2019/9/20
物理セキュリティ新時代 (2) 生体認証技術の進化
世界トップレベルの生体認証
DNPは、企業がオフフィスビルや工場などを新築、移転する際などに、オフィスや工場全体のセキュリティ対策の支援も行っています。セキュリティレベルに応じた必要な対策、さまざまな認証方式の入退管理システムや、監視カメラ/監視システムなどのご提案から、ご要望や環境に合わせたソリューションの選定・提供まで行っています。
本コラムでは、半世紀にわたって生体認証の研究開発を続け、世界トップレベルの技術を複数有する日本電気株式会社(以下 NEC)様に、生体認証技術の今後の展開等についてインタビューした内容をご紹介します。
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*役職などは、2019年7月取材当時のものです。
さまざまな生体認証
──NEC様と言えば、高度な生体認証技術をお持ちであることで有名ですが、生体認証に取り組んだきっかけは何ですか。
山田和: 弊社での生体認証技術の研究は1971年までさかのぼります。指紋を使った警察の犯罪捜査への協力で、自動指紋認証システムを開発しました。
──それから約半世紀後の現在までに、指紋以外にもさまざまな生体認証を開発されていますね。
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山田和: 現在取り組んでいるのは、顔、虹彩、指紋・掌紋、指静脈、声、それから、音の反射によって耳穴の形状を調べて識別する耳音響で、これら生体認証の総称ととして、「Bio-IDiom」(バイオイディオム)というブランドを立ち上げています。
6つの方式には、それぞれに得意、不得意がありますので、複数の技術を使うことで補い合いながら、新しい価値を提供していこうというわけで、新たな方式の開発と既存技術の向上に勤しんでいます。
それぞれの方式の開発は、まず特徴を見つけていくという点は共通しているのですが、新しいものを開発するとなると、従来の技術を活かせる場合とそうでない場合があります。認証方式自体の特性も異なります。たとえば、顔は指紋の技術を応用していますが、声は指紋にも顔にもない技術です。耳音響にいたってはまったく独自のもので、ゼロからスタートしました。
顔認証の開発当初から研究に携わっているメンバーに聞いた話ですが、初期の顔認証は、眼鏡をかけている方を識別することが困難だったそうです。眼鏡をかけても同じ精度を出せるように、あらゆる工夫を重ねてやっと眼鏡をかけていても識別できるようになった。と思ったら、今度は眼鏡をかけていない人の精度が下がってしまう。一つ問題を解決すると、新たな問題が生じるといったことを繰り返していたそうです。
新しい方式を確立するためには、地道な試行の積み重ねが伴います。認証に求められるのは、精度の高さですので。
世界トップレベルの技術
──貴社の生体認証技術は世界トップレベルと言われていますが、精度や技術の高さは、どのように証明できるのですか。
山田和: 米国国立標準技術究所(以下 NIST※)が行う生体認証技術に関する精度評価のテストがあるのですが、これに参加しています。
これまでに、指紋認証で1位を8回、顔認証で4回、虹彩でも2018年に1位を獲得しました。こういったテストに参加して結果を残すことで、お客さまに技術の信頼性を示し、技術を磨き続けていることを証明できるのではないかと思っています。
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※NIST: National Institute of Standards and Technology
山田和: NISTのテストでは精度と安定性などが評価されます。1位がどの程度なのかは、2017年の顔認証を例にご説明します。たくさんの人が向かって歩いてくる動画で、環境がよい場合のエラー率が0.8%。言い換えると、ある程度動線を確保できるゲートであれば、99%認識できるレベルです。反対に、混み合っていてカメラを向いていない人がいたりする、あまりよくない環境でのエラー率は14.6%でした。アメリカ、中国、ロシアなど、世界中から16チームが参加するなかで、弊社が最も安定して高い精度を出すことができました。
──顔認証の精度で驚いたのですが、カメラを向いていない人も認証できるのですね。そうすると、マスクで鼻や口などが見えない状態でも認証できるのでしょうか。
山田道: 目の周りの特徴をよりしっかりと捉えたり、もともとあった技術にディープラーニングの技術を組み合わせることで、顔の一部が隠れていたり、多少違う方向を向いていたりしても、高い精度が得られるようになってきました。10年前にはできなかったことです。
ただ、実際の運用でこの精度を出すためには、カメラのセッティングや、現場の環境に合わせた細やかな調整など、専門技術や知識、経験が必要です。生体認証以外の専門技術や実際の経験で培ったノウハウを、世界トップレベルの生体認証技術と合わせてお客さまに提供できることが、弊社の強みだと思っています。
お客さまがより高い精度を求められる場合には、複数の生体認証技術を組み合わせたり、他の方式と組み合わせたり。実際の運用をお聞きすると、無理に生体認証を使う必要がないこともあります。さまざまなシチュエーションに合わせて、適切な技術とサービスを提供することが大切です。
──複数の生体認証を組み合わせて使うのは、どんなケースでしょう。お話いただける例がありますか。
山田和: はい。かなり大規模な例ですが、インドの国民のIDシステムがあります。インドの人口はいまや13億人を超えます。国民一人ひとりに対して、ワクチンを接種したり災害の支援金を払ったり、適切に、公平に公共サービスを提供するために、顔、虹彩、指紋の3つの生体認証を組み合わせました。確実に1人を判断できるようにする必要があるからです。
最終的には、ご本人に正しいIDをお渡しできることが重要ですので、13億人の情報を記録するのは莫大な作業でしたが、インド政府と協力して進めました。弊社でも最大のデータベースです。
生体認証の利点
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──企業が生体認証に求めることは、何でしょうか。
