相国寺塔頭大光明寺 様

相国寺塔頭大光明寺 掛軸一幅

京都・賀茂川の清流にかかる出町橋のたもとにある妙音弁財天の年2回(4月の春季大祭・11月のお火焚祭)の祭事に妙音堂に掛けられることで有名。相国寺塔頭大光明寺の秘宝である「妙音弁財天画像」を「伝匠美」で再現しました。絹本上の精緻な金泥を忠実に再現しております。 また、経年にともなう虫食いや破損部分は痕跡を残しつつ目立たないようにデジタル画像処理によるバーチャル補修を行っております。

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原本

伝匠美

妙音弁財天の由緒

妙音弁財天 出町妙音堂の本尊は青龍妙音弁財天画像で西園寺公衡(きんひら)(1264~1315)の長女西園寺寧子(やすこ)大光明院殿・広儀門院が、第93代後伏見、天皇の女后に輿入れされた折に、西園寺家第二伝の念仏ぼとけとして持参されて以来、伏見離宮に祀られ、光巌、光明、崇光天皇と伝承されてきた霊像であります。その後享保年間、伏見宮家第十四代貞建(さだたけ)親王に至って伏見邸が河原町今出川下がる出町北鴨口に移転され、同時に本尊も奉遷されたのでありますが、更に明治初年東京へ遷座の後、京洛の旧信徒再三の請願に依って、再び現在の地に堂宇を建て奉安せられました。世に伏見御所の弁財天と称され京都七福神の一つとして特に技芸上達、福徳円満の勝益をもたらすものであります。

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妙音弁財天

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出町妙音堂

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