批判精神が一体化したアニメーションなどが記憶に残る。

アメリカ館のアン・ハミルトン
アメリカ館のアン・ハミルトン
宮島達男のデジタルカウンターを用いた作品
宮島達男のデジタルカウンターを用いた作品
 もちろん、ナショナル・パビリオンに見るものがなかったというわけではない。アメリカ館のアン・ハミルトンの壁の上から断続的に赤い粉がこぼれ落ちてくる、優美にして不穏でもあるインスタレーション、ギャラリーの中で濃霧のように白い煙を発生させて、見て回る人々のシルエットをかすませてしまう、ベルギー館のアン・ベロニカ・ヤンセンなど、ユニークな作品が散見はされた。

 日本館の宮島達男は、今回初めて、青の発光ダイオードのデジタルカウンターを用いたインスタレーションを発表した。壁のすべてを覆った静かに明滅を繰り返す青い光に身を浸しながら、私たちは自ずと深い思索へと誘われていくことになる。センサーの働きですべての光が消え、部屋が暗転する時間が訪れるのは、社会の危機のメタファーをなしているのであろうか。階下では同時に彼を中心とした「柿の木プロジェクト」が紹介されていた。

 今世紀最後のヴェネツィア・ビエンナーレということになるが、ゼーマンの力量によって見応えのある展覧会にはなったものの、格別のビジョンが浮かび上がっているわけではない。先にも述べたように、こちらにそのような期待があったわけでもない。中国のパワーあったにしても、千年紀゛か終わっていく光景は意外に静かなものである。オープニングの期間中、新聞の紙面はコソボの記事で埋め尽くされてはいたのだが。

 


第48回ヴェネツィア・ビエンナーレ
会期:1999年6月13日〜11月7日
開館:毎週月曜日休館
問い合わせ:ビエンナーレ事務局 pressoffice@lablennale.com

 

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