山田和: 生体認証の利点を説明するときに、弊社では、「わたさず、もたず、またず、わすれない」というフレーズを使っています。物理的なカギを使うと他人に持って行かれてしまう、なくしてしまう。パスワードを使うと入力時に後ろから覗き見されてしまう、忘れてしまう、といったリスクがあります。
生体認証を使えば、他人に渡すこともできないし、何かを持つ必要もない。認証は瞬時に行われるので待つ必要がない。パスワードのように忘れる心配もない。とくに意識する必要もなく本人であることを証明して、必要なサービスを受けられる。それが生体認証です。
企業においては、入退管理やPC利用管理で生体認証が広まりました。きちんと本人を確認できて、忘れたら通れない、忘れたら使えないという問題が、日常的に起こらないようにという要望が多く、需要につながったわけです。
──ここ数年、入退管理や端末利用管理でも顔認証が注目を集めていますね。
山田道: 2010年頃から、ディープラーニングやAIというキーワードが一般社会に出てくるようになったと思うのですが、顔認証の精度は、ディープラーニングやAIの技術によって急激に向上していきました。
弊社が顔認証の研究を始めたのは1989年で、2000年代後半からNeoFace(ネオフェイス)というシリーズ名で顔認証システムを製品展開していますが、この名前がついたのは2002年です。顔認証は精度が上がれば、利便性の高い認証ツールとして活用範囲が拡がりますので、2010年代半ばから徐々に、弊社も一般企業向けに顔認証式の入退管理システムなどをご提案するようになりました。
ここ数年の間に、一般の生活の中で顔認証が使われる機会は増えています。たとえば、成田空港では、2020年春から運用がスタートする新しい搭乗システム「OneID」により、搭乗・荷物預け・出国まで顔認証だけで通れるようになります。また、あるテーマパークでは、年間パスポートを持っているお客さまは顔認証で入場できるようになっています。
技術や製品が追い付いたということもありますが、顔認証が注目されるようになったターニングポイントは、スマートフォンに搭載されたことが大きいと思います。顔認証が身近な存在になったのではないでしょうか。
安心から便利へ
──カードやパスワードは盗まれても再発行・再設定すれば済みますが、生体認証はデータが盗まれて、改ざんされたらどうするのかという不安があります。
山田和: これは難しい話です。技術の進化や社会への適用が止まることはないので、いかに安心して使えるかたちで提供できるかが重要になりますよね。
生体認証に限らず、セキュリティ技術に対する脅威は常に存在します。これに対して弊社では、認証技術だけでなく、データを強固に守る技術も含めて、安心して使っていただけるものを提供するところまでがワンセットと考えています。
弊社では、データの適正利用を会社のトップレイヤーポリシーとして掲げています。デジタルトラスト推進本部という部署も立ち上げまして、技術面だけでなく個人情報の取り扱いに関する考え方をとっても、「NECなら安心だ」と感じていただけるように、日々努めています。
──精度の高い認証技術に加えて利便性を備える生体認証は、ますます需要が拡がりそうですね。
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山田道: はい。顔認証は、空港やテーマパークのほかにも、世界規模のイベントでもスタッフの入退場管理などに採用されていますし、コンビニ入店から精算までなどの実証実験を含め、さまざまなシーンで利用されるようになってきています。
とりわけグローバルでは、生体認証自体はもう普及期に入ったといっても過言ではありません。。普及期においては、お客さまが求める内容とスピードをきちんと提供していくことが第一であると思っています。他社の技術も進化していきますし、精度の高さだけで売るような考え方では、あっという間にニーズに応えられなくなってしまうでしょう。
もちろん、精度を高めることは継続的な取り組みではあるのですが、認証技術はどこまで行っても個人を特定することしかできません。生体認証では実現できない部分をどうするのか、今後進化するだろう認証以外の技術も見据えて、考えていく必要があると思っています。
生体認証×映像分析
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山田道: 顔認証では、今の時点で方向性が2つあると思います。1つは、お金の決済をするような場面で求められるところまで精度を上げていくこと。もう1つは、ほかの認証方法や映像解析のような、別の技術と組み合わせることです。たとえば、生体認証に映像解析をプラスすれば、より高度な分析ができると考えています。
去年、インドネシアで開催されたアジア大会のメインスタジアムでは、弊社の顔認証に加え、映像解析を使って、立入禁止の場所に人が入っていないか、モノの置き去りがないか、そういった行動検知までを実際に行いました。
──工場のワンオペ化が進んでいく中で、体調が悪くなって倒れたりしていないか、事故に遭う可能性がないかなど、働く人の安全性を高めるためにも活用できそうですね。
山田道: いまはまだ生体認証は生体認証だけ、映像分析では侵入検知や置き去り検知だけをしているわけですが、両方を組み合わせれば、それをしたのが誰なのかも分かるようになり、より高度なユースケースにも対応できるようになるはずです。「生体認証と言えばNEC」と今後も思っていただくためには、弊社にしかできないような新しい提案を もっと出していくことが必要だと思っています。
そうすれば数年先には、高い精度で決済もできるとか、ウォークスルーがもっと簡単な形になるとか、いろいろな技術の中から、ご要望に対して最適な組み合わせをさらに幅広く、より迅速に提供できるようになって、いっそう便利に使っていただけるようになるはずです。
NECの生体認証 Bio-IDiom:
https://jpn.nec.com/solution/biometrics/index.html
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