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学芸員レポート
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「森村泰昌──美の教室、静聴せよ」展(横浜美術館)/
エルネスト・ネト展
香川/丸亀市猪熊弦一郎現代美術館 植松由佳
 熊本会場は見逃したのだが、「森村泰昌──美の教室、静聴せよ」展をようやく横浜美術館で見ることができた。横浜で森村泰昌展を見るのは1996年に開催された個展「美に至る病──女優になった私」以来2回目。その間、実は丸亀でも2度森村展を開催している。美術家森村泰昌氏への敬意を込めて文章中では森村さんと書かせていただくことをまずお許しいただきたい。
 
 今展は、初期の1985年から最新作である2007年に制作されたなかから「美術史シリーズ」を中心に80点近くが選ばれ、その作品群がホームルームに始まり1時間目のフェルメール・ルームから6時間目のゴヤ・ルームまでと時間毎にテーマ設定され、学校仕立ての展示がなされている。そして森村さん自らが「モリムラ先生」として美術の授業を行ない、鑑賞者たちは作家自らが行なう解説をイヤホンガイドで耳にしながら鑑賞するという「授業形式の展覧会」が進められる。個々の作品を見ると、森村さんがゴッホの自画像やモナリザを始め西洋美術史上の名画を倣い既定の美術史を解体し、自らを「美術史の娘」として作品中に融解させ、自身を新たな解釈の下に増殖させることで強度がより増された作品を辿ることができる。
森村泰昌《なにものかへのレクイエム(烈火の季節)》
森村泰昌《なにものかへのレクイエム(烈火の季節)》
2006年、ビデオインスタレーション
提供=横浜美術館
 さらに今回強く印象に残ったのは、6時間目後に放課後として展示されている「なにものかのレクイエム(烈火の季節)」(2006)だった。学生時代を思い起こせば、放課後の時間にこそいくぶんかの甘酸っぱい思い出とともに濃密な時間が流れていたのは多くにあてはまることだろう。それも授業時間があればこそであるが。
 『先人が言いたかったこと、やりたかったことを、自分なりに受け継いで、どうやって「生き延びる三島由紀夫」となって、つぎの時代に引き継ぐかがテーマ』★1と森村さんはカタログに書いているが、三島由紀夫に扮した森村さんは、頭には「七生報国」ならぬ「七転八起」と書かれたハチマキを締め「静聴せよ!」と熱弁をふるう。6時間の授業を通して私たちに見せた森村芸術の真髄──森村さんが過去に美術といかに向き合い、抗い、享受してきたかも含め──をいかに次代へと継承するか。また『芸術もまたマスコミに踊らされ、流行現象の片棒を担ぎ、世界戦略とやらにうつつを抜かし、コマーシャリズムと売名行為と経済効果が価値とばかり精神的にからっぽに陥っている。(…中略…)諸君の、諸君の決起を待っているんだよ。諸君は表現者だろう。それならば自分を否定する表現にどうしてそんなに憧れるんだ。自分を否定する、現代の日本の芸術の流行りすたりに、どうしてそんなにペコペコするんだ』★2。森村さんから発せられた文字通り烈火のごときメッセージ。1970年11月25日に東京・市谷で三島が行なった演説は自衛隊員のヤジと嘲笑により掻き消されたが、私たちは森村さんの現在の日本美術の状況に対する批判をどれだけ真摯に受け止めているだろうか? 表現者たちへの問いかけであるのはもちろんのこと、少なからず美術に携わる人間すべてに向けてそのメッセージが投げかけられていると感じたのは深慮すぎるだろうか?時に公立美術館は指定管理者制度の導入などにより、内容よりも観客数を求める展覧会、大衆迎合の展覧会を開催しがちである。今一度現在に踏みとどまり、過去に何をなしてきたのか、そして未来をも問いかける良い機会になるのでは。そんな思いを展覧会鑑賞後に持った。
 タイトルの「美=Bi」とされた言葉が「美=Be」、つまりその存在が美とともにあり続ける森村さんを強く印象付け、森村さんの声が以前にも増して心にとどまった展覧会であった。同時に森村さんが今後、どのような方向性を見せるか大きく注目するところである。また横浜美術館の常設展示にも同館所蔵の森村作品が展示されているのでそちらもお見逃しなく。

★1,2──森村泰昌『美の教室、静聴せよ』(発行理論社、2007)。

●「森村泰昌──美の教室、静聴せよ」展
【横浜展】
会 場:横浜美術館
神奈川県横浜市西区みなとみらい三丁目4番1号/Tel.045-221-0300
会 期:2007年7月17日〜9月17日

【熊本展】
会 場:熊本市現代美術館
熊本市上通町2番3号/Tel.096-278-7500
会 期:2007年3月24日〜7月8日

学芸員レポート
エルネスト・ネト《キスをするふたり。愛し合い、ともに夢見る。よりよい世界を、まだ見ぬ我が子を、そして人生と人類とこの星の未来を。》
エルネスト・ネト《キスをするふたり。愛し合い、ともに夢見る。よりよい世界を、まだ見ぬ我が子を、そして人生と人類とこの星の未来を。》
 2007年
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館での展示風景
写真=木奥恵三
 今夏はブラジル出身のアーティスト、エルネスト・ネトの作品を丸亀と東京で見ることができる。丸亀市猪熊弦一郎現代美術館は国内の美術館としては初の大規模個展であり、東京オペラシティアートギャラリーの「メルティング・ポイント」展では若干異なるタイプの作品を見ることができる。ネトといえば伸縮性のあるライクラという素材を用いた有機的な形態をしたソフト・スカルプチャーが知られている。鑑賞者が五感を用いて体感でき、作品とのインタラクティヴな関係がもたらされるインスタレーション作品は、その身体性、空間性が重要視されている。特に丸亀ではネトにとって初の試みとなるポイントにも注目していただきたい。というのも今回は作品を壁面から吊るためのストリングが四方八方にはりめぐらされ、その行方には芳香を放つ80キロの2種類のスパイス──ターメリックとクローブ──が2つのおもりとしてあり、作品を構築する力のすべてが集約されている。それは天井壁により当初は隠されるはずだったトラスとあいまって、下部から見上げるとまるで蜘蛛の巣のような印象を持つ。また作品素材に紙を用いるプランから出発したゆえんか、これまでには見られないアングルを持つ部分もあるのでぜひご覧いただきたい。

●エルネスト・ネト展
会 場:丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
香川県丸亀市浜町80-1/Tel.0877-24-7755
会 期:2007年7月15日〜10月8日

[うえまつ ゆか]
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