「感動体験」を生むDNP流マーケティング

大日本印刷(DNP)による、顧客に寄り添ったデジタルマーケティング事業。 デジタルマーケティングの旗手であるオイシックス・ラ・大地の奥谷氏との対談からその魅力に迫ります。

今やリアルとネットの行き来は前提

天本:かつてはアプリ『MUJI Passport』の開発を牽引するなど良品計画で活躍され、現在はオイシックス・ラ・大地でマーケティング、店舗外販部門を統括する奥谷さんの著書『世界最先端のマーケティング』を、たいへん興味深く読みました。

奥谷:ありがとうございます。あの本で最も伝えたかったのは、マーケティングをする側は顧客を知らなければならないということです。すでに生活者はネットでもリアルでも商品選びや買い物をしていますから、どちらかだけというのではなく、互いの領域間の行き来を、しっかりと捉える必要があります。

天本:DNPは長くリアルのマーケティング事業を手がけてきました。これはデジタルマーケティングを展開する上でも大きな強みになっていると自負しています。リアルの強みをデジタルの文脈でも生かすことで、これまでにない問題解決のお手伝いができるのではないかと考えて、コンセプトには「Emotional Experience!」を掲げています。このコンセプトのもと、さきほど奥谷さんがおっしゃった、ネットで商品選びをしてリアルで買う、あるいは、リアルで商品を確かめてネットで決済するなど、ネットとリアルをさまざまに行き来する生活者の行動に沿った施策を提案、提供できればと考えています。

奥谷:「Emotional Experience!」というのは、非常に正しい方向性だと思います。今、ネット企業がオフラインの場、五感を刺激する場を設け始めています。DNPはもともと、紙に代表される、人が手で触れるハードウエアに強い企業ですから、それは大きな強みです。

天本:紙、そして印刷のビジネスはこれまで、大量生産が基本でした。何カ月後に何万部印刷するのか、その計画をもとにビジネスを進めてきたのです。しかし、これだけスピード感が増した世の中になった以上、この仕組みは変えなくてはなりません。「今、この情報がほしい」というニーズに応えられるよう、製造設備から変えていく必要があるのです。内容についても同様です。印刷する内容をパーソナライズし、小回りのきく体制に設計しなおす必要があります。

そうした考えのもとで完成したのが、通販大手のディノス・セシール様のパーソナライズド・カタログです。顧客が購入されたファッションアイテムを起点に、顧客一人ひとりに応じたコーディネートを提案するカタログを送ることが可能になりました。「購入」という顧客のアクションをトリガーとするので、顧客がほしいタイミングでほしい情報を紙で届けられます。このことは顧客にとっても、企業にとってもWin-Winの施策となりました。大量印刷時に比べればコストは多少上がりますが、そのコストを超えるバリューを提供できているのではないかと思っています。
ほかにも、通販サイトのカゴ落ちに対して、翌日にクーポン付きDMを送付するといった施策実行のお客様ニーズへの対応も進めています。

奥谷:それは非常に面白い試みですね。カタログ印刷の時間軸ではなく、顧客の時間軸に沿えるようになったことで、ECのみの企業をキャッチアップし、追い越す可能性が出てきました。
ほかにもたとえば、自動車のディーラーのサイトを見ていた人に、2、3日後にDMを届けるという使い方ができますし、今日、明日に必要ではないもの、ゴールが明確でリードタイムが長そうでいて短いものとの相性がいいと思います。やはり、タイミング良く紙が届くというのはエモーショナルな体験です。

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写真右)オイシックス・ラ・大地 執行役員 統合マーケティング部・店舗外販事業部管掌 店舗外販事業部 部長 Chief Omni-Channel Officer 奥谷 孝司 氏(以下奥谷)
写真左)大日本印刷 情報イノベーション事業部 C&Iセンター デジタルマーケティング本部 本部長 天本 直也 氏(以下天本)

大切なのは受け止めた側がどう感じ、どう動くか

天本:おっしゃるとおりで、近ごろはメールより紙の方が喜ばれていると実感しています。若い世代も、DMが届くというのは嬉しいそうです。

奥谷:我が子の進学先を検討している親の立場に立てば、DMを送ってくる塾や学校には好印象を抱くと思います。メールは届いてもすぐに忘れてしまいますが、DMなら目につきますし、そこにQRコードが印刷されていたら、詳しいことはネットで見てみようと思いたち、行動に移すでしょう。

さらに、紙にはサイレントビューアーがいることも無視できません。親は、子供宛のメールの内容を知る方法がありませんが、DMなら、どんな案内が来ているのか一目で知ることができます。

天本:DNPでは、Tealium社のリアルタイムデータ統合ソリューションの導入・活用の支援も行っているのですが、あるお客様では、これによって、Webサイト上で商品ページをご覧になった顧客に、最適なタイミングでコールセンターから電話を差し上げることが可能になりました。

どのような施策を取る場合でも、生活者がどう感じられるかが最優先だと思っています。もう一つ重要だと感じているのは、生活者とのコミュニケーションはカスタマージャーニーを強く意識して慎重に進めるべきだということです。奥谷さんもご著書で指摘されていましたね。

奥谷:デジタルマーケティングは、ともすると“作業”になってしまう危険性を持っています。たとえばアフィリエイトやリターゲティング広告を作業的に熱心に行った結果、意図しないサイトに広告が掲載され、ブランドを毀損してしまうこともあります。一度調べた商品やサービスに関するネット広告にいつまでも追いかけられるという経験は誰もがしていると思いますが、そうした時代だからこそ慎重になるべきで、それはDMが家に届く、店舗で体験するといったリアルとの融合においても同様です。

