最新技術を駆使し、企業の海外ブランド価値向上を「マンガ」でサポート

近年、「マンガ」を活用し、企業が自社の活動や商品について、効果的に情報を発信する取り組みが盛んになっている。この「企業マンガ」を提案し、海外により広く展開しようと奔走しているのが、大日本印刷株式会社(DNP)コンテンツコミュニケーション本部 次世代ビジネス開発部の伊藤智之だ。

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伊藤智之

2018年9月18日、伊藤はインドネシア・ジャカルタにある、オバマ元米大統領の母校としても知られるメンテン第一小学校を訪れた。この日は、DNPが制作(翻訳~印刷等)や配布を手がけた「まんが社会見学シリーズ」(株式会社講談社ビーシー、以下講談社ビーシー発行)第13巻『大研究!思いをつなぐ! セロハンテープ』を同小学校に贈呈する式典が行われた。複数の現地メディアも取材に訪れ、伊藤は、小学生の無垢で明るい笑顔に、「今まで感じたことがないような達成感を覚えました」と振り返る。

このマンガは、ニチバン株式会社(以下、ニチバン)が製造・販売する「セロテープ」を紹介するものだ。ほぼ100パーセント天然由来の原材料で作られている同製品に親しんでもらうことで、未来の購入者や、同社の働き手になる人材を増やすことをめざしている。今回ニチバンは、DNPがコーディネートした流通ルートを使い、インドネシアの約800の小学校にマンガを寄贈した。

「まんが社会見学シリーズ」第13巻『大研究!思いをつなぐ! セロハンテープ』

この企業マンガのインドネシア語版は、日本語版の制作開始から約1年をかけて制作した。この制作プロセスで威力を発揮したのは、DNPが開発した「DNPマンガオンラインエディトリアルシステム、MOES(モエス)」。これは、インターネット経由で利用できるマンガ編集・組版システムだ。翻訳者が訳文をマンガの中の“吹き出し”等に直接入力し、翻訳チェック者やネイティブ・チェッカーが同じシステムの中で修正を加えることができる。このシステムを使うことで、インドネシアと日本で作業を分担することが可能となった。

「インドネシアでは輸入通関に時間がかかることがあり、取引先への納品期日に間に合わなくなる可能性があるため、今回は現地のパートナー企業で印刷しました。日本で印刷してインドネシアに送るより、コスト面でもメリットがありました」と、伊藤はDNPとパートナー企業との連携の強みを語る。

企業マンガを世界に

ニチバンは2018年、創業100周年と「セロテープ」発売70年を記念して、講談社ビーシーから、このマンガを日本語版とインドネシア語版で刊行した。講談社ビーシーの編集力に、DNPのディレクション機能、各国語へのローカライズ機能を含む制作機能、デリバリー機能などを掛け合わせることで完成した。
ニチバンの狙いは、このインドネシア語版によって、環境に優しい「セロテープ」を経済成長が著しいインドネシアに広く紹介し、東南アジア市場でシェアを広げる足がかりをつくることにある。同国では、石化製品を原料とする安価なOPPテープが主流だが、「セロテープ」は主原料が植物由来のため、燃焼時に排出されるCO2は植物が生長時に吸収したCO2と相殺されるというカーボンニュートラルの概念によって、CO2排出量の抑制に役立つ。

  • *OPP(Oriented PolyPropylene):2軸延伸ポリプロピレンフィルム

伊藤智之と宮森保

メンテン第一小学校での記念写真

DNPがこの案件を受注できたのは、インドネシアの小学校への流通ルートがあり、現地でのイベントやマーケットリサーチを行う機動力を有していたからだ。具体的には、インドネシアの1,800校を含む、アジアの小学校に広範な流通ルート持つエンターテインメント関連会社、株式会社トキオ・ゲッツとの提携を活かして、マンガの寄贈先を確保した。メンテン第一小学校での贈呈式のほか、ジャカルタの3校の小学生に実際に「セロテープ」を使ってもらい、その感想をヒアリングした。今後もこのようなイベントを開催して「セロテープ」のファンを着実に増やしたい考えだ。
「印刷会社がここまでやるのか」と思う人もいるかもしれないが、DNPは今回のプロジェクトを起点として、「Asia Kids Market」と呼ぶ構想の下、マンガコンテンツなどの知的財産を手がける体制も整備して、インドネシアのほか、台湾、タイ、マレーシア、ベトナム等でも、市場リサーチやイベント企画・運営、販売促進などを通じて日本企業のアジアでのブランド向上施策をサポートしていく。国連が2015年に採択した「持続可能な開発目標(SDGs)」のうち、ゴール4「教育」やゴール8「成長・雇用」という社会課題を解決したいという考えもある。一目で理解しやすく、多くの人が受け入れやすいマンガの強みを活かして、東南アジアの子供たちに対して、企業の製品・サービスへの理解を促していく。

