大徳寺塔頭聚光院 様

国宝襖絵 大徳寺塔頭聚光院方丈 襖絵 24面

安土桃山時代を代表する狩野松栄(1519-92)・永徳(1543-90)父子が描いた国宝襖絵を「伝匠美」で再現しました。祖父・元信と父・松栄の美点を一身に集め、豪放でいながら繊細なものも合わせた狩野永徳の絵画空間を忠実に再現しております。 原本には金泥加工が施されていますが、印刷再現性が高評価され、伝統工芸師による金泥加工はしていません。また、経年にともなう虫食いや破損部分は監修者の指導の下、バーチャル補修にて認識できる程度に目立たなくしております。

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原本

伝匠美

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室中之間 狩野永徳筆 「花鳥図」

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仏間 狩野松栄筆 「蓮池藻魚図」

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書院之間 雲谷派筆 「山水図」

大徳寺塔頭聚光院とは

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室町幕府12代将軍・足利義晴に仕えた三好長慶(みよしながよし)の養子・義継が永禄9年(1566年)に養父の菩提を弔うために笑嶺宗訢(しょうれいそうきん)を開山として建立した。千利休が開祖・笑嶺和尚に参禅したことから千利休の墓をはじめ、三千家の菩提寺で三千家(表千家・裏千家・武者小路千家)歴代の墓所となっている。

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