夏のワークショップ特集
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 アートと社会を結ぶ
     ――新しいページを開く「command N」……暮沢剛巳

 御徒町−東京のコンテンポラリーアート・スポットというと、多くの画廊が軒を連ねる銀座や青山が真っ先に連想されるところだが、どうしてどうして、上野からほど近いこのアメ横の街にも、表通りの喧噪からちょっとばかり離れた奥まった一角に、なかなか面白いスペースが居を構えている。行ったことがある方ならもうピンときたと思うが、これが今回取り上げる現代美術の新拠点command N(コマンドN)である。私がcommand Nのことを知ったのはかれこれ一年ほど前、こけら落としの写真展のDMによってだった。実際に会場へと足を運んだのはオープンしてしばらくしてからだったのだが、作品よりも何よりもまず、倉庫か車庫を改装したと思しき展示スペースの狭さに驚いた。「いくら何でも狭すぎるスペースなんでは……」というのが偽らざる第一印象だったが、しかしその後一年の間に、この「狭すぎるスペース」は現代美術の発信基地として、続々と刺激的な企画を送り出してきたのである。今春大きな話題となった「秋葉原TV」がこのcommand Nの仕掛けだっと言えば、納得する向きも多かろう。

 当初は私も誤解していたことだから偉そうなことを言えた義理でもないのだが、実はこのcommand Nは画廊ではない。先の「狭すぎるスペース」は活動拠点としてのプロジェクトルームのことであり、総体としては、美術家の中村政人を中心に、鈴木真吾、関ひろ子、坂口千秋の四名によって運営されている、コンテンポラリーアートに関わる非営利の芸術活動団体を指す名称なのだ。ウィンドウズ派の私には馴染みの薄い言葉だが、「新規ページを開け」を意味するマッキントッシュのショートカットキーに由来するその名には、確かに「常に新しいことを目指そう」という意欲が感じられる。

 さて、取材の際に頂戴した広報資料を一読すると、command Nの活動として三つの柱が挙げられている。このうち、プロジェクトルームを活用した展覧会については言わずもがなであるが、「都市再生をもくろむアートプロジェクトの企画/制作」という項目には眼を引きつけられる。そしてやはりと言うべきか、主宰者の中村に話を聞く限り、それは極めて重視しているポイントだそうで、90年代の現在に、たとえば60年代の作家たちが「タブラ・ラサ」と称して行ったのとは別の角度からの実験によって、都市を活性化するアートを絶えず提出していきたいという。考えてもみれば、中村自身がコンビニの電飾看板を作品に仕立てたり、あるいは「GINBURART」や「新宿少年アート」などの企画を手がけたりなど、今までにも都市と美術の関係には人一倍関心を持ってきた作家である。作家/企画者としてのバランスには苦慮する面もあろうが、command Nは、今までの蓄積に加え、他のメンバーのノウハウも生かすことのできる、都市と美術の関係を追究しうる格好のアクセスポイントに違いない。

 今までのところ、command Nの理念が最大限に生かされたイベントと言えば、やはり今春開催された「秋葉原TV」を挙げねばなるまい。けばけばしいネオンサインや派手な電飾看板が延々と軒を連ねるこの電気街を一連の展示空間と見立て、さまざまなVTRやメディアアートを配置したこの試みは、各種メディアで取り上げられるなど大きな反響を呼び、日頃コンテンポラリーアートを取っつきにくいと思っている客層にも多大な訴求効果を発揮した。また聞くところによると、この企画の準備で生まれたネットワークがその後のプロジェクトにも生かされているという。プロジェクトの会期が限定されている以上、作品は早晩撤去されてしまうことになるのだから、この試みをパブリックアートとして括ることができるかどうかは即断できないのだが、いずれにせよ「秋葉原TV」は都市の「ポップ」で「ヴァナキュラー」な景観とコンテンポラリーアートの相互作用が、大いに都市の景観を活性化することを証明したのだった。ちょうど、ロバート・ヴェンチューリが『ラスベガス』で強調した論点を思い起こさせるとでも言えばいいだろうか。

 そして、command Nが掲げる三つの柱のもう一つが「アートと社会の双方を結ぶコミュニケーションのあり方のインタラクティヴな実践」、すなわち活発な人的交流である。著名なゲストを招いてのトークセッションpowwowもその一環だが、それ以上に注目すべきなのは、この一年間に形成された多くの人的ネットワークであろう。これは、人件費等の制約のため、多くの労働力をボランティアに依存しなければならなかった結果生まれた側面もあるのだが、今までのプロジェクトに関わった、美大生を中心とする多くの若い人々が、今後その蓄積をどのように生かしていくのか興味は尽きない。

 参考までに、command Nの今後の予定と代表者・中村政人の連絡先は以下の通り。個人的には、『美術手帖』5月号の美術教育特集で具体的な提言をした中村の「美術と教育1999」に特に注目している。この6月に、新たなネットワークメンバーとして掘元彰、阿部一直、四方幸子の三氏を迎えたcommand Nの活動は今後も目を離せないが、都市と美術の再構築や人的ネットワークの確立を目指すその活動が、ワークショップにスポットをあてた今回の特集の趣旨にふさわしく思えた旨を、最後に記しておきたい。

コマンド N

〒110-0005台東区上野1ー2ー3犬塚ビルBF

1999年10月 「スキマ展」
1999年10月 中村政人「美術と教育1999」
1999年11月 相沢奈美展
2000年3月 第二回「秋葉原TV」

連絡先:中村政人 lucy-mm@fa2.so-net.ne.jp

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