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Interview ||| インタヴュー
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鳴海暢平
中村ケンゴ

この記事は、中村ケンゴ氏がnmp-international 4/25号のartist file掲載のためにインタヴューしたものである。

――映像による表現というのはどういったきっかけ、経過があって始めたんですか。

鳴海:日本に生まれて東京に住んでいて、何がリアリティがあるかって考えるとテレビのモニターから受けるイメージが一番影響力があったんですね。僕らってやっぱりテレビ世代じゃないですか。それに父親がテレビ局のプロデューサーをやっていて、簡単な記事なんかをテレビで読んだりとかしていたんですよ。それでテレビモニターを通して父親の姿を見ていたこともあったりして、そういう意味でブラウン管に対する特別な感情のようなものがあった。
そういうところからじゃないかな、映像という素材に接していくきっかけになったのは。

――東京芸術大学の大学院を修了ということですが、入学してすぐビデオを使い始めたんですか。

鳴海:そうですね。ビデオばかり撮っていた。液晶テレビの小さいのが出始めた頃で展示するときに使ったり。だから学生やっている間はビデオ漬けだったね。映画を見るのも好きで一日に5本くらいビデオ借りて見たり。
でも大学にはね、とりあえず受かったら行こう、とそれくらいの考えだった。もし落ちたら海外青年協力隊にでも行こうかと思ってたの(笑)、冗談ですが。とにかく外に出たかった。

――外に出たかったということですが、学生時代にはヨーロッパ、東南アジア各地を旅行されてますよね。

鳴海:日本人というのがよくわからなかったんですよ。日本人が作品をつくるっていうのがどういうことなんだろうとか思って、一番わかりやすいのは外から日本を見ればいいんじゃないかと思って。

――自分を相対化する旅に出た。

鳴海:そう。そうするとよく見えてくる。
日本てね、やっぱり自分を個体として体感できないという状況があるんだよね。例えば何かものを見るでしょ。でも結局それは自分の目で見ているんじゃなくて、みんなの、他人の目を通して見ているんだよね。アーティストというのはインディビジュアルな仕事じゃないですか。だから自分のアイデンティティを探すための手がかりを旅を通して見つけていこうというのがあった。

――やっぱりビデオカメラを持って行くわけですよね。

鳴海:そう。現地で出会った人に簡単なインタビューをしたりして、ビデオスケッチみたいなものなんだけど。
僕がビデオを使うというのは、大学の専攻は油絵だったんだけど、ペインティングというメディアってあんまりリアリティが無いように感じたんだよね。芸大に入ったらわかると思うけど、教授達の作品を見たら、なんで今でもこんなもの描いてるの?という感じなんですよ。

――それは僕の行った美大でも同じです(笑)。

鳴海:だからまずそこにぶつかるんだよね。

――まともな学生ならぶつかるでしょう(笑)。

鳴海:だからいわゆるメディアとしてね、ペインティングというものは今何故やるのかということを考えないとあんまり意味がないって感じがするんだよね。

――昨年のドクメンタなどの国際展なんかを見てもビデオを使った作品というのはすごく多いですよね。一種の流行というようにも見えますがどのように感じてますか。

鳴海:やっぱり必然的な状況だと思います。モニターを通したものって自然になっているでしょ。20世紀の発明のなかでテレビというものが一番だと思うんですよ。一番影響力があると思うし、なおかつできた時から機械的な仕組みとかあんまり変わってないんですよ。そういうところに力強さみたいなものは感じますね。

――92年から94年までACCの日米芸術交流プログラムでニューヨークに滞在していましたよね。これもやはり外から日本を見たいということですか。

鳴海:そうですね。単純に言ってしまうと中心を見ておきたいということがあった。

――ニューヨークが中心ということはやはり東京は周縁ということでしょうか。東京にいると自分はマージナルなところにいる人間だと思いますか。

鳴海:思います。

――それは現代美術をやっているからそう思うのか、それとも日本人だからそう思うのでしょうか。

鳴海:うーん、やっぱり日本人だからかな。作家はある線を越えると国は関係なくなると思うし……。でも何を基準にするのかで変わってくるものでしょうね。アートのマーケットでいうと端っこにいるよね。でも人種としての中心というものはないし。

――アーティストとしてニューヨークの印象は?

鳴海:僕が行った92年くらいというのはすごく刺激があったのはたしかなんだけど、現地でやってた展覧会というのは僕にとってあまりおもしろいものではなかったんだよね。PC(ポリティカル・コレクト)アートが主流だった時代で、いわゆるフェミニズムとかジェンダーの問題を扱ったものとか、非常にあからさまなポリティカル・コレクトなものが多くて……。そういうものが主流でね、見てもつまんないんだよね。美術じゃなくて文章で書いたほうが明快じゃないかなって思うくらい……。
だからこういうものはやりたくないなっていうのが僕のニューヨーク体験だった。

――東京と比べてニューヨークでの作品制作の取り組み方って変わりましたか。

鳴海:展覧会をやるまでのシステムが東京とまるで違うからそういうことが勉強になったね。ちゃんと戦略を考えないと絶対にピックアップされないだろうとか。コンセプトに関しても軸を通してきっちりやっていかなくちゃだめなんだな、と思ったし 。あと、受け入れる側の意識が日本と違うのを感じた。

――作品をつくるということはどこでも同じなんだろうけど、作家としてサヴァイバルするためには厳密な戦略とタフな精神を持たなければならない、と。

鳴海:そうだね。やっぱり山奥で木彫りの熊をつくってるような作家にはなりたくないから(笑)。つくるっていうことは見せるっていうことだから、見せるためにはある程度そのラインを知っておかないとつくれないかな、ということはあるよね。

――滞在中、ナム=ジュン・パイクのアシスタントをされていたということですが、どういったきっかけなんでしょうか

鳴海:とあるパーティで彼のアシスタントと知り合ってそこからです。

――彼の印象は?

