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ダムタイプのコンサート『OR』
――「愛」の不在
熊倉敬聡

書くことへのためらい

複雑な心境である。あるいは哀しいのかもしれない。
先日、ダムタイプの新作『OR』のコンサートに行った(パフォーマンスは、海外にいたため観られなかった)。久しぶりの新作とあって、もちろん大いに期待していた。が、同時に、古橋悌二亡きあと、いったいダムタイプはどうなってしまうのだろう、という不安も当然のことながらあった。
 コンサートを観て以後、その感想を書くべきかどうか、この一月間ずっと悩んでいた。初めて生で観た『S/N』の衝撃以来、彼等の活動に常に寄り添いながら、文章を書いたり、共同の企画をやったり、あるいは大学の授業で紹介したりと、自分なりに彼等の世界史的作業を応援していた。その過程で、古橋を始め、メンバーたちとも個人的に親しくなった。
 そういう経緯からすると、今度の『OR』についての意見をどこか公の場で書いたり、話したりすることは、自分にはできないのかもしれない。パフォーマンスの方も観ていないし、逆に観ていないからこそ、執筆の依頼が来ても、そういう理由で断わることができるかもしれない。などと、考えたりもする反面、また、別なときには、こういう日本のような、批評が批評としてあまり機能していず、ムラ的な言説しか行き交っていないところだからこそ、criticをcriticとして書くべきなのではないか。もし批判を書いたとしても、彼等だったら、理解してくれるのではないか、とも、思ったりしていた。
 そして結局、ここに、とりあえずささやかな形ではあるが、書くことに決めた。

『S/N』への背反?

それはいったい何だったのだろうか。絶えざる重低音とストロボと煙。執拗なまでの感官のオーバーヒート。まるで、ドラッグをやりながら、ジェットコースターにでも乗っている感じとでも形容したらいいのだろうか。
 それは確かにひとの度肝を抜く性格のものであったし、彼等のテクノロジーの文法を駆使した、少なくともその点では世界的に見ても見事なステージであったことにはまちがいない。しかし、にもかかわらずそれは、『S/N』とは大きく違っていた。極論すれば、むしろ、『S/N』のコンセプトを裏切る作品だったといえる。
 『S/N』とは何だったのか。それは何よりも「愛」の作品ではなかったか。「愛」を困難にしている世界史的状況の中で、いかに「愛」の可能性を模索するか、「愛」の中へと飛び込んでいけるか。それこそ、『S/N』の核心ではなかったか。
 ところがコンサート『OR』には「愛」がなかった。そこにはテクノロジーの専制だけがあった。「愛」のためのテクノロジー。──『S/N』の独創性の一つはまさにそれだったはずだ。だが、今や、空間は暴力に満ち満ちている。そこには決定的に「優しさ」が欠如していた。はたして病気の古橋がその場にいたら、彼は、彼の病んだ身体は、その暴力に耐ええただろうか(喘息を持病にもつ私にも、充満したスモークは苦痛であった)。
 善意に解釈すれば、古橋の不在は、これほどの暴力によってしか埋め難いほど大きかったのかもしれない。あまりの苦痛は、感覚と脳のオーバーヒートによってしか償い得ないのかもしれない。しかし、『Lovers』の静謐な愛に満ちた空間をすでに知ってしまったわれわれにとって、どうしてこの暴力を肯定できようか。『S/N』に「ダムタイプ」を見た者には、この作品は文字どおり反「ダムタイプ」的作品であるといっても決して過言ではないだろう。

ダムタイプの行方

古橋は『Lovers』で語っていた。「自分を見失い、おびえている子供を癒すのに最良の方法は、抱きしめてやり彼に輪郭を与えてやることだ。」この限りない優しさを、再びダムタイプは取り戻すことができるのだろうか。
 悪い兆候は、(おそらくこの「愛」の欠如に耐えられず)メンバーの何人かが辞めた、あるいは辞めつつあることであり、また、ART-SCAPEやWeekend CafeやAIDS Poster Projectなど、NPOやヴォランティアの新たな姿を模索しつつあった彼等が、どういう理由でかダムタイプを株式会社にしてしまったことに伺える。
 今後、『S/N』に見た「ダムタイプ的なもの」は、ダムタイプ以外のところで追求されていくのかもしれない。

ダムタイプ コンサート『OR』
会場:スパイラルホール
会期:1997年10月8日(水)〜9日(木)
問い合わせ:Tel.03-3498-1171 スパイラル


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