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フェティッシュ的対象としての煙突
―ポルトガル・エルヴァスの「煙突の家」
煙突の家
エルヴァスの住居
巨大な煙突がこの地域の住居の特徴
槻橋 修

住居と煙突

西欧では、多くの住居がレンガ造、石造といった気密性の高い組石造で造られているから、煙突は換気口として、住居を構成する重要な要素であった。形態的に見ても、屋根とともに住居のシルエットを形づくる上で欠かすことのできないものであるし、煙突が登場する童話や伝承の例をあげるまでもなく、生活空間において特別な位置を与えられてきた。バシュラールの住空間の地形分析(トポアナリーズ)は地下室からはじまって屋根裏部屋まで、空間の鉛直性について現象論的に語られているのだが、この鉛直性に沿って、しかも住居の外部にまで突き抜けていく煙突がまったく無視されてしまったことは、考えてみれば奇妙である。

住居の「針」―塔の代理

都市の形態上のアイデンティティは塔によって代表されることが多い。レム・コールハースはマンハッタンに関する考察のなかで、「針と球との弁証法」という明快な言葉で、マンハッタンのもつ形態上の特徴をすばりと言い当てている。針と球、すなわち塔とドームは、マンハッタンに限らず、実は古くからヨーロッパの都市を形づくってきた。特に塔は、ただ一つ高くそびえて街の中心性や一体性を示すものから、いくつも林立することによって特異な景観をつくり出している例まである。前者ではモスクの塔をもつマグレブ地方の村(クサール)、後者ではイタリア・トスカナ地方のサン・ジミニャーノなどは、その良い例である。サン・ジミニャーノのような特異な例をのぞけば、住居においては屋根の上に突き出た煙突が塔の代役をはたす。形態的にみれば、煙突は住居における「針」的要素にほかならない。塔の代理として、煙突が「細く高く」つくられるのは、デザイン上自然なことである。

長屋
細い路地に面してならぶ長屋
エルヴァスの住居

ヴェンダースの映画に魅せられてリスボンを訪れた際、町中の小さな書店でこの奇怪な姿をした住居の写真に出会った。煙突が「細く高く」ない上に、住居に対して極端に大きい。「住居らしい均整のとれたプロポーション」があるとは決して思わないが、煙突の部分だけ設計図の縮尺が間違っているんじゃないかと疑ってしまった。急きょ旅程を変更して写真の中の町エルヴァスへ行ってみることにした。

エルヴァス
エルヴァス
絵はがきになっている空中写真 (*)
町の中心
町の中心
レパブリカ広場とカテドラル
エルヴァスはリスボンからまっすぐ東へ200kmのところに位置する小都市である。スペインとの国境はすぐそこにある。この地域は乾燥したなだらかな丘陵地帯で、アンダルシア地方のような延々と続くオリーブ畑もなく、さらに殺伐としている。エルヴァスは丘の頂をくずれた星形状に城壁で囲った典型的な中世都市である。この町の興りはローマ時代にまで遡るが、現在残っている都市の輪郭がつくられたのは、国土回復運動(レコンキスタ)でポルトガルが独立した後、1513年のことである。城壁内には中世からバロックに至るまで旧所名跡が豊富にあり、現在はポルトガルのドメスティックなツーリズムに貢献している。しかし観光客の興味はこの地域の住居形にはあまり食指が進まないようで、エルヴァスの住居の特異性はパンフレットにも取り上げられていない。この住居を観るためには、町の空中写真の絵はがきをたよりに歩きながら、身ぶり手振りで町の住人に訪ねるしかなかった。
連続住居
傾斜地に立つ連続住居
集合住宅
集合住宅
かつては城壁を守る兵士の宿舎であった

「煙突の家」―住様式におけるフェティッシュ

この煙突が煙突らしくない最大の理由は扁平で巨大な形状にある。また、それがファサードを構成する最大の要素であるということ。近代的な視点から平面計画についていえば、第二の点は住居の入口を入ってすぐにキッチンと食卓があるということを示している。大きな住居というわけでもないから、キッチンと食卓は生活の中心的スペースであると言えるだろう。第一の点、すなわち扁平であることは――この地域の人々の旺盛な食欲のゆえだろうか――煙突の下にある炉のもつ幅の広さを示している。だからといって、この煙突は機能から形態へという合理的な解釈だけでは何か落ちつかないし、塔の代理としての「針」の役割を形態的に担っているわけでもない。煙突が煙突のままで住居の形態を支配しているのである。煙突が住居のイメージのすべてを代理するオブジェとなっているのであり、その偏執的なこだわりが街路にはみ出ているのだ。エルヴァスの煙突は象徴と呼ぶよりも、むしろフェティッシュである。煙突という「もの」への原始的な感情に触れてくるのである。住様式における空間への視点からはとりこぼれてしまうようなフェティッシュが存在することを、これらの住居は教えてくれる。

生活空間
一階のポーチは、
生活空間として使われている
独立住宅
独立住宅
写真:槻橋 修
写真(*):EDICAO DA C.M.E/TURISMO,1991

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