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World Art Report
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ヨーロッパ紀行イギリス/ロンドン篇 テイト・モダン・オープン

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テイト・モダン外観
テイト・モダン外観
2000年5月12日開館
photo: Emiko Kato

 5月の連休明けから2週間半ほどヨーロッパに出かけた。始めから予測していたことだが日程を消化するにつれて、カタログや資料でカバンはどんどんヘヴィーになっていったのが少々辛かったが、今回の旅ではホントに様々な人々に出会えて、いろんな展覧会や新しいスペースをみることができて充実していたといえるだろう。久しぶりにヨーロッパが身近に感じられてうれしかったが、あまりにたくさんのことがいっぺんに起こったので整理する必要がありそうだ。そこでヨーロッパ報告と自己整理の一石二鳥ということもあって、日記形式で綴ることにしようと思う。だが1度に全てを報告するとあまりに長くなってしまうので、今回はロンドンのみである。
 
5月8日 晴れ
 成田からロンドンへ。いつもながら自宅から成田が遠くてうんざり。こういうときは、横田基地民間併用計画に対して、にわか賛同者になってしまうのだが、実際にできてしまうと平和で静かな日々が失われてしまうのかもしれないと弱気にもなる(横田基地は我家から車で30分程度。ただし交通のアクセスがないので今のところかなり不便なところだ)。空港までの距離もあるが、飛行時間もぜひ短縮して欲しい。コンコルドより速い大気圏外ロケットでもできれば、いいなぁ。でも実際はきっと搭乗券が高くて利用はできないだろう。そのかわり従来の航空券は格段に安くなるだろうから便利は便利なのだが…という訳で一気に庶民的な発想をしながら、ロンドンの長い航路を過ごしていた。
 
