2018年2月19日

薄型で伸縮自在なスキンディスプレイの開発に成功

スキンセンサーで計測された心電波形を動画表示し、在宅ヘルスケア応用に期待

国立大学法人東京大学
大日本印刷株式会社
国立研究開発法人科学技術振興機構

染谷隆夫博士(国立大学法人東京大学(総長:五神真)大学院工学系研究科・教授)を中心とした東京大学と大日本印刷株式会社(以下:DNP)の研究チームは、薄型で伸縮自在なスキンディスプレイ(用語1)の製造に成功し、スキンセンサー(用語2)で計測された心電波形の動画を皮膚上に貼り付けたスキンディスプレイに表示できるセンサーシステムを開発しました。
本研究成果は、2018年2月17日(米国時間)にアメリカ科学振興協会(American Association for the Advancement of Science; AAAS)年次大会で発表されました。

【背景】

超高齢社会の本格的な到来を迎えた我が国では、医療費の増加や医療・介護現場の労働力不足に対策を講じつつ、生活の質(クオリティ・オブ・ライフ:QOL)を向上するために、セルフメディケーション(用語3)やセルフケアの重要性が増しています。既に特定の医薬品購入に対する新税制としてセルフメディケーションの推進が始まっており、今後、自宅で自分自身あるいは家族の健康に責任を持つようになり、それを管理するセルフケアの仕組みづくりが急がれています。そのために、高度に発展した情報通信技術を駆使した健康管理システムが期待されています。特に、自宅や介護施設、病院など場所や時間を問わず、「いつでも、どこでも、誰もが簡単に、正確に生体情報をモニタリングし、その情報にスムーズにアクセスできる技術」が求められています。
近年の半導体技術の発展によって、ウェアラブルデバイスで生体情報をモニタリングし、スマートフォンやタブレット端末に表示することができるようになりました。しかし、スワイプしてスマートフォンに情報をアクセスすることは、入院中の高齢者や幼児にとっては簡単ではないため、計測から情報表示までの一連の流れを自然にして、アクセシビリティ(用語4)を高める新たな技術が求められています。

【研究内容】

本研究では、薄型で伸縮自在なスキンディスプレイの製造に成功し、スキンセンサーで計測された心電波形の動画を皮膚上に貼り付けたスキンディスプレイに表示することができるようになりました。このスキンディスプレイは、16×24個(画素数:384)のマイクロ発光ダイオード(マイクロLED)が薄いゴムシートに等間隔で埋め込まれており、全体の厚みは約1ミリメートル(mm)で、繰り返し45%伸縮させても電気的・機械的特性が損なわれず、薄型・軽量で伸縮自在なため、皮膚に直接貼り付けても人の動きを妨げることがなく、装着時の負担が大幅に低減されています。最も伸ばした状態と最も縮めた状態の解像度は、それぞれで4mmと2.4mmです。実効的な表示面積は、それぞれ64mm×96mmと38mm×58mmです。マイクロLEDの大きさは1.0mm×0.5mm、発光波長は630ナノメートル(nm)(赤色)、駆動電圧は2ボルト(V)です。パッシブマトリクス方式(用語5)で駆動され、表示スピードは60ヘルツ(Hz)、最大消費電力は13.8ミリワット(mW)です。
本スキンディスプレイの特長は、独自の伸縮性ハイブリット電子実装技術(用語6)によって、マイクロLEDのような硬い電子部品と伸縮性のある配線が混載したゴムシートを伸ばしても壊れないところにあります。従来の方法では、硬い電子素材と柔らかい電子素材が混載されたゴムシートを伸ばすと、硬い素材と柔らかい素材の接合部分に大きな応力が集中するためすぐに故障してしまいますが、本研究では、この応力の集中を避ける構造を採用した結果、機械的な耐久性を格段に向上することができました。また、産業界で実績のある量産性に優れた電子実装方法で製造されているため、早期の実用化と将来の低コスト化が期待できます。具体的には、伸縮性の配線としてはスクリーン印刷法による銀配線が使われ、マイクロLEDの実装には一般的なマウンタ(用語7)とはんだペーストが使われています。
スキンディスプレイは直接皮膚に貼り付けて、皮膚呼吸できるナノメッシュ電極(用語8、注1)と無線モジュールを組み合わせたスキンセンサーで計測した心電波形の動画をディスプレイに表示します。この心電波形は、スマートフォンで受信でき、リアルタイムでスマートフォンの画面で波形を確認したり、クラウドやメモリに保存したりすることができます。今回は、メモリに保存した心電波形の動画をスキンディスプレイに表示しました。
2017年7月に東京大学大学院工学系研究科染谷教授を中心とした研究グループ(注1)は、通気性と伸縮性を兼ね備えた皮膚貼り付け型ナノメッシュセンサーの開発に成功し、1週間連続して装着しても明らかな炎症反応を認めないことを確認しました(注2)。これまでナノメッシュ電極を活用して、温度、圧力、筋電を計測していましたが、今回、初めてナノメッシュ電極で心電波形の計測ができるようになりました。
曲がるだけのディスプレイは既に商品化されていますが、伸び縮みするディスプレイや皮膚に貼れるレベルの極薄ディスプレイは研究開発段階の試作品が数件報告されているだけです。同研究グループでは、2009年5月に世界初となる伸び縮みする16×16個の有機エレクトロルミネセンス(EL)ディスプレイを発表し(注3)、2016年8月に厚さが1マイクロメートル(um)の極薄の有機EL素子で7セグメントのディスプレイ(用語9)を発表しています。(注4)
本研究では、発光素子として無機半導体を発光材料としたマイクロLEDと独自の伸縮性ハイブリット電子実装技術を駆使することによって、従来の伸縮性ディスプレイよりも圧倒的な大気安定性と機械的耐久性を同時に達成できました。伸縮自在なディスプレイを皮膚の形状に合わせてフィットさせ、かつ人の動きに追従させた状態で、1画素の故障もなく動画を表示できたのは、世界初です。

