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ジェフ・ウォール展
――写真に組み込まれた物語性の展開
市原研太郎

ジェフ・ウォールは、80年代から90年代にかけて、現代アートの展開と変容にとって非常に重要な役割を果たしてきた。その彼の回顧展が、水戸芸術館で開かれている。ところで、ウォールの作品を本格的に紹介する試みは、今回が初めてだったとは驚きである。本邦のアートの世界では、写真と他のメディアとの間に断絶のあることが、ウォールのみならず、写真を用いるアーティストの紹介の遅れる理由となっているのだろう。しかしそれだけでなく、彼の出身地が現代アートの中心であるアメリカの隣のカナダ、それも西海岸のバンクーバーであること、また創作の背景となる思想的コンテクストが、60年代後半に起こったコンセプチュアリズムにあることが、彼の作品を一般に馴染みにくくしている大きな原因だと思われる。
80年代の後半に、ウォールが世界的な評価を得るきっかけとなった作品に、本展にも出品されている『語り部』(86年)がある。80年代のアートで、写真というメディア、引用や借用という表現方法が、多くのアーティストに取り上げられ流行したが、ウォールは、この作品でも明らかなように、加えてコンセプチュアル・アートから受け継いだ批判的視点と、逆にそれには欠けていた物語性を組み込んだのである。高速道路の橋の下の土手に、何人かの男女がうずくまり、物思いに耽ったり、輪になって話を交わしていたりする。居場所と身なりから、彼らがホームレスか不法移民のマイノリティであり、そして作品のテーマが、この時代に急浮上してきた社会的問題を扱っていることは直ちに理解される。瞬間を切り取り、行為を中断させる写真が、このように現実の切迫した状況を、ドキュメンタリーとは違うやり方で雄弁に伝えることができるのはなぜだろうか。それは、映画をモデルとして、ウォールが写真に巧みに適用した物語性によるものだ。ライトボックスや、桁外れに大きいサイズの画面は、その効果を高めるのに役立つ。彼は、こうしてコンセプチュアル・アートに付き纏う負のイメージ、すなわち難解さや無味乾燥さを覆す物語の具体性を作品に盛り込むことに成功した。そしてそれは、90年代の若いアーティストたちに大いに利用されることになった。90年代のアートの活動は、確実にウォールをひとつの源としている。
ウォールのアーティストとしての出発点は、さらに10年前に遡る。長い沈黙の後発表された『荒らされた部屋』(78年)は、彼の実質的なデビュー作であるとともに、すでに自らのスタイルを完成させている。ベンジャミン・ブクローは、78年にダン・グレアムのパビリオンと時を同じくしてこの作品が現れたことは、エポック・メイキングな出来事だったといった。それは、コンセプチュアル・アートにいたる「ラディカル・アヴァンギャルド」の実践の行き詰まりに、二人の作品がアンビギュイティを対置したからである。しかしこのアンビギュイティは、アヴァンギャルドの新たな戦略だったのだろうか。それとも転向とはいわないまでも、とりあえず袋小路を脱するための妥協だったのだろうか。この問いに対する回答は、その後のウォールの創作の遍歴を辿って調べていけば与えられるだろうか。80年代の自然と人工物の混在する風景写真、そしてまだ社会批判の側面をもっているものの、次第に作り物めいたわざとらしさが強調され、さらに内向的になり蝋人形のような「生ける屍」と化した人物に判然とする物象化の傾向。そして近作のモノクロームの写真では、薄暗いグレーの色調も手伝って、日常的な見慣れた風景にまつわりつく不気味さまでも表現される。しかし、残念ながら、ウォールとともにまだこの時代に生きているわれわれには、そこから明確な結論を引き出すことはできないのである。
ウォール
作品

ウォール展1
ウォール展2
ウォール展3
ジェフ・ウォール展展示風景 1998年

写真:水戸芸術館
ウォール
作品
ジェフ・ウォール展
会場:水戸芸術館
会期:1997年12月13日〜1998年3月22日
問い合わせ:Tel. 029-227-8120 水戸芸術館現代美術センター

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