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『悪魔のいけにえ』
悪魔のいけにえ
北小路隆志

僕が傍らにあるピアノやギターを戯れに奏でてみても、それは情けないほどテクニックや想像力を書いた“僕の”ピアノやギターであり、当然のことながらグールドヘンドリックスのそれとは全く異なる世界になる。というか、僕には彼らが楽器との関係において形成していたであろう世界のあり様を想像すらできない(これは、もっと練習すれば、といった技術上の問題ではない。もちろんある程度の再現[コピー]なら可能であるのだが……)。人間の想像力は虚しい。“あってはならないこと”が起こってしまった……と事あるごとに人は嘆いたり喜んだりするが、“起こってしまったこと”自体は人間の想像力の範囲内でありその外部ではない。だから人は仕方なく起こってしまった“あってはならないこと”に深い関心を寄せ続ける。(グールドやヘンドリックスの神業!)たとえば、アメリカのウィスコンシン州で“起こってしまった”エド・ゲインの事件。あの猟奇的殺人者の常軌を逸した振る舞いは幾つかの映画史に残る傑作を生む。もちろん、ヒッチコックの『サイコ』。そして決して忘れ去られるべきではないフーバーの『悪魔のいけにえ』……。
悪魔のいけにえ
グールド
Glenn Gould
Professional School of the
Royal Conservatory of Music
http://www.rcmusic.ca/
ヘンドリックス
Jimi Hendrix/Experience
Hendrix Interactive
The Official Jimi Hendrix Web Site
http://www.jimi-hendrix.com/
アメリカ映画の頽廃

そろそろ自覚的に映画を見ようとしていた十代になったばかりの僕の周囲に漂っていたのは“アメリカン・ニューシネマ”を曖昧に特権視する気配で、それは、まあ、当時流行のクィーンエアロスミスに夢中になる前に、まずレッド・ツェッペリンを聞け、といった説教(?)に近いものだった(ツェッペリンの久々の新譜『フィジカル・グラフィティ』は確かに凄かったのだが……)。だけど名画座系でかかるアメリカン・ニューシネマには正直いって退屈させられるケースが多かった。遅れて来たヒッピー志願者にとって『イージー・ライダー』は参考になったが(ヒッピーはコロサレル!)、それでもワザワザこんなに映画をつまらなくする必要もないのに、と思えるほど中途半端に暗い映画の一群がアメリカン・ニューシネマであるように思えた……。だが、やがて登場する若き映画作家たちがニューシネマの残骸の堆積から成る光景を継承しつつ鮮やかに一掃してしまう! 作品名をあげると、スピルバーグの『ジョーズ』やトビー・フーバーの『悪魔のいけにえ』。彼らはニューシネマがもたらしたアメリカ映画の頽廃を積極的に引き受け、しかもかつての輝かしきアメリカ映画の古典への回帰を微妙に回避しつつ、新しい(無)方向性への出発を企図した。サブリミナル効果を狙ったともいえそうな、フラッシュにたかれて浮かびあがる異様に作為的な死体の群れを――ある種のアート作品を並べるかのように――フーバーは『悪魔のいけにえ』の冒頭部分に置いた。バックに流れるラジオニュースはどこかで起こってしまった陰惨な殺人事件を報道している……。いずれにしても、アメリカ映画はもはや死体となった。その死体にどう対処すべきか?それが彼らの映画のスタート地点だ。

悪魔のいけにえ
悪魔のいけにえ
クィーン
Queen Official site
http://queen-fip.com/
エアロスミス
THE OFFICIAL AEROSMITH
WORLD WIDE WEB SITE
http://www.aerosmith.com/
レッド・ツェッペリン
Led Zeppelin - Electric Magic
http://www.led-zeppelin.com/
emagic.html
ヒッチコックの『サイコ』
Alfred Hitchcock 's PSYCHO page
http://www.geocities.com/
Hollywood/1645/index.html
一編のノイズ・ミュージックのように

その後に量産されるスプラッター・ホラーの起源として位置づけられることの多いこの低予算映画は、しかし驚くほどリアルに、むしろところどころドキュメンタリー的ともいえそうなタッチで綴られている。フーバーはあくまでも“あってはならない”が実際に起こってしまった出来事への敬意をこの記念碑的な作品で表明するのだ。何者かに追跡されているのに自分の足が思い通りに動かなくて焦燥感にかられる場面に誰もが夢のなかで遭遇しているはずだが、この映画で敏捷とも愚鈍とも感じられる仮面の殺人鬼に追いかけられる若い女性の逃走ぶりは、夢のなかで腹立たしいほど遅いあの僕たちの足取りにリアルなまでにそっくりだ。それにいまさらながら驚いてしまうのだが、この映画の物語は一日にも満たない時間の流れで構成されている。夜の帳が一度下りると永遠に続くかと思われた暗闘が不意に早朝の透明な空気に置き換えられるとき、それは正に恩寵であり、『悪魔のいけにえ』が“あってはならないこと”が実際に起こってしまった映画であることを僕たちは察知する。それにしても、今回見直してみての感想だが、これを何とか最後まで見終えた者に約束されるのは、おぞましきイメージの残像ではなく、一編の美しいノイズ・ミュージックの洪水に溺れた後の身体を浸すあの爽快な残響の方であるようだ。不思議なことではあるのだが……。

悪魔のいけにえ

ジョーズ
Jaws-The Home Page
http://www.winternet.com/
~tandj04/jaws.html
会場:俳優座トーキーナイト
上映期間:1997年7月28日〜8月19日
問い合わせ:Tel 03-3401-4073
悪魔のいけにえ

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