美術館IT情報:歌田明弘…2002.10.15.
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絵を描くようにデジタル・データをあつかえる技術

歌田明弘
 
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連載/歌田明弘
連載/影山幸一

 6月半ばにソニー・コンピュータ・サイエンス研究所(Sony CSL)のオープンハウスがあった。オープンハウスというのは研究所を公開して研究者たちがデモをし、来訪者の質問を受ける研究所の「お披露目会」であるとともに「お祭り」でもあるような催しのことである。
 数々のIT技術を生み出してきた米ゼロックス・パロアルト研究所を意識してCSLは15年前に作られた。研究所の栄枯盛衰は激しく、現在あるソニーの研究所ではもっとも古いという。企業の研究所ではあるが、パロアルト研究所の向こうを張って設立されだけあって、ただちに製品化できる技術というより、もっと先のパラダイムが変わるような技術を探し求めてきた。この手の未来志向のIT技術の研究所としてはマサチューセッツ工科大学メディアラボが有名だ。「メディアラボよりも少ない人数で10倍の生産性をめざす」とオープンハウス初日のシンポジウムでシニア・リサーチャーの一人が言っていたが、この研究所のもうひとつのライバルはメディアラボなのだろう。
 もっともソニーはこのところ画期的な製品が生み出せず苦しんでいる。そうしたこともあって、シンポジウムのオープニングに登壇した出井伸之CEOは「見返り」がそろそろほしいといった発言をした。しかし、研究所の幹部は、「ソニーはもともと必要のないものを作ってきた」とCEOの「圧力」に対する反撃ともとれる言葉を口にしていた。ソニーの製品がなくても生きていくには困らない。テレビはこのところ必需品めいてきたが、ウォークマンだってビデオだって、なくても生活できる。ただし、ソニーは「センス・オヴ・ワンダー」、生活に驚きと感動をもたらす製品を作ってきたというわけで、研究所のいっけん荒唐無稽の研究もそうした「ソニー精神」に乗っ取っているというのが研究所幹部の主張だ。
 現在のCSLの研究の大きな柱となっているのはネットワークなどの「基盤研究」とインターフェイスの研究で、後者は日本のインターフェイス研究の第一人者・暦本純一氏が室長を務めるインタラクション・ラボラトリーで行なわれ、おもちゃのようなデバイスからいつ製品化されても不思議のない技術まで開発が進められている。必要なものというより「センス・オヴ・ワンダー」をもたらすもの、というのは、アートの定義ともいえるが、インタラクション・ラボラトリーで開発されているインターフェイスもまたそうした要素が多分に感じられる。いうまでもないが、メディア・アートの分野では、技術とアートの切れ目が明確ではない。工学出身の技術者がメディア・アートの展覧会に「出品」しているかと思うと、アーティストがコンピュータ・ソフトを発売したりする。とくにインターフェイスの分野ではただちに製品化がむずかしいものはつまり一種のアートだという定義も成り立ちそうなぐらい境目がはっきりしない。オープンハウスで最新の研究を見た機会に、CSLのインターフェイス研究を2回にわたって紹介しよう。
 現実世界とバーチャルな世界を重ね合わせる技術は、オグメンテッド・リアリティとか複合現実と呼ばれており、暦本純一氏はこの分野の研究をリードしてきた。コンピュータのデータをペンでひろって、ほかのコンピュータに移す「ピック・アンド・ドロップ」という技術はその代表的なもののひとつだ。「つまんで落とす」という物を移動させるありふれた動作で、複数のコンピュータのあいだを自由にデータを移動させる。タッチパネルのディスプレイにペンで触れると、何番のペンが何番のデータを持っているという組み合わせ情報が感知され、一台のコンピュータ内と同じようにデータをあつかえる。実際はペンにデータがくっついているわけではなく、コンピュータをつなぐネットワークでデータが送られているわけだが、あたかもデータをつかんで運んでいるかのように見える。画家が筆を持つ手をパレットからキャンバスへ行き来させながら絵を描くように、ハンドヘルド・コンピュータから画像をつまみあげてそれを黒板型のディスプレイに移し,そのデータにあれこれ書き加えたりできる。また、パソコンの画面にある画像をドラッグし、画像を机のうえにすべりださせるといったデモもかつてしていた。実際は、部屋の上方のプロジェクターが画像を映し出しているのだが、机の上にすべりだしたかのようにみえた。
 今回も、このようなデジタル情報のピック・アンド・ドロップを容易にする装置が披露されていた。パソコンに向けてデータをつまみ、別のパソコンに向ければデータが現れる。こうした情報のやりとりを手のなかにすっぽり入る「TACT」と名づけた小型の棒状のリモコン端末でやっていた。ペンでつまむというのはリアルだが、対象にくっつけなければならないわけで、遠隔操作のきくリモコン端末のほうがたしかに洗練されている。
 今回「ピック・アンド・ドロップ」の延長にあるとはっきり感じられる技術としてはほかに、次のようなデモもしていた。
 机の上に開いたノートに携帯電話の画像を映し出し、ペンでその画像に文字を書きこんで、書きこんだ文字ごと画像をパソコンに取りこむ。つまり画像とペンで書いた文字とを同一世界のもののように扱える。たとえばクルマのデザイナーが、パソコンでデザインしたクルマの画像をノートに映し出し、「ここのデザインを直す」などとノートに書きこんで、その指示を画像ごと部下にメールで送る、などといったことができるわけだ。画像を映し出すプロジェクターと、パソコンに取りこむためのデジタルカメラを使っているが、数年前のデモではかなり大がかりな装置が天井にとりつけられていた。今回は、卓上の蛍光ライトのようなコンパクトな装置になって、「データデスク」という名前を付けられていた。これなら机の上においてパソコンに接続すれば使えるわけで、「ピック・アンド・ドロップ」がいよいよ製品となって登場する時代が近づいていることが感じられる。
 このほか今年のインタラクション・ラボラトリーのデモでは、触覚を使ったデバイスが多かったが、それについてはまた次回紹介しよう。


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