天本:よく、デジタルマーケティングは無機質だと言われますが、うまくリアルと組み合わせることで、顧客の体験価値を上げるような使い方もできるはずだと思っています。先程、パーソナライズド・カタログのお話をさせていただきましたが、デジタルの情報から顧客それぞれにカスタマイズしたDMやカタログをお届けするというのは特別な体験となる施策だと思います。そんな温かみのあるマーケティングをご提供できればと考えています。

奥谷:そうですね。たとえば、スターバックス コーヒーのアメリカの店舗では、スマートフォンのアプリで事前にオーダーしておけば、あまり待たずにコーヒーを受け取ることができます。当然、間違いも減ります。しかし、アプリを使いたくなる理由はそれだけではなく、名前で呼んでもらえるからでもあります。事前オーダーなので、スタッフに私の名前が伝わっているのです。そういう特別な体験は、顧客としては嬉しいですし、温かみを感じます。

運用を強みとした中長期的なマーケティング支援を目指す

奥谷:他方で、事業会社の多くは、事業のことはわかってもデジタルなど技術のことはわかりません。ですから、パートナー企業と共にデジタルマーケティングを進めることになると思いますが、私は、いくら技術に強くても、ツール納品型の企業と組むことはおすすめできません。ツールだけ持ち込まれても、多くの事業会社はそれを使いこなせないからです。重要なのはツールそのものではなく、そのツールを用い、データを見て一緒に考えてくれる、仮説の‟100本ノック”から運用までをサポートしてくれる、パートナーです。

天本:そこがDNPのデジタルマーケティングの差異化要素だと考えています。デジタルマーケティングに必要な要素は、データ、ツール、運用、および施策のアウトプットですが、当社の強みは特に運用をしっかりとサポートできる点です。

『DNP MA運用支援サービス』はまさにそのためのものです。効果を測定したいというお客様のためには『エモーショナル カスタマージャーニーマップ(エモーショナルCJM)』などをご用意し、運用に当たっています。

こうした運用を通じて目指すのは、「スピーディな応対」と「ていねいで温かみのある応対」の両立、そして中長期的なマーケティングの支援です。特にデジタルマーケティングには短期的指標が多く、その達成だけに突き進みがちになりますが、するとクーポンを連発するなどといった安易な施策に走りがちです。

奥谷:ブランディングの面でも、中長期的な視点を持つことは必要ですね。デジタルマーケティングが最終的に目指すべきところは、顧客に優れた体験をし続けてもらえる、優れた場作りです。その場を構築するために、アプリのようなオンラインや、店舗のようなオフラインでの接点を設けるという流れです。ただ、接点はいくつもあるので、1つの企業がすべてを持つ必要はありません。マーケティングポートフォリオは企業ごとに違うのです。ただ、そこにデジタル、オンラインのものがまったくないということはないでしょう。なぜなら、今やネットもモバイルも使わないという生活者はいないからです。

天本:優れた場での優れた体験とは、「Emotional Experience!」そのものだと解釈できます。

奥谷:そうですね。ただ、特に店舗のようなリアルの優れた場は、構築して「すごい」と満足し、それで終わってしまうことも少なくありません。場はリアルに限らずネットにも広げることでデータを容易に得られるようになりますし、そのデータを活用することで、優れた場作りの精度を上げられるでしょう。

天本:当社はまず、リアル店舗を中心としたオフライン企業の皆様に、デジタルマーケティングのプラットフォームを提供し、データに基づいて、優れた体験のできる優れた場の構築を支援していきます。その一方で、奥谷さんとお話をする中で、オンライン企業の皆様を対象に、オフラインで生活者とつながるお手伝いもできるのではないかという意欲が湧いてきました。

奥谷:私も天本さんとの今日のお話から、大きなヒントをいただきました。研究テーマとし、論文を書きたいと思ったくらいです。

天本:それはぜひ書いていただき、読ませていただきたいですね。本日はありがとうございました。

日経BP社の許可により2018年9月に「日経クロストレンド」に掲載された内容を抜粋したものです。無断転載禁止 ©日経BP社

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オイシックス・ラ・大地 執行役員 統合マーケティング部・店舗外販事業部管掌 店舗外販事業部 部長 Chief Omni-Channel Officer
1997年良品計画入社。2005年衣服雑貨部の衣料雑貨のカテゴリーマネージャー。現在定番商品の「足なり直角靴下」を開発、ヒット商品に。10年WEB事業部長。「MUJI passport」のプロデュースで14年日本アドバタイザーズ協会Web広告研究会の第2回WebグランプリのWeb人部門でWeb人大賞を受賞。15年10月よりオイシックス入社。統合マーケティング室 室長Chief Omni-Channel Officerに就任。現在執行役員 統合マーケティング部・店舗外販事業部管掌 店舗外販事業部 部長 Chief Omni-Channel Officer。17年4月一橋大学大学院 博士後期課程に入学。17年10月株式会社Engagement Commerce Lab.を設立。18年9月株式会社大広との共同出資会社株式会社顧客時間共同取締役CEOに。

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大日本印刷 情報イノベーション事業部 C&Iセンター デジタルマーケティング本部 本部長
1990年自動車メーカーに入社し、国内マーケティングに携わる。97~2000年、インターネットで自分の仕様を作ってオーダーするBTO(Build to Order)システムのプロジェクトに参画し、サービスをリリース。01年DNPに入社 。06年コンサルティング部門を創設。17年デジタルマーケティング本部を立ち上げる。

※2018年9月時点の情報です。

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