5月9日 晴れ
 時差ボケも手伝って早起きすることができた。今日は朝からTate Modern(テイト・モダン)の記者発表である。今回の旅のなかで最も重要なミッションであり、大掛かりなイヴェントといえるかもしれない。イギリス時代にTateの近代美術館構想が発表になって以来、ずっと期待と好奇心で胸を膨ませて開館を待ち続けてきた。それが、ようやく目前で正体が公開されるのだ。どうやら異常にワクワクしてる。イギリス国内でも100年に及ぶ近代美術館構想が、ようやく実現されることになったのだから、かなりのフィーバーぶりである(こんな古臭い言い方しか浮かばないが、国内の状況を思うとこの言葉が一番あてはまるようだ)。テイト・モダンは元火力発電所だった建物を改築して美術館にしようという大胆な発想で世間を驚かせたが、まだ火力発電所跡にしか見えなかった時期に工事用ヘルメットを被って覗きにいったこともあった。あの状態を知っていながら、実際に完成した美術館を見ると建築家の仕事とは偉大だなと関心するはずだ。たしかに今は美術館としてしか見えない。
 日頃、こんなにウェルカムな接待を記者として受けていないこともあって、朝からデニッシュやフレッシュ・オレンジジュースなど簡単なブレックファーストまで用意されていてなんだかそわそわ。もともとヨーロッパでは、アート系ジャーナリストというのは、地位が高いのだから当然のことなのかもしれない。我が国では残念ながらあり得ない状況である。トホホ。しかも、お昼はサンドイッチにシャンペンだぜ。ウヒョヒョ。時差ボケにパンチという感じで昼間っからポーっとしてしまうじゃないの。
 さて、すっかりお客さん気分で浮かれていたら記者発表が始まった。近代美術館に限らずふたつのサテライトギャラリーを持つテイト・ギャラリー(つまりTateという名前のギャラリーが4つある)の総合ディレクターであるニコラス・セロータを中心にテイト・モダンの館長となったスウェーデン出身のレア・ニティヴや本館の建築デザインを行ったヘルツォーク&ド・ムーロンのジャック・ヘルツォークなどの錚々たるメンバーが鎮座していた。もちろんBT(ブリティッシュ・テレコム)などの大物スポンサーや官僚たちも同席していた。出席者たちは、質問には小気味良く答えていた。特にアーツ・カウンシルや文化庁のお役人たちが、テイト・モダンの存在意義を巡って積極的にフォローしているところはさすが。日本の官僚であればスピーチはだいたい中身の無い祝辞で終わり、何を言ってるのだか不明な返答に終止するのが必至だ。
 さて、本館の様子だが何しろデカイのだ。館外の緩やかなスロープを降りていくとエントランスがあって、そこから向こう側の端まで吹き抜け(奥行155m×高さ35m)なのだ。ここをタービン・ホールと呼んでいるのは、火力発電所の名残りである。左手半分が通常の展示空間で7階層になっているが、中央はすっかり吹き抜けで天井から自然光が入るようになっている。あまりに高さがあるので天井という存在があることも忘れそうである。それは、まるで空だ。その大きな吹き抜けにルイーズ・ブルジョワのコミッション・ワークがディスプレイされていた。今年89歳になる彼女が今世紀を代表するアーティストとして、英国最大、いや世界最大の近代美術館のために新作を披露したのである。彼女の新作は大きく分けて2作品。ひとつは、おなじみクモの彫刻であるが、これまでの最大の大きさであろう。人の高さが足の第一関節にも届かない。これが、中央に横断している回廊の上に設置されていて、入場者たちにとって1番先に目に入る作品である。次の作品は、このクモよりさらにデカイ3つのタワーである。これは、それぞれ観客が登れるようになってるので、インタラクティヴの作品かもしれないが、このぐらい大きくなると建築のジャンルに入れるしか無いだろう。すでに人間のスケールを遥かに超えた彫刻なのだ。高齢のため作家は1度もこの会場を見ていないし、今回のオープニングにも出席しなかった。本人自身が1度も見ることもない作品になるかもしれない。それぞれのタワーには、上まで行った者にしか体験できないような仕掛けが施されている。これは登ってみるしかないだろう。でも詳細は、ここでは秘密にして実際に行ったときの楽しみにとっておこう。
 それにしても驚いてしまうのは、これがパーマネントではなくて、今年限りのテンポラリー展示だということだ。スポンサーが5年がかりでこのホールの作品制作に出資していることもあって、毎年作家が変わってコミッション・ワークを発表するというものだ。いったい、この巨大作品は今後どうなってしまうのか?どこに仕舞うんだ?という質問が集中していたが、関係者の答えもまだ未定だそうだ。また倉庫に困って新しい美術館が必要になるのだろうか?まるでラビリンスに迷走するような話である。
 テイト・モダンの凄さは、まだまだ語り尽くせない(私が述べた事はほんのちょっとだけだよ)が、記者会見や展示取材、写真撮影となど数えきれないことをひとりでこなさなくてはいけなくて、ホトホト疲れてしまった。その所為にしようと思うのだが、取材の途中でカメラを紛失してしまった。やられた〜って感じだ。会場には関係者しか入場してないとはいえ、この日は世界中から人が集まっていた。まったく街角で紛失したのと同じことである。それでも、今回はカメラを2台用意していたこともあり、フィルムを失くすよりまだマシだと思ったほどである。もう1度撮影しなくちゃいけなかったら、そのほうが地獄だからだ。
 もうこれ以上は会場を歩けない…。足がただの2本の棒である。帰ろう…。それほど大きなみごたえのある美術館である。それでも美術館のブック・ショップがやっぱりいいのだ。ついつい買ってしまって、もうこれ以上は無理だ…、と言いつつ買い漁る自分が怖い。これ以上、荷物は持てないよ…。
 それでも、夜はアメリカの有名画廊であるガゴシアン・ギャラリーのロンドン進出をお披露目する1夜限りのド派手なイヴェント、ヴァネッサ・ビークロフトのパフォーマンスを見に行った。今回は赤毛の女性が20人がヌードになった。すっごい群集だ。裸ということで観客はさらに増長されたようである。ついでにアレキサンダー・ラホーの新作展も近所なので行ってしまった。どこに、そんなエネルギーが残っているのか。これだからロンドンは楽しい。それにしてもヘトヘトだ〜。アリソン・ギルとベトナム料理を食べているころは、朦朧としてきた。昨日は、ジュン・ハセガワとごはんを食べたし、毎晩アーティストと過ごせるところもロンドンと言えるかもしれない。
ルイーズ・ブルジョワ観
ルイーズ・ブルジョワ
「ママン」1999 鉄、大理石
9.27×8.92×10.24m
photo: Emiko Kato


