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美のデジタルアーカイブ〈11〉
未来と世界を見据えた東洋古美術研究
「大和文華館」
影山幸一
 
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連載/歌田明弘
連載/影山幸一

 3年ほど前に東京国立博物館美術誌『MUSEUM――特集 美術史研究とコンピューター』(1987年)を入手し、「大和文華館の美術研究システム」を読んだ時から既に大和文華館(やまとぶんかかん)に行くことを決めていた。それが東洋美術の美の殿堂であり、奈良にあることを知りながら月日は経ってしまっていたが、今回その思いがようやく達成された。『MUSEUM』には、「東洋の古美術を扱う場で様々なコンピューターを利用しようとすることは、世界的にも例がなく」と書かれていた。日本国内で、初めて美術館が研究用にコンピュータを導入した事例であろう。また、「貴重な資料の死蔵を防ぐと共に、その再活用の道を開きたい」ともう約15年も前に現在のデジタルアーカイブの概念を理解し、実施していたことに先見性を感じていた。コンピュータを活用した研究体験やその結果が現在どのように生かされているのかなど、日本で初めて美術館とコンピュータが出会ったとされる大和文華館のある、古都奈良へ向かった。

大和文華館外観
▲「大和文華館外観 (c)城野誠治」
 京都から近鉄特急を利用して約40分、学園前駅下車徒歩7分、学園南の蛙股池(かえるまたいけ)畔の丘陵地に、土蔵や城郭をイメージした海鼠壁(なまこかべ)を採用した、吉田五十八設計の美術館、ここに大和文華館はある。年間約3万5千人の来館者があり、本館と研究所、文華ホール(辰野金吾設計、奈良ホテルより昭和60年移築)の3施設と自然園“文華苑”からなる。

 近畿日本鉄道株式会社(以下、近鉄)の社長・種田(おいた)虎雄(1884〜1948)を代表発起人として、昭和21年(1946)5月に財団法人大和文華館が発足した。美術研究所(現・東京文化財研究所)所長であった矢代幸雄(1890〜1975)を初代館長として迎え、開館に向けて作品の収集を行っていった。14年の時を経て、昭和35年(1960)10月、近鉄創立50周年記念事業を期に文化事業の一環として大和文華館が開館。現代の美術界にも威光を放つ矢代は、世界美術的観点から東洋美術を体系的に捉え、鑑賞を主体とする美的作品を選択し、大和文華館の基礎を築いた。古代から現代にいたる日本、中国、朝鮮を主とした東洋の絵画、書蹟、彫刻、陶磁、漆工、金工、染織、硝子などの美術工芸品を収集し、保管をした。収蔵品の点数はおよそ2,000点で、この中には「寝覚(ねざめ)物語絵巻」「一字蓮台法華経」「婦女遊楽図屏風(松浦屏風)」「李迪(りてき)筆雪中帰牧図」の国宝4件をはじめ、重要文化財30件、重要美術品14件が含まれている。

 大和文華館は、収蔵する作品の内容に美術館の真価が問われるとして、本館から300mほど離れた別棟に研究所が設けられている。私立美術館で館職員数が20名ほどの規模であれば、多くは本館の中に学芸員室があるが、大和文華館は静かに研究に専念できるよう建物の配置にも工夫が見られるようだ。一方、昭和26年(1951)創刊の美術研究誌『大和文華』(年2回発行)など出版を行っているほか、毎週土曜日には5名いる学芸員による陳列品の解説なども実施。また、歴代の館長の多くが、西洋美術を志向している点も大いに注目される。初代:矢代幸雄(イタリア・ルネッサンス絵画、東洋美術全般)、2代目:石澤正男(東洋漆工史)、3代目:吉川逸治(ヨーロッパ・ロマネスク美術)、4代目(現在):水田徹(ギリシャ美術)と東洋美術専門の館とは思えない専攻分野であるが、海外研究者との交流も親しく行い、世界的視野を広く持つ矢代幸雄初代館長の思想が今も息づいている。

 昭和60年(1985)9月、開館25周年にコンピュータ・システムを備えた研究所が建設された。当時のコンピュータの利用目的は二つであった。大量の美術資料(収蔵美術品2,000点、貴重図書6,600冊、研究図書20,000冊、館外美術品資料50,000枚、美術写真フィルム12,000枚)を整理・検索すること(大和文華館美術情報システム)。もう一点は、一点の作品を中心にして多角的に分析することである(美術画像分析システム)。コンピュータ導入を考えた動機は、「当館の美術資料数が膨大になってき、従来のカード方式では円滑な活用が難しくなってきたからである」といっている。コンピュータを便利な道具として捉えた見方である。動機や活用についても、実際はもっと未知の調査法を実験的に開発して、美術作品を新たな手法で解析でもしていたのかと期待していたが、当初は意外に業者とのやり取りなど調査前の準備で手一杯であったようだ。また、コンピュータを活用した東洋美術研究に必要なものとして、1.美術品データに画像が伴うこと。2.漢字の容易で自由な使用ができること。3.データ・シートの自在な作成利用が可能であること。4.誰でも気軽にできること、の4点を挙げていたが、現在の技術ではほとんどクリアされている。
 
