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企業アーカイブへの提言 No.15 橘川 武郎 社史の戦略的活用法 |
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| 今回は、東京大学社会科学研究所の橘川武郎教授に、デジタル・アーカイブズの登場をふまえ、社史の役割を再認識した上での戦略的活用法についてお話しいただきました。 |
| <はじめに:社史をめぐるいくつかの誤解>
目次へ 残念ながら社史には、やや誤解されている側面があります。代表的な例を三つ挙げます。 (1)「誰も読む人などいない」 社史など枕としてしか使えないと言った人がいますが、一度、公設の図書館や大学の図書館で書庫に入っていただくとわかります。いちばんボロボロになっている本が社史なのです。つまりそれだけ使われている、コピーされたり手にとって見られているということです。確かに、1冊の社史全体を通して読むという人は少ないかもしれません。しかし、その社史の一部分、たとえば特定の時期やテーマなどについて知るために社史を利用する読者は、想像以上に多いのではないかと思います。 また、刊行時はめったにベストセラーにならないが、いい本であれば、耐用年数が長いということがあります。長い時間の中で見た場合、社史が利用されている可能性はかなり高いと言えるでしょう。 さらに、継続は力なりです。つまり、50年史を出したある会社が、それを更新して新しい社史を次々に出していることに意義があるのです。 (2)「カネと時間をかけるに値しない」 何事にも限界というものがありますから、社史を出すことによるメリットとそれに対してかかるコストとの最適な均衡を図るということが重要になります。社史にかかるコストのかなりの部分は、社史に関わっている正社員の給料であり、それは重要な意味を持ちます。考えるべきは、適当なアウトソーシングをし、コストをある程度抑えながら外部の専門家をうまく活用することです。そうすることでコストとメリットの最適な均衡を図ることができます。 (3)「内容に信用がおけない」 社史というのは耐用年数が長く、意外に利用されています。インチキな情報を流したままでいて通用するほど社会は甘くないということです。本来あるべき社史というのは会社が提供する商品、あるいはサービスと同じなのです。それを読む読者を顧客と考えれば、その社史に求められる信頼性というのは、結局、その社史が活用されればされるほど高くなっていかざるを得ない。その意味で、社史は会社の「顔」であるという点を強調したいと思います。 <「歴史離れ」と「歴史回帰」> 目次へ (1)「歴史離れ」…近視眼的アプローチの危険性 現在、景気が回復していると言われますが、長期的には必ずしも不況感を脱しきれていないと言えるでしょう。こういう閉塞した状況の中で、過去のことなど振り返っている余裕などないという意見をよく聞きます。それが歴史離れということです。 大学でも規制緩和が進み、従来は社会科学系の学部を作るときには理論と政策と歴史の3本を主科目としておかなければならないという規制があったのですが、その規制がはずされたために、急激に歴史の科目が減らされています。 歴史を知ること、歴史を見ることにどういう意味があるのかと言うと、近視眼的ではない大局的な見地から物事にアプローチしていけることです。そして、現在直面している問題に対して、解決の道を見出す際の大局観を与えることが、歴史の持つ大きな意味だと思います。 バブル崩壊後の日本の企業が直面しているのは、全く同じ産業の中で勝ち組と負け組がいること、すなわち企業間格差という大きな問題だと思います。企業間格差がなぜ生まれたのかを考えようとするとき、それが生まれてきた経緯やコンテクストというものに目を向けないと謎は解けません。個々の企業がなぜそうなったかという時系列で流れを読まない限り、本当に重要なことは見えてこないのです。 大きな流れの中で物を見るということからすれば、歴史離れは小さくない問題です。 (2)「歴史回帰」…趣味としての回顧の無意味さ 歴史離れの一方では歴史回帰、つまり歴史は大切だということが強調されています。たとえばNHKテレビのゴールデンタイムは、火曜日に「プロジェクトX」、水曜日には「その時歴史が動いた」、日曜は大河ドラマを放送している。7日のうち3日間が近現代を含めた歴史ものです。それくらいみんな歴史が好きだと言えるわけです。 なぜかというと、歴史のストーリーに描かれた現実が教訓化されている、現在に活かせるかたちで教訓化されているというところが番組の面白さになっているからではないでしょうか。 歴史回帰を趣味の世界のままにしておいては意味がありません。大切なのは、温故知新ということです。端的に言えば、歴史が発信する情報を使うことの本質は、それをイノベーションの源とすることなのではないでしょうか。 <社史の三つの役割> 目次へ (1)広報(外へ向けての役割) ●市場、ステークホルダー、第三者に対する広報の道具 外へ向けての社史の役割とは、重要な広報の道具になるということです。 直接市場と向き合っている企業の場合には、社史に書かれている製品情報自体が市場に対して重要な意味を持ちます。IRの観点からすると、資本・金融市場に向けた社史の意味は決して小さいものではありません。つまり、ROE(株主資本利益率)、ROA(総資本利益率)という財務データに現れない力を、読者は読みとることができる。その力というのは、どういう経営者か、どういう企業文化か、どういうコンテクストの中でその会社は生きているかという内容であり、それが凝縮されているのが社史なのです。 また、これからは、人事に費やせる少ない資源を投入して優秀な人材を確保することが第一です。特に90年代以降、インターネットを通じて就職活動を行う時代になり、就職希望者は、これから受けようとする会社を徹底して知ろうとしています。労働市場への情報発信という意味でも社史は有効であると言えるのです。 技術の市場に対しても、その会社が技術を大事にしているか、あるいは技術者に活躍する場が与えられているかといった情報は、社史を見ると一目瞭然です。ステークホルダー(株主、顧客、取引先、地域住民)との関係でも同じことが言えるでしょう。 社史による情報発信は、ステークホルダーだけではなく、関係する第三者機関、中央・地方の官庁やNPO(非営利組織)、さらにはライバル企業に対しても重要な広報の意味を持ちます。 (2)教育(内へ向けての役割) ●企業文化の醸成と継承 誤解を恐れずに言うと、きちんとした企業文化がない企業は面白い社史を作れません。社史というのはある意味で、企業文化を書き込むもの、その企業文化を後の世代の社員に伝えていく記録としての役割を持つものです。企業文化を反映する「鏡」です。 たとえば不動産業界を見ると、昭和30年代から、売上高は三井不動産、利益率は三菱地所というツートップ体制が続いています。そこで三井不動産の社史を読むと、企業の軌跡が脈々と書かれている。たぶんその延長上に、大手不動産会社でありながらはじめて、かつては中小しかやらないといわれていた不動産仲介業に出て行くこととか、住宅の分野に他の大手の不動産会社よりも一歩早く入って行くといったことなど、一連の流れ、いうなれば企業に染み付いた文化が読めるのです。そういうことを社内的に伝えること、単に年表式に何年何月何があっただけではなく、その企業を育ててきた文化というものが書き込まれていること。それが社史にとっての生命線であり、それが教育になるのです。 ●企業内知識の継承 百科事典的な意味でも、社史には価値があります。企業内知識、文化ではなく知識です。社史における細かい一つ一つのパーツ・・・過去にあった出来事、そのとき先達たちがどのようにどんな問題にぶつかったのか、それがどのように会社の中に残っているか。それらのことに意味があるのです。 たとえば、日本の電力会社は電力料金が高いと言われていますが、実は最後に電力料金を値上げしたのは昭和56年、1981年です。それからは値下げの時代に入ってきた。今後もし値上げをしなければならなくなったときに、どうすればいいのかというノウハウを知ることは、多分社史に頼るしかない。あるいは、社史を書いたときに集めた一連のデータに頼るしかない。そういう意味で、過去暗黙知として会社の中に眠っているさまざまな知識を顕在化させていくきっかけになるということが、大きなポイントです。 目先の決定というなら必要ないかもしれませんが、何十年に1回という意思決定に際しては、まさに知識の宝庫としての社史に依存せざるを得ないのです。 (3)学習(未来へ向けての役割) ●イノベーションの源泉 社史は、教育を学習につなげ、未来へ向けての役割を果たします。 イノベーションはどういう形で起きるのか。これは経営の学会で過去10年くらい、最大のテーマだったのですが、その結論は、一人の天才や一人の偉人などによって起きるものではないということです。イノベーションは、それが必要だと思ったプレーヤーが互いに切磋琢磨して知識をぶつけ合っていく相互作用の中で、同じベクトルがないと生まれてこないのです。しかもベクトルだけではだめで、そこにオープンな場があっていろいろな知識が相互作用することで生まれるのです。その相互作用のきっかけになるような知識、あるいはその知識の所在を示す情報源として、社史およびそれに伴う企業史料はきわめて重要な意味を持っていると言えるのです。 ●改革の筋道(sequence)を指し示す これは企業だけではありませんが、改革を行うときに、キーワードとして浮かび上がっているのがシークエンス、改革の筋道ということです。 どんなに理論的に正しい改革を打ち出したとしても、それでうまく行くほど社会は甘くありません。