Collection 2000 Tate Modern
ファン・ムニョス
ファン・ムニョス
Towards the Corner
1998 (c)The artist
Lent courtesy of the Goodman Gallery, New York
photo: Marcus Leith

トニー・クラッグ
トニー・クラッグ
Britain Seen from the North
1981 (c)The artist
photo: Mark Heathcote
テイト収蔵1982年

フルクサス
フルクサス
テイト・モダンでのインスタレーション
History/Memory/Society:
Everything as Modern
photo: Mark Heathcote



眺望
最上階レストランからの眺望
テムズ河の向こうにセント・ポール寺院が見える
photo: Emiko Kato

 5月10日 くもり ちょっと朝は冷える
 こういう日の方が撮影には向いているのだ、と昨日のピーカンを恨めしく思う。フルーツ・マーケット館長がエディンバラから上京していて、午後からテイトに行くことを誘われたが、その他のロンドン事情も知りたくて、夕方に新美術館の最上階でドリンクすることにする。それを1度やりたかったのだ。最上階は、あまりに見晴しが良いのでうっとり惚れ惚れ。ロンドンは素敵だなと関心したものである。4〜5年前にもテムズの南岸にOXOタワーというレストランができて、話題をさらったが、セント・ポールが真正面に位置しているこっちのほうが遥かにイイ。ロンドンっ子も自分の街のカッコ良さを再発見するだろう。
 『タイム・アウト』(ロンドンの『ぴあ』)をチェックして行くべき展覧会やギャラリーをリストするのだが、これも一苦労である。あまりにたくさんあるからだ。テイト・モダンの開館に合わせて、多くのギャラリーや美術館が特別な展覧会をぶつけてきているのだ。ようやく道順も考慮して、今日中に行けるだろうコースを決めた。それにもかかわらず予定は未定。
 結局、テイト・モダンのモナ・ハトゥーム展を見て、RCAのキュレーター・コースの卒業展に行く。日本からPHハウスが出品。スウェーデンからアニッカ・エリクソンがいい作品を展示していた。また、サーペンタインでは、自然史博物館と共同開催した自然をテーマにした展覧会「植物園効果」を見る。会場はグリーンで一杯だ。日本人では、須田悦弘と曽根裕が出品。日本人も国際舞台でナショナリティを超えて紹介されるようになった。素晴らしいことじゃないか!
 ICAでは、ターナー賞に対抗して始まった英国新人発掘プログラムともいえる賞金付き展覧会「ベックス・フューチャーズ」に行った。ここでようやくランチにありつける。その後、すでに夕方になっていたがリッソン・ギャラリーがコヴェント・ガーデンに空家ビルを使ってヴィデオだけの展覧会を特別に開催してると聞いていたので頑張ってそこも行くことにした。5階建てビルを全て駆使して展示しているので広い会場である。こんなに1度に質の高いヴィデオ作品を見れるというのは貴重な体験だった。サイモン・パターソンがブルース・リーに捧げるオマージュ作品を出品していて、その部屋は夜になるとクラブになるのだ。深夜、再びここに戻るとは思っていなかったが、ボーイ・ジョージも来ていたスペシャル・パーティにも侵入することができた。アーティストやキュレーターなどたくさん集まっていてロンドンのナイト・シーンもアツイぜ。今日もたくさん疲れました。でも、やっぱり充実してたな…。
 
