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戦後のA1書体の原図

戦後まもない昭和23年(1948)11月の国産母型彫刻機導入に伴い、新書体開発が計画されました。社内では「A1書体(エーワン書体)」と呼ばれ、現在の秀英デジタルタイプファミリーに受け継がれた書体です。
A1書体の本格的な開発は昭和25年に入ってからですが、その前に仮名書体の検討が行なわれ、13ポイント明朝をベースにすることが決定されました。この13ポイント明朝とは、号数制からポイント制に活字サイズの単位が変わった際に移植された、かつての四号明朝であることがわかりました。
幾度の改刻を経て、原図はホワイトのあとが残っています。「に」は修正頻度が高かったのか、墨入れした原図を印画紙にプリントした上にさらに修正を加えています。「に」の右下に昭和42年10月28日と日付がありますが、これは昭和36年ごろから行なわれてきたA1書体の原図修正作業による修正日であることがわかります。この後、A1書体は縦画を細める大改刻を実施し、昭和46年には電算写植機への搭載準備が開始されます。

大日本印刷 所蔵

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