改革が成功するためには、段取り、順番、あるいはそれにかかわるプレーヤーをどのように配置するのかという、コンテクストおよびプレーヤーというものが決定的に重要になってくる。社史のもう一つの重要性は、いい社史には知識が部分的に散らばっているだけではなくて、かつてその会社が行った大きな改革についてのシークエンスが書き込まれていることです。社内にどんな抵抗があるか、あるいはどういう取引先との調整が必要とされるか。また、どういう決断をすることによってどういう成果が得られたかというシークエンスについて、さまざまな示唆を与えています。それが、社史の、未来へ向けての指針になる学習という面で強調したい点です。 <社史の備えるべき三つの要件> 目次へ 次に、社史の三つの役割を発揮するよい社史とはどういうものか、社史の備えるべき要件とは何なのかという点について三つ述べたいと思います。 (1)真実・・・真実と事実の裏付け 当然のことですが、社史は真実に基づいて書かれなければなりません。うそを書いてはいけない。また、うそではないが、本来その会社の歴史を語る上で当然語られるべき事柄が書かれていない、あるいは、きちんとした事実の裏付けがなされず、こうであっただろう、こうであったに違いないという憶測や一面的強調で記述されることも避けるべきです。 こうした問題をすべてチェックするためにも、企業史料のチェックにおいては、執筆者の手元にワンセット、編纂室あるいは編集者の手元にもうワンセットあるというようにダブルチェックの体制をとることが大事です。大量の情報を相手にしなければならないので、意図せざるミスがしばしば起きることもあります。データに関するダブルチェックはきわめて重要だと思います。 (2)ストーリー・・・ストーリーの基本とプロセス 真実を述べることとストーリー性があるということは矛盾するようですが、そうではありません。100年間を1年、あるいは1時間で語るのが歴史です。100年の事実のなかで何がポイントで、どういう流れなのか、事実を選択して筋道をつけること。すなわちストーリー性を持たせる作業を行わない限り、歴史は成り立ちません。 多くの社史に共通する傾向は、文章が受身形で書かれていることです。これを謙譲の反映と見ることもできるが、本来のストーリーではありません。うちはこうやったんだということを主体的に書くのがストーリーの基本なのです。だから、社史は能動態で書かれるべきであり、自分たちが経営環境にどのように働きかけたかを書くことが大事です。経営環境に対してどう変えたのか、変えようとした結果がどうだったのかを書くことがストーリーを生み出す上でのポイントになるのです。 また、結果だけではなくプロセスを書くことも重要です。結果だけなら財務諸表を見ればいいことで、なぜそういう財務諸表が生まれたのか、そのためにその企業の事業部門が直面した問題は何だったのか、それに対して、関係者・プレーヤーがどう考え、コンテクストの中でどういう困難に直面して、最終的にどういう帰結をもたらしたのかを書くのです。そして、ここでがんばったから今日のわが社があるのだとか、ここで勝負に出たからよかったとか、逆に、ここでこういう失敗をしてしまったので結局何十年も回り道をしなければならなかった、というような伝承を生み出すことが必要です。正確な記録に基づいて正しい伝承を作り出すことも、社史の重要な役割なのです。 (3)使いやすさ・・・「使いやすさ」とは 使いやすさに近い言葉で見やすさ、つまりビジュアルに訴えるということがあります。ビジュアルが悪いよりはいいほうがいいとは思いますが、本質ではない。社史はあくまで中身で決まるのであって、問題は使えるか使えないかです。ビジュアル環境は非常に激しく変化するので、1980年代にビジュアル面で最先端を走っていた社史が、1990年代にも引き続き最先端を走っているということはありえません。 一番大事なことは使いやすくすることであり、それはどういうことかと言うと、使ってもらうためには、使う気にさせなければいけないということです。そのためには、きっちりした構成で、ストーリーもわかりやすいことがポイントになります。もちろん、執筆者の筆力という点も重要です。 社史は知識の宝庫であるという点から考えても、その検索機能の持つ意味は非常に重要です。索引がついているかいないかは決定的で、索引の作り方、あるいはそれがデジタル化されていて検索ができるかどうか、こういうことが良い社史を考えるときの本質的な要素になるのではないかと思います。 (4)社史の要件を担保する仕組み いままでお話した三点の要件を担保するものは何かについて、次に話します。ただし、以下で述べる事柄の前提条件として、トップの決断と全社的なバックアップが必要であることは、言うまでもありません。 ●社史編纂室のリーダーシップ 現場レベルで重要だと思うのは、何といっても社史編纂室のリーダーシップです。社史を作った編纂室の人たちから次世代の会社のリーダーが生まれてくる、そういう時代になっていかなければならないし、なりつつあるのではないでしょうか。