5月11日 雨のち晴れ
 ロンドンの雨は毎度のことだが、大低は傘がいらない霧雨なのに、今日はジトジトだ。こういう日は1度も行ったことのないギャラリーを探すのが不利である。しかし、イースト・ロンドンが変わったというのだから、行かない訳にはいかない。それも、ジェイ・ジョプリンが、ものすごく大きなギャラリーをオープンしたというのだ。それを追随するように、セイディー・コールやヴィクトリア・ミロなどのコンテンポラリー・アートの主要なギャラリーが、みんな東側の下町に移動したり、2件目をオープンしているのである。ロンドンのギャラリー・マップは、たった1年でものすごく変わったのだ。
 以前は、このエリアは寂れていておよそアートなんて関係ない場所だった。それが、イギリスのバブル時代の幕開けとともに地価が上がり、家賃が安くて空きビルがたくさんあるイースト・エンドが選ばれるようになったのである。その分、アーティストたちはもっと安いエリアに追いやられてしまったと、このエリアに昔からギャラリーを持っているオーナーが寂しそうに言っていたのが心に残る。現在はまるで、NYのソーホーのようである。イースト・エンドは、ファッショナブルな街に変貌しようとしているが、すっかり金と権力の匂いがするのだ。
 ジェイ・ジョプリンがオープンしたホワイト・キューブ2は、2軒目だから2が付いている。イギリスで最もアンビシャスなギャラリストである彼は、デミアン・ハースト、トレーシー・エミン、ガヴィン・タークなどを紹介するのにおよそ相応しくないメイフェア(日本で言えば白金かな)に4畳半ぐらいのスペースでギャラリーを運営してきたのだが、さすがに今回はビルごとだから広い。元時計工場だったということで、入口には大きなデジタル時計がはめ込まれている。内側はすっかりモダンに改装されていて、まるで新築のようである。う〜ん。ジェイはいったいブリティッシュ・アートでどのくらい儲けたのだろう。ここにくれば、おおよその予測が付くかも知れない。パート1ではアートカレッジの学生たちがたくさんタムロしていたが、このパートではそんなカジュアルなオルタナティヴ系ギャラリーとはまるで様相が違っていた。このギャラリーの近所には、メディア系ギャラリーであるラックス・ギャラリーやライブハウスとして有名なブルーがあって、もともと穴場のカルチャースポットだったのだが、ホワイト・キューブが来たことですっかりポッシュに変わった感じである。昔を懐かしむのはちょっと悔しい気もするが、ロンドンのアート界は以前と違ってマーケット中心になりつつあるのかもしれない。これが、いつまで続くかは誰も分からないだろうが…。きっとバブルなのだから。
 今日もたくさん歩いたし、雨にも濡れてしまった。今日ぐらいホテルでのんびりしないと体力が追い付かないだろう。今日はテイト・モダンで、クィーンによる開館式が行われた記念日である。美術館ではミック・ジャガーやヨーコ・オノも出席してるグランド・ガラのパーティが開催されてるはずである。ホテルに帰ってテレビでチェックしようっと。
 疲れた体にはあったかい食べ物は必要だ。ロンドンのテイク・アウトの質が向上してうれしい。駅前で買ったスープがなかなか美味しい。むかし、ロンドンに来たばかりの頃は、「イギリスはおいしい」という本を恨んだ時期もあったが、これならイケル。さて、どのチャンネルもなかなか熱心に開館のニュースをフォローしているではないか。BBCでは、ひとつのニュース番組で何度も繰り返し伝えているのだから、さすがである。これは洗脳といえるかもしれない。明日からの一般公開は長蛇の列に違いない。
 
5月12日 晴れ
 今晩は夜行バスでエディンバラに行くことになっている。バスだとついつい荷物が重くても自分で運ぶことが少ないので突っ込んでしまう。結局、スコットランドで書籍を郵送することになるのだが、取りあえず全て持って行くことにする。が、荷物がなければ2〜3分で着くコーチ・ステーションまで運ぶのに一苦労だ。ホテルのメイドさんが手伝うよう言われて渋々ひとつのケースを運んでくれた。たった4日間で荷物の重量は倍になってしまった。今後が思い遣られる。みんなに止めろと言われながら、夜行バスにしたのは、もちろん格安というのもあるが、夜行だとデイタイムを有効に使えるからである。まさか、リクライニング・シートではなくて、こんなに眠れなくて辛いとは予測していなかったし、エディンバラに到着したら、すぐにブレックファースト・ミーティングになるとは聞いてなかったんだから…。というわけで、この日もぎりぎりまで、サーチ・コレクション、サウス・ロンドン・ギャラリー、インテリウム、ボンドストリートあたりの画廊巡りや、ナショナル・ポートレイト・ギャラリーの新装オープンなど盛り沢山の展覧会を見てまわり、ロンドンの印象は、ひたすら歩いたナァということになりそうだ。
 さて、次回はスコットランド篇を報告したいと思う。実は、ロンドンと違って少しはのんびりできるかと思っていたが、状況はまったく違ったのである。

企画展「Between Cinema and a Hard Place」
会場:ロンドン、テイト・モダン4階
会期:2000年5月12日〜12月31日
※この特別展のみ入場料(£3)が必要

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