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ヴィクトリアン・ヌード 19世紀英国のモラルと芸術
青木繁と近代日本のロマンティシズム
南雄介[東京都現代美術館]

 
福岡/川浪千鶴
神戸/木ノ下智恵子
東京/南雄介
倉敷/柳沢秀行

ヴィクトリアン・ヌード 19世紀英国のモラルと芸術
青木繁と近代日本のロマンティシズム
上:ヴィクトリアン・ヌード 19世紀英国のモラルと芸術/下:青木繁と近代日本のロマンティシズム
 「ヴィクトリアン・ヌード 19世紀英国のモラルと芸術」は、テイト・ブリテンのリニューアルを飾った展覧会を再構成したもので、英国ヴィクトリア朝の裸体表現を100点の絵画、版画、写真、フィルム等で辿っている。
 この展覧会には、いくつか興味深く感じられた点があった。一つには、裸体表現という見地から、19世紀アカデミシャンの典型的な神話画や歴史画とともに、オーブリー・ビアズレーの春画的な版画や、当時のポルノグラフィ的な写真も、合わせて展示されていたことである。特にエロティックなフィルムが、覗き穴から覗くような形で展示されていたのはアイデアとしても秀逸だった。フレデリック・レイトンの神話画とポルノグラフィ写真の距離は、19世紀英国にあってはいかほどのものだったのだろうか。
 19世紀のアカデミックな絵画において神話主題がヌードの口実に用いられたという言説は、しばしば耳にするところであり、それに対してたとえばヴィクトリア朝のモラルの二重性が批判されるのだが、この種の現象はすべて過去のものになってしまったのだろうか。1990年代以降、身体を主題化した芸術が、主として写真や映像表現により、盛んにおこなわれるようになり、その展観の機会も多かった。これに対して、たとえば受容者層のエロティックな意図を指摘する向きも、けしてないわけではなかったのである。そう考えてみると、わたしたちもヴィクトリア朝の道徳的な「紳士たち」を笑うことはできない。
 一方、これとは逆のことも言えるかもしれない。というのも、現代日本に生きる私たちにとって、19世紀神話画のコンテクストは必ずしも自明ではない。文化的な、また歴史的な距離が、神話主題をヌードの口実にするという視覚的な習慣を遠ざけ、本来のコンテクストにあっては隠されていたその本質、エロティックな意図をあらわなものにしてしまうのである。かくして、たとえば前述のレイトンの《プシュケの水浴》(1889-90年頃)のような絵は、ちょっと気恥ずかしいほどに、あからさまにエロティックに見えてしまう…。
 このように見てくると、「ヴィクトリアン・ヌード」のはらむ問題は、けしてもう終わってしまった過去の――「安全」な――ものではない、すぐれてアクチュアルなものであることに思い至る。実際それ、ヴィクトリア朝の文化は、今日の匿名の公衆を享受者とする都市文化の起原である。ここでたとえば、特定されない複数の「犠牲者」を要求した「切裂きジャック」のような匿名の性的連続殺人が、やはりこの時代に生じていることを想起してもいいかもしれない(女性ミステリー作家パトリシア・コーンウェルは、近年の著作でその犯人を、この展覧会にも出品されている画家、ウォルター・シッカートに帰する説を提起している。私自身はコーンウェルの著書は未読のため、その正否については何ら述べるすべを持たないのだが…)。
 もう一つ、全然違った意味において興味深かったのは、芸大美術館にジョン・エヴァレット・ミレイの《放浪の騎士》が展示されていたことだ。東京芸大の前身である東京美術学校の開学時の入学者の一人で、1901年から東京美術学校教授の任にあった下村観山は、英国留学の折にこの絵を模写しているのである(下村観山《ナイト・エラント》1904年)。観山の意図がどのあたりにあったのかは定かではないが、1世紀を経て同じミレイの絵が、上野の芸大の校地にもたらされたことにちょっとした感慨を覚えた。とはいえ、現代の芸大生の中でこの絵を模写しようという人が現われようとも思われないのだが。――こんなことを考えるのも、日本の近代絵画を扱った展覧会の準備を進めているからかもしれない。
 ヴィクトリアン・ヌードの展覧会を見ながら、英国の絵画に深い関係を持つもう一人の東京美術学校出身の画家とその画家を扱った最近の展覧会のことを思い出していた。それは青木繁のことで、東京国立近代美術館で「青木繁と近代日本のロマンティシズム」というすぐれた展覧会が開催されていた(東京展は終了したが、久留米展は開催中である)。垂直性を強調した装飾的な構図などを見ると、青木繁がラファエル前派の影響を受けていたのは確かなことらしく思われるが、この展覧会(「青木繁と近代日本のロマンティシズム」)の主題は、そういった外部からの影響を跡づけて検証するというところにはなかった。展覧会の出発点は、むしろ絵を丁寧によく見てその本質を把握するようにつとめることにあったように思われた。青木繁のように、残された達成とその本来の意図であったと思われるものがあまりに不均衡なまま夭折してしまった作家の場合、人は往々にして、実現されずに終わってしまったものの偉大さをひたすら嘆くことに終始しがちである。だが、この展覧会では、青木の絵から抽出されたものを同時代の他の画家たちや文化の中に積極的に開いていくことによって、時代の相とこの画家の特異性とを明らかにすることに成功していたと思う。

会期と内容
●ヴィクトリアン・ヌード 19世紀英国のモラルと芸術
会期:2003年5月24日〜8月31日
会場:東京藝術大学大学美術館
問い合わせ先:03-5685-7755(代表)
URLhttp://www.geidai.ac.jp/museum/

●青木繁と近代日本のロマンティシズム
[東京展](ただし終了)
会期:2003年3月25日〜5月11日   
会場:東京国立近代美術館
問い合わせ先:URLhttp://www.momat.go.jp/
[久留米展]
会期:2003年5月20日〜7月6日
会場:石橋財団石橋美術館
問い合わせ先:URLhttp://www.ishibashi-museum.gr.jp/

学芸員レポート
 前回のリコメンデイションで柳沢秀行氏から当館の常設展示に過分のおほめの言葉を頂戴した。このようにすみずみまで丁寧に見て下さるすぐれた観客を持つことができるのは、本当にしみじみありがたいことだと思う。心から感謝しています。展示というのは常に限定された時間の中でしかおこなわれないものなのだから、つまり展覧会が終わると消えてしまうものだから、見る人がいなければおしまいなのだ…。そして、じつをいうとこの常設展示という仕事は、うまくいくと本当に楽しいんですね(失敗すると後悔があとをひいて地獄だけど)。6月2日にちょこっと(版画の部屋だけ)変えます。昨年度の新収蔵作品を少し出しますので(長谷川利行など)、乞御期待。

[みなみ ゆうすけ]

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