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World Art Report
市原研太郎
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上海と上海ビエンナーレ
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アートにおける改革開放
前回レポートしたように、9月に台湾の台北、10月に韓国のプサンで、ビエンナーレの幕が切って落された。さらに11月には上海でビエンナーレが行われ、今秋の東アジアは、現代アートの作品で花盛りといった様相を呈し、一昔前と比較すれば隔世の感がある。これまでもっぱらヨーロッパ、アメリカを回ってきた私も、この変化を見て、初めてこれらの三都市を訪れ、美術館で開かれたそれぞれに特徴のある展覧会をじっくりと鑑賞させて頂いた。それだけでなく、オープニングに集まった各国の美術関係者とも交流し、彼らの深く鋭い問題意識に大いに刺激を受けたのである。
上海には、訪れる前から、他の二つの都市とは異なる思い入れがあった。それは、中国が社会主義国であり、広大な大陸に属し、長大な歴史をもち、最近根本的な政策上の変換を遂げ、とりわけ上海は、香港などと並んでその実験の中心地だということに起因していた。直前に行った台湾が、依然中国と敵対関係にあることも気になっていた。しかしそのような政治的読みも、少なくとも今の中国にとっては杞憂にすぎないことがすぐに明らかとなった。というのもビエンナーレのオープニング当日、今年の台北ビエンナーレのキュレイターだった台湾のマンレイ・シュウが、会場にいたのを目撃したからである(後で、台湾から中国へ簡単に渡航できる、その逆は難しいが、と中国の美術館のキュレイターから聞いた)。それだけではない。今回で3回目となる上海ビエンナーレの企画者の一人として、プサン・ビエンナーレのキュレイターのホウ・ハンルが名前を連ねていたのである。彼はいまでこそ国際的に活躍するフリーのキュレイターとして高い評価を与えられているが、過去に中国を揺るがした民主化運動に加わり、その結果 国を出たという経緯がある。その後フランスに居を定めながら、アートに対する斬新な視点をもった精力的な活動で注目されたのである。その彼が中国に戻って、公共の美術館で行われる展覧会の企画に携わると耳にしたとき、私は驚きを禁じ得なかった。なぜ彼に、このような選択が可能になったのかについては、色々と策が講じられたようだが、いずれにせよ中国の当局は、政策の根本的な転換(改革開放、一国二制度)によって個人の自由な起業活動を認めたように、アートにおいても、自由をある程度承認するようになったらしい(あるいは、アートが意外に外資を稼ぐことを知って黙認しているということか)。

上海ビエンナーレ会場風景1 上海ビエンナーレ、オープニングシンポジウム
上海ビエンナーレ会場風景2 蔡国強の作品写真パネル展示
▲上海ビエンナーレの会場風景
▲上海ビエンナーレ、オープニング・シンポジウム
▼美術館前での蔡国強作品の写真パネル展示

4人のキュレイターとギャップ
都市としての上海は、大規模な開発が進み急速に変貌しつつあるが、新しい超高層のビルが河の対岸に立ち並ぶ地区に、老朽化した木造の長屋が犇めき、日本では考えられないような貧富の差が露出している(ある人にこのことを話すと、インドよりましだと言われた。インドでは、道端に飢えで死んでいる人間がいるというのだ)。「豊かになるものから先に豊かになれ」という政府の方針通 りといえばそうなのだが、この格差は決して縮まらないどころか拡大するだけだろう。それは先行する資本主義国がずっと昔に体験したことだ、とは思いつつ、しかし人々の活力に満ちて騒々しい、反面 交通機関が大気汚染の原因となる排気ガスを撒き散らす上海の日常を眺めていると、なぜかその光景に引き込まれてしまう。その茫漠とした捉えどころのない空間に呑み込まれて、それと同化してしまうのだ。この雰囲気は絶対に日本にはない。かといって、それはアメリカン・マテリアリズムのスケールの大きさとも違う。珍しくカルチャー・ショックを受けてしまったのだろうか。このようなことは、他の地域の異文化との接触ではまったく経験したことがなかったのだが……。
アートの話に戻そう。上海ビエンナーレは、ハンルを含め5人のキュレイターのグループによって企画され組織された。この中には、3人の中国側のキュレイターと日本から清水敏雄が含まれている。展覧会は、ハンルと他二者の思惑の違いが露骨に出たといえば、どのようなものになったのか想像してもらえるだろう。ハンルは、現代アートの最前線に通 暁しているばかりか、その流行を率先して形成してきた当事者である。清水は、日本の中国進出のアートにおけるエージェントだといってよいだろう。中国のキュレイターは、勿論中国の政治体制のオフィシャルな意向を代表している。というわけで、展覧会の内容は、中国人アーティストの作品を含む現代アートの先端、エスタブリッシュされた現代アート、反動的中国アート(古典からモダンまで)の作品が混ぜこぜに同居しているといった状態で、一ヵ月間隔で見た三つのビエンナーレの中では、最悪の出来だった。なぜ、こうした亀裂が表に現れてしまったのか?その理由の一つに、各キュレイターの意識にずれのあったことが上げられるが、前回のビエンナーレでは、かなりラディカルな作品が展示され当局からクレームがついたということを耳にしたので、今回は妥協したのかもしれない。しかし、もっとも重大な理由は、やはり現代アートと一般 大衆の間のギャップだろう。日本もそうだが、日本以上にその間のギャップは大きいに違いない。しかし中国の現状に希望があるとすれば、ビエンナーレの入館者は、例外なく作品を真面 目にしかもゆっくりと鑑賞していたということである。