当然、社史のあとがき、編集後記の部分には編纂室の担当者が実名で載る必要があります。 ●執筆面での外部専門家の活用 会社のアカウンタビリティーとして、あるいはストーリー性を持たせるため、社内で分担執筆し、しかも事業部ごとに書いてモザイク的に作るという場合、とにかく枚数を埋めるということを優先してしまうケースがあります。そのようにならないためには、やはり外部の執筆者が積極的に活用されるべきでしょう。ただし、自分は書けると思っている学者は何百人といると思いますが、自分の好きなテーマで論文を書くより、社史を書くほうがある意味ではるかに大変な作業です。そういう立場に立てる執筆者を選ぶこと、片手間専門家を排除することが重要になります。また、学者には賞味期限があり、現在旬である学者が5年後にもそうである確率は低く、逆に、いまパッとしない人が5年後に旬になる可能性も十分あります。 ●編集・制作面での外部専門家の活用 編集・制作面でも外部専門家の活用が決定的に重要です。これは前出の要件の「真実」、データを集めるということと、「使いやすさ」に関わることです。ただし、当然外部にも責任が生じるわけなので、社史編纂室の担当者の名前とともに編集・制作で委託された人の名前も実名で載るべきだと考えます。 ●編纂室・執筆者・編集者の真摯な意見交換 いい社史を作る上での最大のポイントは、編纂室の担当者、執筆者、編集者のいいところをうまく使い分けることではないかと思います。そのためにはこの三者が真摯な意見交換をすることが大切です。社史についても、人と人との関係のメカニズムで作り上げていくのだということが大事だと思います。 <社史の活用とデジタル・アーカイブズの登場> 目次へ (1)デジタル化に伴う四つのステージ いま、社史および企業史料のデジタル化が急激に進んでいます。その動きは、以下の四つのステージに分類できます。 (A)社史のデジタル化 (B)企業史料のデジタル化 (C)社史デジタル・アーカイブズの構築 (D)企業史料デジタル・アーカイブズの構築 社史を発行するにあたり、かなりの会社が社史のデジタル化を進めています。そして、社史とあわせて企業史料をデジタル化して入力し管理する動きがあります。(A)と(B)については一社レベルの話ですが、(C)と(D)は一つの企業を超えた大きな流れです。さまざまな会社のデジタル化された情報が四つの流れとして、あたかも図書館や博物館のようにデジタル・アーカイブズに集積され、蓄積が進んでいます。 (2)社史・企業史料のデジタル化 社史や企業史料のデジタル化を一社レベルで見た場合、どういうことが起きるのか。デジタル化の利点などについて述べたいと思います。 ●利用層の拡大=情報開示の進展 デジタル化によって、社史の利用層が飛躍的に拡大します。これまでの社史は、電車の中で読もうと思っても自分や周りの人がけがをするかもしれないというくらい大型のものがほとんどです。デジタル化することによる最大のメリットは重さと大きさからの解放です。つまり読みやすくなる、使いやすくなるということです。 ●検索機能の躍進 キーワードによる検索、時代による検索などがしやすくなります。ただし、これは検索方式をきちんと作りこまないといけないという新たな問題を呼びます。ちょっとした表現の違い、たとえば電力会社で言うと、「電気料金」と「電力料金」、「電力業」と「電気事業」という言葉があります。これを間違うと大問題に発展してしまうので注意が必要です。 また、検索を作る場合、ロジカル、体系性が求められます。使いやすくするためには一種の論理がないといけない。これは社史と企業史料のデジタル化に関して、これから関係業界、発行している企業あるいは学者が協力して解決していかなければいけない問題です。そういうノウハウの蓄積が求められているのではないでしょうか。 ●史料管理の系統化 デジタル化で史料管理の系統化、体系化が進むのではないでしょうか。つまり、社史の編纂に伴って集めたデータを一緒にデジタル化していくと、当然そのデータの整理の仕方も、社史に描かれたストーリーに沿ったものになる。また、多くのデータをきちんと反映させなければいけないという点で、企業史料と社史が有機的につながっていくことが期待できます。 (3)社史と企業史料とを駆使した「戦略的キャッチボール」 デジタル化によって、「戦略的キャッチボール」が可能になります。キャッチボールは、正しい投げ方で相手の胸に向かってきっちり投げることが重要ですが、そういうキャッチボールを行うためには何度も史料を見て社史を見て、社史を見て史料を見てという反復作業を繰り返さなければいけません。デジタル化は「戦略的キャッチボール」を可能にし、社史とバックデータを使いながらいろいろな新しいアイディアを得ることができるようになります。 会社が財務目標を失ったときに先達たちはどのように乗り越えたのか、あるいは、新しい分野に進出したとき、組織改革を行ったとき、海外に出て行ったときどういうことが問題になったのか。