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メセナ日記−8
アメリカ紀行最終回
――社員ボランティアはビジネスの糧?
熊倉すみ子

1998年5月○日

ここ数回、すっかり〈アメリカでは〜〉の〈出羽の守〉状態で申し訳ない。隣の芝は青いに決まってるのだが、なにせ日本は背筋が寒くなるような経済情勢だ。心温まるメセナの話など、とんとごぶさたである。
しかしバブル景気のアメリカは、派手な宣伝に彩られたメセナが幅をきかせているのが気になる。スポンサーや顧客の受けを狙って、地方美術館は名画展に殺到し実験的な表現には見向きもせず、コンサートも3大テノールなどスターばかり。リンカーンセンターのような著名な組織には、広告代理店出身のマーケティング・スタッフがいて、スポンサー向けに洗練された企画を練る。チケットのナンバーで車が当たる、くじ付きオペラなんてアイディアには唖然とした。
そんなアメリカから最後に紹介するのは、社員ボランティアのちょっと心温まるお話。

5月○日

ミルウォーキーにあるノーザン・ウェスタン生命保険の副社長へのインタビュー「芸術団体に限ったことではないですが、社員には地元のNPOで理事やボランティアを務めるよう奨励しています。とくに役員は、率先して美術館やオペラ、オーケストラなどメジャーな芸術団体の理事を務めるのが義務だと思っています」。
──それって、企業として何かメリットがあるんですか?
「まず、芸術の盛んな都市であることは、ヘッド・ハンティングに不可欠な条件なんですよ。文化果つる町じゃ、有能な才能、特にエグゼクティブは移り住んでくれません。現に今の社長はつい最近シカゴから来たのですが、舞台芸術が盛んな町だから転職を決心したと公言しています。ミルウォーキーの冬は長くて厳しいですからね。アートなしでは本人のみならず家族も退屈というわけです」。
──社員の方々のボランティアも盛んなわけですね。
「ええ。小さなアートセンターとかダンスカンパニーとか、草の根的な活動でね。これも企業にメリットがありますよ。ひとつは、いろいろな地域活動に社員が参加することは、企業が地域社会にコミットする最良の方法だということです」。
──〈本業以外でも地域社会に貢献する企業市民〉というイメージの向上ですか?
「それもありますが、社員が地域のさまざまなニーズを汲み上げてくることは、ビジネスにも無益じゃないですからね。もうひとつは、社員の社に対するロイヤルティを高める効果です」。
──は? ボランティアで社員の忠誠心が高まるんですか?
「いや、わが社にもさまざまな団体から支援要請が来ますが、社員が熱心に参加している団体かどうかは、支援を決める大事な要素のひとつなんです。支援が決まると、その団体に参加している社員には社長から手紙がいきます。〈あなたがボランティアをなさっている○○団体に、わが社は××ドルの支援をすることにいたしました〉ってね。その社員は胸を張ってさらに地域活動に励み、いい気分で仕事にも臨むでしょ」。
社長の手紙には恐れ入りました。これぞ市民社会の機微というものか。3月にはNPO法も成立したし、よし、日本もがんばるぞ!

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