秀英体のコネタ

2006年10月31日

 

第19回 東京国際ブックフェア2006で何が起こったか(2)

 

前回のコネタに引き続き、東京国際ブックフェア2006のDNPブースのもようをご報告いたします。

ゲラ刷りとは?

彫師の中川原さんの手によって新刻された9ポイント明朝の「銀」という活字。
それが、隣の実演ブースのもうひとりの職人に渡されます。ふたつめの実演は「ゲラ刷り」、実演は鳥海松雄さんです。

鳥海さん
鳥海さんが中川原さんの彫った新刻活字に差し替えます。

「ゲラ刷り」とは、ゲラを刷る作業のこと。さて、ゲラとは?

これは、校正紙をさす印刷用語です。刷り上った紙面の内容やレイアウトが指定どおりかどうか、また誤りはないか、といった校正作業のために、印刷会社から出版社へ確認用に印刷したものをお渡しします。それが校正紙です。

印刷現場ではいくつもの出版物が平行して進行しています。したがって、組みあがったものからばんばんゲラ刷りを行う必要があります。

校正作業はおおむね一度では終わりません。初校、再校、三校……。辞書のように長い時間をかけて編集する出版物や、教科書のように検定結果で内容が幾度と変わるものは、何度も何度もゲラ刷りが必要になります。

使用するのは通常の印刷機よりもぐっと小さなサイズの印刷機です。

ゲラ刷り機
これがゲラ刷り機。校正機とも。

ゲラ刷りというのはあくまで印刷前の作業。ですので、ゲラ刷り機も現場では日夜忙しく稼動していましたが、まさかこんな展示会でスポットライトを浴びるとは……。
ゲラ刷り機には4つのローラーがついています。この4本がインキを練り、均一にまわるようにします。

まずは、組みあがった版をゲラ刷り機にセットします。

ゲラ刷り機の手前側には、上下するトレイのような部分があります。そこに、版を載せたゲラ箱を置き、足元のスイッチでトレイの高さを調節し、ゲラ箱からスムーズに版をゲラ刷り機に移動させます。

ゲラ刷り機に版を置く
版は滑らせるように移します

ゲラ箱から版を出すときには、ゲラ刷り機の版を置く面よりもゲラ箱の面がほんの少し高い位置にくるようにスイッチを調節します。版を滑らせたとき、ゲラ刷り機の面のほうが高くては、引っかかって版が崩れてしまうおそれがあるからです。逆に、ゲラ刷り機からゲラ箱に版を戻すときは、ゲラ箱の面がわずかに低くなるように。もちろん段差はごく小さいものです。何気なくする作業ひとつひとつに精度が求められます。

奥側に紙をセットします。ローラーの上側には、紙をつかむ爪があり、爪の下側には紙を巻き取るシリンダーがあります。

用紙をセット
用紙をセット

印刷スタート!

版は動かず、ローラーとシリンダーがごろんと回転。まずインキローラーが版の上を通りインキをつけます。そしてシリンダーに巻き取られた紙が版に圧着し、文字が刷られます。

反対側まで転がると、シリンダーから用紙が離れ、校正刷りが吐き出されます。

ローラー回転
回転!

スイッチを押すだけと思われますが、シンプルな機械なだけに、扱うにはやはり技術が必要。

紙のセットはシリンダーに対して平行にしないと、うまく巻き取られずぐしゃぐしゃになり、最悪は版を壊してしまうこともあります。また、そのとき版でなくインキローラーに不要に接触すれば、汚れの原因になります。

版を縛るたこ糸が弱ければ活字が倒れて使い物なりませんし、インキも時間が経てば濃度が変わってくるのでマメな確認が必要です。
そして何より版の重さ。文庫サイズ見開きという小さなサイズでも、中身はびっしりと鉛です。非常に重く、女性だと持ち上げられない場合すら。これを4ページ分など、職人は平気で運びます。

植字台

ゲラ刷り機のかたわらにも目を惹くものが並んでいます。これは植字台。版を作り上げる「植字」作業のための机です。

前に立てかけられた活字ケースは、ルビ・数字・句読点などの約物・よく使うアルファベットが、小さなケースに分類され、並べられています。一方机の上は、文字と文字の空間を調節する「クワタ」がサイズや厚みごとに分かれて収まっています。