それを知るために歴史から現在に照射することも可能でしょうし、逆に、現在こういう問題に困っているが過去に同じような問題はあったんだろうかと問いかけることもできます。そういう「キャッチボール」を可能にするのも、デジタル化の大きな利点ではないかと考えます。 <デジタル・アーカイブズの意義> 目次へ (1)利用層のいっそうの拡大=情報開示のいっそうの進展 アーカイブズとして社史が開示され、多数の会社の社史や企業史料として集積された場合どういうことが起きるのでしょうか。 一つは社内で起きたことが大規模に起きる、利用層が拡大していくということです。たとえば、うちは社史を作った。デジタル化してCD−ROMも作り、会社のホームページにも載せてあるから万全、とはならないのです。デジタル・アーカイブズがさらに進んで、アーカイブの場に行けば同じ産業のA社とB社とC社の情報が同時に見られるとなったらどうでしょう。使う側からすると、ホームページではA、B、Cと3回行かなくてはならなかったのが、1回で済むのです。 実際、いまのインターネットでは、一番使い勝手がいいサイトに接続が集中しています。デジタル・アーカイブズが進化すると、みんながそこに集まってくる。すると、利用層の拡大、情報開示のいっそうの拡大、検索機能のいっそうの躍進、史料管理のいっそうの系統化、戦略的活用の面的拡大が起こります。つまり、過去の知識を現在に活かそうというとき、自分の会社の情報だけでなく、同業他社の情報も手間をかけずに同時に取りだすことも考えられます。また、たとえば事業部制を導入しようという場合、あるいは海外の市場に出て行こうという場合に、ある会社はこうしたという教訓を自分の会社に活かせるという、戦略的活用が拡大していくのです。 (2)比較の効能 どんなによい社史にも書かれていないことがあります。公害問題は書かれている、労働問題を書いた社史もある。そういう社史を含めて書かれていないのは、同業他社との比較です。同業他社に対してどのように競争優位をつくりこんでいったのか、これは一種の企業秘密という側面もあり、ある意味で社史の限界でもあります。1冊の社史を読めば企業経営のことがすべてわかるかといったらそうではない。多分、本当に経営というものや産業というものを理解するためには、複数の会社の社史を読み込んで、その社史に書かれている企業文化なりコンテクストなりを比較することが必要だと思います。 また、企業にはいまブランド力が問われています。日本企業は国際的に見て、製造業は機能的には評価が高いにもかかわらず、情緒的な意味での評価、つまりブランド力という点での評価はあまり高くないのです。ブランドの本質はいったい何かと言うと、その会社が選ばれるということです。 社史の世界でも今後、アーカイブズに集積された情報の中から会社が選ばれるようになり、投資家、顧客、就職希望者などが会社の歴史を比較した上で選考するようになるでしょう。こういう状況が進むことに社会的な意味があると考えています。 (3)社史自体の量的・質的充実 社史のデジタル・アーカイブズは、モニタリングが働く一種の市場と捉えることができますから、この市場に登場しないような会社、つまり社史を発行しない会社は、自信がないものと見られてしまうでしょう。 社史は、使われることによって品質が向上し、当然、フィードバックの関係が生じてきます。つまり、デジタル・アーカイブズが普及することによって、社史はコーポレ−ト・コミュニケーションの必須アイテムになるのです。そして、デジタル・アーカイブズの市場化がさらに進んでいくことになるでしょう。 <おわりに:武器としての社史> 目次へ 最後に、いままで述べて来たことをまとめて挙げたいと思います。 (1)社史は会社の「顔」である。 (2)社史は企業文化を映す「鏡」であり、企業文化がなければ良い社史は書けない。 (3)社史に埋め込まれたさまざまな知識が相互作用を起こす「源」となって、イノベーションが生まれる。 (4)社史は企業改革への筋道を照らす「灯」である(企業改革を行うためにはシークエンス、筋道が重要になる。その事例を書き込んだ社史は企業改革への筋道を照らす「灯」となる)。 (5)社史はコーポレ−ト・コミュニケーションの「要」の位置に存在する。 今後、同一産業の中での勝ち組と負け組を分ける大きなポイントとなるのは、その企業の流れに沿った改革をどのように、きちんとした手順で実行するか否かということです。その改革を実行するプロセスでは、情報の宝庫である社史が有効な「武器」となることは、間違いありません。 (2004年2月23日) |
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橘川 武郎(きっかわ たけお) 東京大学社会科学研究所教授 |
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