【今後の取り組み】

皮膚貼り付け型のスキンセンサーとスキンディスプレイを一体化したシステムによって、生体信号の計測から情報の表示まで一連の流れをユーザーにとって自然な形で負担なく実現できます。医療分野における応用例として、病院と自宅をスムーズにつなぐ在宅ヘルスケア情報サービスが考えられます。例えば、心臓疾患のある高齢者が自宅にいながらにして、ナノメッシュ電極で不快感なく計測された医療グレードの心電波形が無線を介して医療クラウドに伝送され、病院の担当医が経時変化を含めて患者の状況を遠隔でモニターし、問題がなければ「いいね」マークを自宅のベッドで寝ている高齢者の手に貼り付けたスキンディスプレイに表示します。人に優しいスキンエレクトロニクスによって、スマートフォンやタブレット端末よりも情報へのアクセシビリティが大幅に向上され、子供から高齢者に至る全世代のQOL(Quality of Life)が向上されると期待されます。
今後DNPは、伸縮性を有するデバイスの構造最適化による更なる信頼性向上、製造プロセス開発による高集積化、大面積化といった技術課題を解決し、3年以内の実用化を目指します。

本研究成果は、東京大学大学院工学系研究科とDNPの研究開発センターの共同研究によるものです。また、本研究成果の一部は、JST 未来社会創造事業 探索加速型 本格研究(ACCEL型)(研究開発課題名:「スーパーバイオイメージャーの開発」、研究代表者:染谷 隆夫(東京大学大学院工学系研究科 教授)、プログラムマネージャー:松葉頼重(科学技術振興機構)、研究期間:平成29年7月~平成34年3月)の研究費助成を受けました。

 
(注1) ナノメッシュ電極は、天谷雅行博士(慶應義塾大学医学部教授、理化学研究所チームリーダー)らと共同で開発されたものを用いています。
(注2) Nature Nanotechnology誌(2017年).DOI 番号:10.1038/nnano.2017.125
(注3) Nature Materials誌(2009年).DOI 番号:10.1038/nmat2459
(注4) Science Advances誌(2016年).DOI 番号:10.1126/sciadv.1501856
(用語1)スキンディスプレイ
薄型で伸縮自在のディスプレイで、皮膚に直接貼り付けて使用することができる。
(用語2)スキンセンサー
皮膚に直接貼り付けて使用する薄型で伸縮自在のセンサー。
(用語3)セルフメディケーション
セルフケアの一つで、自分自身で健康を管理するため、自分の判断で医薬製品を使用すること。
(用語4)アクセシビリティ
利用しやすさを示す。情報分野においては、情報端末に依存せずにユーザーが利用しやすいウェブサービスなどを示す。最近では、身体機能が低下した高齢者や障害のある人も情報を利用しやすいことへの十分な配慮が求められている。
(用語5)パッシブマトリックス方式
ディスプレイの駆動方式の一種。格子状に配列された画素を駆動するために、ドランジスタやダイオードなどの能動(アクティブ)素子が使われている方式をアクティブマトリックスと呼び、使われていない方式をパッシブマトリックス方式と呼ぶ。
(用語6)伸縮性ハイブリッド電子実装技術
通常は固い板であるプリント基板に半導体素子など電子部品を搭載するための製造方法が発展し、伸縮性のあるゴムシート状のプリント基板に様々な電子部品を搭載するための製造技術。伸縮性のある柔らかい電子部品と固い電子部品が混載(ハイブリッド)された電子製品を製造するための技術なので、伸縮性ハイブリッド電子実装技術と呼ぶ。
(用語7)マウンタ
半導体チップなどの電子部品をプリント基板の表面に並べるために使われる電子部品実装装置。
(用語8)ナノメッシュ電極
生体適合性の高い金と高分子(ポリビニルアルコール)に、ナノサイズのメッシュ構造を持たせたもので、少量の水で簡単に皮膚に貼り付けることができる。
(用語9)7セグメントディスプレイ
個別にオン・オフできる7つのセグメントから構成され電子表示装置。アラビア数字を表示することができ、電卓の表示などに広く利用されている。

※記載されている会社名・商品名は、各社の商標または登録商標です。
国立大学法人東京大学 所在地:東京 総長:五神真
大日本印刷株式会社 本社:東京 社長:北島義俊 資本金:1,144億円
国立研究開発法人科学技術振興機構 本部:埼玉 理事長:濱口道成

※ニュースリリースに記載された製品の価格、仕様、サービス内容などは発表日現在のものです。その後予告なしに変更されることがありますので、あらかじめご了承下さい。

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