ビエンナーレへのオルタナティヴ
見るものがこれだけだったら、私は、ダイナミックな生成過程にあるといっても、上海のアート事情を紹介する気にはならなかったと思う。ビエンナーレ以外にその外部で行われた複数の展覧会があり、それらが強いインパクトを残したからこそ、上海は先述のような印象を私に刻み込むことにもなったのである。それは、オルタナティヴ・スペースの存在とそこで行われた展覧会だった。

オルタナティヴ・スペースでの作品展示風景1
オルタナティヴ・スペースでの作品展示風景2
毛沢東像
▲オルタナティヴ・スペースでの作品展示風景
▼広告代理店の社長室に飾られた毛沢東像

今回見ることができたのは、現代アートを展示するには最適と思われる、市内の各所にある倉庫で開かれたグループ・ショウである。これらの広いスペースを使って、アーティストやフリーのキュレイターたちが、まさにビエンナーレに対抗する企画展を開いていた。また、ビルのフロアの複数階を占める展示もあった。それらに出品されていたものは、我々がすでに知っているアーティストたちの次に来る世代の作品であり、基本的に前の世代と同じ資質だが、どの作品からもしたたかなパワーが感じられた。しかしそれらは、美術館で見られるオフィシャルなアートとは切り離された活動の所産だといったほうがよい。その意味で、中国の現代アートは、日本では死語となっている「アンダーグラウンド」的な立場に置かれている。しかしながら歴史の巡り合わせの偶然から、中国のアンダーグラウンド世界は、欧米の現代アートの先端へと横滑りして結合し、そこでの中国人アーティストの活躍が目立ち始め、彼らの作品が注目されるようになった。その結果 、アーティストの中には、彼らの稼ぐ外貨で成り金になった者もいる。このような国際的連携は、中国人アーティストに成功への野心を植え付け、個人企業に利潤追求の欲望を掻き立てる。上海ではここ数年ギャラリーが急増していると聞いた。私は、オルタナティヴ・スペースの隣にある倉庫の一部を使ったギャラリーを覗いたが、広いスペースには欧米の展覧会でよく見掛ける中国人アーティストの作品が置かれていた。上海に出現しているギャラリーは、海外の市場だけでなく、国内の一握りの富裕階級をターゲットにして経済活動を行っているのだろう。私は、上海に進出しようとしている日本のギャラリストの紹介で、現代アートのパトロンとなっているある企業家を訪ねた。広告代理店を経営する彼のオフィスは、ビルのワンフロア全体を使っていて、その一角にはギャラリーが設けられていた。そこで催されていた展覧会は、展示室をはみ出し廊下の壁まで延長していた。私たちは、彼の社長室に招じ入れられた。そしてそこで見たものは、デスクの背後に掛けられた、ウォーホルの作品と見紛う彼の尊敬する毛沢東のポートレイトだったのである。

[いちはらけんたろう 美術批評]


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