ゲラ刷り機と植字台
ゲラ刷り機の隣には植字台

搬入前、まずは植字台を使って、実演で使用する組版を準備しました。筑摩書房「新修 宮沢賢治全集」第12巻に収録されている『銀河鉄道の夜』の冒頭のページを使用させて頂きました。

原稿どおりに文選します。今回は2ページ分ですので、文字数はそれほど多くありません。

植字作業で使う「インテル」は、1ポイントからいろいろな厚みのインテルが用意されているので、行間の幅と行の長さにあわせ、必要な量だけ長いインテルをインテルカッターと呼ばれる専用の器械で切断して作ります。

台
インテル準備

続いて植字。レイアウトどおりに文字をならべ、行間・字間・マージンなど余白を埋めていきます。

ステッキを左手に持ちます。文選箱から拾った文字を順にステッキに移し、行間を挟みます。

台
ステッキで一行ずつ

ある程度の量になったら、植字台に固定された組ゲラに移し、ページを形作っていきます。写真はちょうどステッキから組みゲラへ移しているところ。活字はうっかりするとバラバラ崩れてしまいます。手でしっかりと押さえながら移します。

台
組みゲラに移す作業は集中!

組みあがったゲラは、冷たい鉛の色もあいまって、整然とした美しさがあります。

台
組みあがり

最後に周囲をたこ糸できっちりと押さえます。

紐で縛るだけで大丈夫? と思われるかもしれませんが、最終的に活字は解版してしまうため、たこ糸で止めておくだけのほうが作業の効率がいいのです。とはいえ、緩まないようにしっかりと結びます。

台
ゆるまないようにしっかりと

直彫りに引き続き、ゲラ刷りにもたくさんのお客様にお集まり頂きました!

細かい手仕事の実演でしたが、たくさんのお客様にお集まり頂きました。見づらかった方は申し訳ありません。

ご来場のお客様
ご来場のお客様

ゲラ刷り機について、活版について……。鳥海さんにも、実演終了後はいろいろな方からの質問が相次ぎました。

鳥海さんへ質問
鳥海さんへ質問

お客様にも、実際に刷ったゲラをご覧頂きました。手にとると、つい刷りたての版面をじっと見つめてしまいます。

刷りたてほやほや
刷りたてほやほや

実演のない時間帯には、文選〜ゲラ刷りまでの活版印刷前工程をまとめた映像(もちろん中川原さん・鳥海さんも登場!)を大型ディスプレイで上映していました。これが意外に人気で、全部で30分ほどの長さがあるにも関わらず、最初から最後までご覧になるお客様もいらっしゃいました。

人気の映像
隠れた人気コンテンツだった映像

職人の細かく複雑な作業について、わかりやすい説明をして下さったのはMCの平山みゆきさん。昨年の上製本実演に引き続きご協力いただきました。

職人たちや他の説明員・飛び入り解説ゲストとの息もピッタリ。会期前日には、中川原さん・鳥海さんに長い間作業について取材をして下さいました。

MCの平山みゆきさん
MCの平山みゆきさん

今年のDNPブースも、大勢のお客様にご覧いただくことができました。誠にありがとうございます。

年配の出版関係者の方はなつかしそうに、お若いお客様は始めてみる活字の道具や実演に、食い入るようにご覧になっていた姿が印象的でした。

職人おふたりとも、スポットライトを浴びてお客様の前で作業することなど初めての経験で、最初は緊張していました。しかし、4日間の会期中、作業についてご説明差し上げたり、質問にお答えしたりしているうち、お客様の熱心な姿勢から逆にパワーをもらったとのこと。
DNPの金属活版印刷は終了していますが、中川原さんや鳥海さんをはじめとしたたくさんの職人たちの手によって時代を超え、秀英体は現在も開発を続けています。変わっていく技術や需要に応えながら、秀英体をどのように今と次の世代に繋げていくか、という命題に、あらためて身が引き締まりました。

ブックフェアでご紹介した以外の、DNP市谷工場に残る活版印刷の設備や道具については、「探検!市谷工場活版工程」をご覧下さい。

(2006.10.31 佐々木)