 利用目的のひとつである大和文華館美術情報システムとは、文字データ・画像データ・文献データの3つに各コンピュータを振り分け、連動させたものを指し、モニターに文字のみではなく画像と文献が同時に表示される特色があった。文字データは磁気ディスク、画像と文献データは光ディスクに保存していた。もうひとつの美術画像分析システムは、印章の照合・画像の合成と拡大/縮小・部分の移動や消去・輪郭線抽出・濃淡分析・色彩分析と復元・粒子測定など、さまざまな分析方法を可能としているが、シミュレーションなどは研究の補助手段であることを自覚しなければとしている。
 
 学芸員に早川聞多(日本絵画史)、藤田伸也(中国絵画史)、城野誠治(写真担当)の3名が就いて、東芝のTOSBAC・DS600/40、TOSPIX-II、モデル150、TOSFILE3200 (以上3台は、大和文華館美術情報システムでDS600によって一体化してあるが独立でも使用可能)、TOSPIX-II・モデル350(美術画像分析システム)の4台のコンピュータや高解像カメラを研究支援に用いていた。問題は多々あったが特に文字入力操作とデータの非互換性に苦労したようだ。この頃の汎用コンピュータは漢字を含む日本語が扱えていたが、キー操作は非常に難しく、その上データの互換性が考慮されていないので、異種のコンピュータ間ではデータが使用できなかったらしい。しかし、この時期に、「明確な研究意識がなければ有効な成果は得られない、各人の研究方法が問われる」と、現在のデジタルアーカイブ構築をどのように推進するか、という問いの回答にもあたるひとつの方向性が示されていることは興味深い。

 平成15年(2003)現在の研究支援用機器は、Power Macintosh 8500/150×3、Power Macintosh 7200/120×1、東芝 AS7000 UIE/170×1、東芝AS4085×1など6台ほどのコンピュータに、下書きや墨書などの検討用の赤外線カメラ、顔料や絵絹の組成検討用のマイクロスコープ、写真画像の読込み用のスキャナーScitex Smart342L、画像など出力用のFUJIX PICTROGRAPHY300が設置されている。また、収蔵品約2,000点は4年間かけて学芸員が色の確認などを行いながら、4×5インチフィルム(カラー・モノクロ)を外部業者株式会社堀内カラーによって、プロフォトCDへすべてデジタル化を完了している。デジタル画像を活用したデータベースは、特別展に関する写真資料の一部について構築してあるが他はない。また、現在もデジタル画像の公開はしておらず、主に研究と業務の館内利用としている。デジタル画像を用いた研究では、雪村の「呂洞賓図(りょとうひんず)」、尾形光琳の「紅白梅図屏風」「布袋図」などの作品が成果を上げた。

 過去にタイムトンネルを持つ古美術研究の世界は、作品やモノが少ない分、関連資料を探すのに困難を要し、体力も必要とするが、その分何かの発見時には喜びも大きいのではないだろうか。かつて日本画を描いていたという大和文華館学芸員の増記隆介氏は、当初近代美術の研究を志していたようだが、先輩方からのアドバイスもあって、若くて動けるうちに古いものを研究しておこうと、日本仏教絵画史を専攻に決めたと言う。コンピュータを国内で美術研究用に初めて使った館の伝統は、未来を志向した過去への探求と広がりである。増記氏は「この世界にもまだたくさんの新たな発見や感動が秘められており、美しい作品に出会えた日は、その日一日が充実したものになる」と穏やかに対応してくれた。

■大和文華館デジタルアーカイブデータ
デジタル化作品数 約2,000点
デジタル化方法 4×5インチフィルム(カラー・モノクロ)からプロフォトCD
解像度 128×192 pixel、256×384 pixel、512×768 pixel、1,024×1536 pixel、2,048×3,072 pixel、4,096×6,144 pixel
ファイルフォーマット イメージパック方式
保存媒体 プロフォトCD
デジタル化作業 株式会社堀内カラー
研究支援用機器 Power Macintosh 8500/150×3, Power Macintosh 7200/120×1, 東芝 AS7000 UIE/170×1, 東芝AS4085×1, 赤外線カメラ, マイクロスコープ, Scitex Smart342L, FUJIX PICTROGRAPHY300

(2003年2月現在)


■参考文献
矢代幸雄『日本美術の特質』第2版 1965.8, 岩波書店
『大和文華館 ―開館25周年を迎えて―』p.22-27, 1985, 大和文華館
早川聞多「大和文華館における美術研究とコンピュータ」『美術研究と情報処理 ―コンピューターによる画像・文献処理はどこまで可能か―』p.59-67, 1987.5, 日仏美術学会
早川聞多 藤田伸也「大和文華館の美術研究システム」『MUSEUM 特集 美術史研究とコンピューター』No.440,p.20-26, 1987.11,ミュージアム出版
林 進「春の来迎 ―コンピューター画像処理による光琳筆『紅白梅図屏風』の新解釈―」『大和文華』第80号 p.37-55,  昭和63年9月10日, 大和文華館
『大和文華館名品図録』第4版 平成7年11月1日, 大和文華館
『美術館教育普及国際シンポジウム1992報告書』1993.3, 美術館教育普及国際シンポジウム実行委員会, 横浜美術館内
矢代幸雄『世界に於ける日本美術の位置』2000.6, 講談社

[かげやま こういち]



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