宮森保

「MOES」を活用した制作の例は他にもある。世界的に有名な某食品メーカーの周年事業で制作したマンガ社史を日本語のほか、英語、中国語(簡体字・繁体字)で制作した(スペイン語、ポルトガル語の予定あり)。

「企業マンガを翻訳する際は、企業の思いやビジョンなどをそれぞれの言語でマンガに吹き込むことが重要ですが、それがかなり難しい」と語るのは、次世代ビジネス開発部の宮森保だ。日本では気にならなくても、他の国や地域の文化の中では、不快と感じられたり、タブーとなったりする言葉や表現が多いため、翻訳の際には、そのような言葉や表現を国や地域ごとに洗い出し、出版社や企業とも入念に相談して、日本語版に修正を加えていく必要がある。これも各国のネットワークを使ってクリアしている。

今日のニーズに合致するMOES

DNPマンガオンラインエディトリアルシステム MOES(モエス)の概要

DNPがMOESの開発に着手したのは約10年前。アメリカの現地法人の取引先が、多数のマンガ翻訳の仕事を抱え、それぞれ時差のある地域で活動する翻訳者や翻訳チェック者、ネイティブ・チェッカー、組版担当者等の業務の進捗管理に苦労していたのがきっかけだった。

MOESでは、ウェブブラウザ上で、右側に日本語版、左側に各国語版の画像を表示して、日本語版を見ながら、それぞれの言葉の“吹き出し”等に訳文を入力していく。決められたフォントや行間で入力するため、訳文が“吹き出し”等からあふれ出ないよう、文章の長さも調整できる。その後、翻訳チェック者とネイティブ・チェッカーがそれぞれ訳文を確認して、必要なら修正をする。そして、各担当者が作業を終えると、自動的にプロジェクトの担当者に英文メールが配信される。インターネット経由で、離れた場所にいる各担当者が作業できるため、大幅な負荷軽減や期間短縮につながるのだ。

以前は、日本の担当者が多言語を理解していないことなどによって、訳文の一覧の中から取り出した文章を誤った吹き出しに配置する危惧もあったが、MOES導入後は翻訳者が直接ディスプレイ上で訳文を入力するため、ミスの防止につながっている。

このシステムは、厳重な情報セキュリティ基準が適用された国内のサーバーで管理されている。また、編集作業時に作成するPDFデータに電子透かしを入れることで、オリジナルデータの流出を防ぐことができる。2014年にMOES関連の特許を取得し、その後も電子書籍データの生成機能を加えるなど、新機能の開発を進めている。

モエスの画像例
MOESの画像の例

宮森は、「MOESは、“マンガ”の魅力が世界で認められている今日の状況に最適なシステム」として、企業マンガ以外のジャンルでも、翻訳版の作成を促進したい考えだ。2013年には経済産業省がコンテンツ等海外展開支援事業(J-LOP)補助金の支給を開始し、「クールジャパン」コンテンツの海外輸出促進策を強化しており、それを受けて、国内の出版社にも、マンガの海外展開に対する考え方に大きな変化が生まれている。以前は、国内の出版社が版権を海外の出版社などに売却する形で、マンガの翻訳版が世界各国で展開されることが多かったが、J-LOPをきっかけに、海外版を国内出版社が独自に制作する例が増えてきた。「MOESをさらに利用していただき、海外版制作に関するレギュレーション(規則)を我々がつくっていきたい」と、宮森は意欲的だ。

さらなる技術で世界市場開拓へ

伊藤智之

伊藤は、2018年のインドネシア訪問の際、「マンガはどのジャンルでも世界に通用するコンテンツ」だと再認識したという。日本のマンガファンだという現地のコスプレーヤーたちにもインタビューを行い、日本のマンガが浸透していることを確認した。「アメリカのコミックは左から読み始めるのですが、海外のファンたちは右から読む日本のマンガについて、『問題なく読めます』と言っていたため、私も安心しました」

さらなる機能の開発も計画している。日本のマンガはモノクロが多いが、世界のコミックは全ページカラーが主流だ。DNPはAI(人工知能)のディープラーニング(深層学習)技術を活用して、モノクロのマンガに自動的に着色するサービスの開発を進めている。まだ実証実験の段階だが、MOESと組みあわせることで、「マンガの世界展開」に寄与できる技術だ。

今後は、まだ海外に紹介されていない数多くの作品もターゲットにして、翻訳や着色、現地プロモーションなどの独自の機能を活かして、海外市場を開拓していく。

伊藤は、「我々はMOESを活用した多言語版の制作や、国内外での印刷~配布に加え、広告・宣伝、販促イベントやキャンペーンの実施などのトータルソリューションを提供できます。ビジネスモデルの構築をして、すべてを請け負うことが可能です。それが我々の強みです」と、話を締めくくった。

  • 公開日: 2019年3月29日
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