鳴海:僕の出会ったナム=ジュンというのはフルクサスが隆盛だった頃ではなくて、その後の彼だけどやっぱりオーラが出ていましたね。アメリカのアートの社会の中でアジア人であそこまでエスタブリッシュされた人っていうのはいないですよね。そういう意味で彼の騎馬民族的なルーツを感じさせるアグレッシヴな行動力というか、日本人としても見習わなきゃ(笑)って思いましたね。

――制作の現場で何か感じたことはありますか。

鳴海:ナム=ジュンってフルクサスから出てきたじゃない。フルクサスの作家のおもしろいのは(映像機材の)コードとか、フィニッシュがすごい荒いってところなのね(笑)。

――きたないってことですね(笑)。それはやっぱり日本人には許せないことかしら(笑)。

鳴海:日本人には絶対ない感覚ってあれなんだなって思った。だいたい日本人だったらモニターから出てるコードとかちゃんと隠してさ、きれいにするでしょ。ナム=ジュンはもう、そのままぐちゃぐちゃで……。逆にああいう荒さの中にあるコンセプトの強さっていうか、言いたいことさえあれば別にフィニッシングなんてどうでもいいんだ、と。それが印象的だったかな。

――今は東京にもどっているわけですが、できればまた外国で活動したいと思いますか。

鳴海:昔はすごくそういう意識が強かったんだけど、今は少し変わってきましたね。だんだん自分の時間とか自分の環境というのができてきたから、今は別にどこにいてもいいかなと思っている。東京だからダメだとかね、そういうことは感じなくなった。

――場所に依拠しないというか、どこにいてもつくるための必然性は発生するということですね。

鳴海:そうですね。だけど自分のルーツはノマドだと思っているので動くのはすごく好きです。

――作品についてお聞きします。
犬の頭部にビデオカメラを取り付けてそれに映った映像を中心に作品を制作されていますが、そもそも犬という素材はどこからでてきたのですか。

鳴海:別に愛犬家というわけじゃないです(笑)。最初の話にもどりますが、自分というのは他人との関わりの中から認識するっていうところから始まっているわけで、それをどんどん大きくしていくと日本人とは、ということになる。それを認識するには外国に出てみて外から日本を見てみる。さらにそれを大きくしていくと人間とは何なのか、という問題になる。でも人間を外から見られるものっていうのは宇宙人くらいしかいない。だけどよく考えてみると地球というのは人間以外の生きものもたくさんいるわけで、ただ言語的なコミュニケーションをとることができないから彼等の考えていることがわからないだけなんだよね。
その中でも犬っていう生きものがその対象に近いんじゃないかと思ったんだよね。それは1万5千年も前、人間が一番最初の社会をつくりだす頃から関わっている生きものだから。それで彼等が一番人間というものを見てきているんじゃないかと思ってね。犬ほど人間につくられてきた生きものはいないと思うし、彼等は人間のリアリティというか、そういうものを探るうえでベストポジションにいると思うんです。

――犬の視線を借りて人間というものを浮き彫りにしていこう、ということですね。

鳴海:あと今、デジタルなコミュニケーションが発達してきているでしょ。インターネットもそうだけど。その一方で今すごいペットブームというものもあって、みんないろんな生きものを飼っているわけ。だからある意味で、犬を使っているというのはデジタルなコミュニケーションに対してフィジカルなコミュニケーションの提示でもあるんだよね。

――たしかに犬の散歩をしていると犬を介して知らない人でもどんどん話しかけてきますね。

鳴海:それを僕はインターネットに対してドッグネットと呼んでいます。

――コミュニケーションツールとしての犬。

鳴海:そう。だからメディアとしての犬というのも考えている。こうして犬のプロジェクトを続けていると本当にいろんな人と友達になれる(笑)。僕の展覧会は美術が好きな人だけではなくて犬の好きな人もたくさん来ますから。

(東京、目白のカフェにて)

[from nmp_i 1998 ]

鳴海暢平氏はポーラ美術振興財団の在外研修員として98年末から1年間、再びニューヨーク滞在が予定されている。

鳴海暢平
鳴海暢平





作品 ホンコン
中国返還前のホンコンで
撮影された作品 1997




臭景
「臭景(Scent View)」
「Indirect Melicine」
wood,dog toy multiples x4000
2m x 1.8m 1997




「Scent View(部分)」
ビデオ作品
「臭景(Scent View)」部分
video projecter x4
video installation view 1997

Photo: 藤重 朋紀 Tomonori FUJISHIGE
(c) N.NARUMI
Hara Museum Arc 1997




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