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有形・無形文化遺産の“保存と継承”
高精細映像アーカイブ

世界文化遺産「古都京都の文化財」に登録された社寺や城、華道や和歌などの芸道、京商家の暮らしの知恵など、長い歴史の営みの中で受け継がれてきた貴重な文化遺産の魅力を高精細な映像で紹介します。

世界遺産「古都京都の文化財」-醍醐寺(真言宗醍醐派総本山醍醐寺)ー

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874年(貞観16)、聖宝理源大師が上醍醐の山上で地主神・横尾明神の導きによって醍醐水の霊泉を得て、その周囲に堂宇を建立し、准胝観音像と如意輪観音像を安置したのが醍醐寺の始まりといわれます。天皇家より篤い信仰がよせられ、醍醐天皇の御願による薬師堂、五大堂が落成するに至って上醍醐の伽藍が完成。続いて下醍醐の地に伽藍の建立が計画され、951年(天暦5)五重塔が落成し、下伽藍が完成します。
応仁・文明の乱の余波により、下伽藍の堂宇はことごとく灰燼に帰しましたが、五重塔だけは難を逃れ、建立当時の姿を今に留めています。豊臣秀吉によって伽藍、三宝院の復興がなされると共に、善美を尽くした「醍醐の花見」が催され、今日も桜の名所として知られています。
上醍醐、下醍醐、三宝院、長い歴史を刻む諸堂と四季を織り成す自然の景観を高精細映像で紹介します。

世界遺産「古都京都の文化財」ー龍安寺(臨済宗妙心寺派大雲山龍安寺)ー

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1450年(宝徳2)に室町幕府管領、細川勝元によってに創建。応仁の乱(1467-1477)によって焼失しますが、勝元の子の細川政元らによって、1499年(明応8)に再興。江戸時代には23か寺の塔頭を有する大寺院でありましたが、1797年(寛政9)の火災で主要伽藍が焼失し、塔頭の西源院の方丈を移築して龍安寺の方丈(本堂・重要文化財)とし、現在にいたっています。
寺の南側にある広大な回遊式の鏡容池。衣笠山を借景に、四季折々の風情が楽しめます(国の名勝)。方丈庭園(史跡・特別名勝)では幅25m、奥行10mほどの空間に白砂を敷き詰め、東から5個、2個、3個、2個、3個の合わせて15の大小の石を置き、どの位置から眺めても必ずどこかの1つの石が見えないように配置されています。茶室蔵六庵の露地にある蹲踞は徳川光圀の寄進によるものと伝えられ、「知足の蹲踞」として知られています。
四季とりどりの方丈庭園の移りゆく情景を高精細映像で紹介します。

京商家杉本家の慣らいと暮らし「未来(あす)への歩み」

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江戸時代中期に呉服商「奈良屋」を創業。関東での行商と出店により繁栄を築き、昭和59年に経営権を譲渡し、商いの幕を閉じます。別家、分家を含めて一族の栄達と責務をもとに代々の当主によって書き続けられた「歳中覚」には、商人として生きる術、商家を維持していくための知恵や工夫、真宗門徒としてのゆるぎない精神性、つつましやかの中にハレの日ならではのぜいたくな趣向と行事が綴られています。
ほのかに、埋み火のように、たやすことなく受け渡してきた伝統。そこに育まれた知恵や感性、暮らしの豊かさを人として実りのある営みとして次代へ伝えようとする思い。受け継がれてきたハレの行事をベースに、四季の彩りと移ろいとともにある「日常の暮らしの豊かさ」を高精細映像で紹介します。

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