May 20, 1997 (a)

Column Index - May 27, 1997


a)【脳は色をどのように「見る」のか
 ―オリヴァー・サックスの新しい本】
 ……………………●多木浩二


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『火星の人類学者』

発行:
早川書房
問い合わせ:
早川書房
Tel.03-3252-3111





SALON Departments: Lit Chat: Oliver Sacks
http://www.salon1999.com/
10/departments/
litchat1.html

Oliver Sacks
http://public.logica.com/
~stepneys/bib/nf/
sacks.htm

Oliver Sacks Roundtable Biography
http://www.irsociety.com/
sacks.html

Mark/Spcae: Anachron City: Library: Biographs: Oliver Sacks
http://euro.net/mark-space/
bioOliverSacks.html

Sacks, Oliver
http://mchip00.med.nyu.edu/
lit-med/lit-med-db/
webdocs/webauthors/
sacks208-au-.html

Sacks Oliver: An Anthoropoligist on Mars
http://mchip00.med.nyu.edu/
lit-med/lit-med-db/
webdocs/webdescrips/
sacks424-des-.html

Book Reviews; "An Anthoropoligist on Mars"
http://www.lewisham.
gov.uk/volorgs/alas/
reviews.html#mars

オリバー・サックス著
「左足をとりもどすまで」
Campus Health No.3, 1995
http://www.ihs.kyushu-u.
ac.jp/no03-07b.html

『レナードの朝 』
Awakenings (1990)
http://us.imdb.com/M/
title-exact?Awakenings
%20%281990%29

Mark/Space: Anachron Libarary: Books: Awakings
http://euro.net/mark-space/
bkAwakenings.html

『妻を帽子とまちがえた男』
The Man Who Mistook His Wife for a Hat
http://mchip00.med.nyu.edu/
lit-med/lit-med-db/
webdocs/webdescrips/
sacks461-des-.html

Man Who Mistook His Wife for a Hat, The (1987)
http://us.imdb.com/M/
title-exact?Man%20Who%20
Mistook%20His%20Wife%20
for%20a%20Hat%2C%20
The%20%281987%29

Edwin Herbert Land
http://www.invent.org/
book/book-text/65.html

脳の仕組みと病気
http://www.saigata-nh.
go.jp/saigata/neuropat/
braindis/index.htm

脳は色をどのように「見る」のか
―オリヴァー・サックスの新しい本

●多木浩二

東京近辺の美術館はどれもこれもろくな展覧会をやっていないので、たまには美術家、美術史家、美術評論家などがぜひ読むといい、しかもできたてのほやほやの本を紹介しておこう。オリヴァー・サックス『火星の人類学者』である。サックスは、一般には映画『レナードの朝』で知られているが、本職は優れた脳神経科医である。ちょっと芝居に興味をもつ人なら『妻を帽子とまちがえた男』を知っているかもしれない。その他に数多くの症例研究をもとにした本の数は多く、いまや世界有数のノンフィクション・ライターである。ことわっておくがどのひとつも興味本位で書かれた本などない。

色を失った画家

nmpの上でオリヴァー・サックスの本について語ってもいいと思うのは、それが知覚の異常をきたした画家の話を皮切りにして、どこかで表現と関係する脳の異常の問題が現われていて、異常を鏡にして読者が自分で芸術についての考察をひろげうる楽しみ(あるいは知的探求というべきだろうが)に溢れているからである。かぎりあるスペースではあまり多くの例を挙げるわけにはいかないので、例としては最初のひとつを挙げて検討しておこう。
  これは65歳になる画家(まあまあ成功した現代画家であるとされているが、だれであるか特定してみようと試みたがそこは巧みに隠してあった)がある日、交通事故にあって脳損傷による全色覚異常になってしまった。色を知覚できない画家の苦しみは想像に難くない。いままで描いていた絵を事故後はじめて見たとき、恐ろしいショックを受けた。これまで豊かな色彩で描いてきた作品がすべて白と黒の支離滅裂なものになっていた。それからの苦悩は筆舌に尽くしがたい。画家はいろいろな試みをする。白と黒だけで描くこと、その他その他。彼はたえず混乱し、苦痛に苛まれながらも努力した。一時は自殺まで考えるほどだった。
  サックスは、はじめてこの全色覚異常という症例を見ながら人間の色彩知覚についてのいろいろな発見をしていく。ニュートンの色彩理論では色彩は光の波長にしかすぎなかった。これにたいしてポラロイドカメラの発明者でもあるエドウィン・ランドは色というものはそういう絶対性をもっていないと主張していた。この点ではランドの方が正しい。サックスとその協力者はそれまでの多くの生理学者の研究で分かっていることを適用した。色は脳のなかで構成されるのだ。色が他の色とともに知覚される場合に変化するさまざまな現象を説明するにはそれ以外にはなかった。研究者のお陰で、脳はV4と呼ばれる部位でいろいろな視覚情報を集めて色として受け取ることができ、波長にだけ反応するのはV1という部位である。この患者は色をつくりだすV4に損傷を受けたから、普通の人間では絶対に経験しえないV1の生な像(波長)を見ていたのである。

人間はみずからを文化のなかで構成する

この画家はみずから努力して次第に色のない世界に慣れていった。手術で多少、色覚を回復できる可能性はあるという医師の提案に反対するようになっていた。このままでいい、と。どうしてか。この画家はこうした色のない世界で、長いあいだかかって自分を再構成していたのだ。そこで可能な想像力と感覚の世界をもった自分をつくっていた。もう一度、彼は自分を高次のレベルで生きる人間(画家)に構成しなおしていた。
  サックスがこうした観察と判断ができることに注目しておくべきである。サックスには人間とはある歴史や文化のなかで自分を構成するものだという思想があったからである。
  サックスのこの本はこうした7つの異常の例が挙げられている。それぞれ異常のケースは違うし、その結果も異なる。共通していえるのは、あらゆる人間はその文化のなかでみずからを形成しているのであって、あるがままの知覚経験をし、世界に反応し、また自分の世界をつくっているのではないという、いわば哲学的思想の大きな枠組みがあったことである。彼の本が読まれるのは、たんに奇妙な異常者が描かれていることではなく、その観察を読んでいく人びとがこの思考に気づくからである。

[たき こうじ/評論家]

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