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ビルバオ・グッゲンハイム美術館
ヴァネッサ・カステラーノ

Bilbao
ビルバオ・グッゲンハイム美術館の官能的な曲線
美術館写真
美術館写真
際アート界では最近、たった数週間のあいだに世紀の大イベントが3つも相次いだ。スペイン・ビルバオのグッゲンハイム美術館の開館、ロサンゼルスのジャン=ポール・ゲッティ・ミュージアムの開館、そしてパリはルーブル美術館の「大ルーブル」改造計画の一部の完成である。去る10月にオープンしたビルバオ・グッゲンハイム美術館は、現代アート最新の重要拠点となったわけだが、フランク・ロイド・ライトがニューヨークに設計した本家グッゲンハイム美術館が1959年にオープンした時と同様、今回も賛否両論を巻き起こしている。

この美術館はビルバオ市の文化的再生の象徴でもある。ビルバオ市はバスク国の首都ではあるが、目につく産業は造船、商業、製造業といったあたり。ついでに悪名高きテロリスト集団E.T.A.の本拠地として知られてきた町でもある。ビルバオ市にバルセロナ市と競合する力をつけ、後者に集中する投資と観光客を分散させようと腰を上げたバスク行政府は1991年、グッゲンハイム財団に国際設計競技開催への協力を求めた。そして誕生したのがこの建築の傑作である。130億円にものぼる買い物ではあったが、世界の主要都市から羨望のまなざしで見られるようになるのは間違いない。

この比類なき建物を作った男はトロント生まれ、現在68歳のフランク・O・ゲーリーで、ソウルの三星(サムスン)近代美術館、バルセロナの1989年オリンピック村施設などを手がけた経歴を持つ。ビルバオ・グッゲンハイム美術館が建っている敷地は、ネルヴィオン川というビルバオ市最大の川の土手を利用したもので、以前は工場1棟、駐車場1つがあるだけの地味な場所だった。そこにゲーリーは、これまでの傑出したキャリアをも凌ぐ最高の業績を築いた。

正面玄関の脇では花を咲かせた植物で作られた、高さ10メートルの犬が番をしている。アメリカのアーティスト、ジェフ・クーンズの作品だ。建物全体はガラスと金属と石灰岩でできた、銀色の多様なフォルムを組み合わせたもので、それがビルバオの古い町並から唐突に浮かび上がっている。そして、その上には「金属製の花」をイメージしたチタン仕上げの屋根がたゆとう。巨大な未来派彫刻のようなこの建物が、まわりの古い造船工場街とまったく不釣り合いな姿で建っている様は、ルイ16世宮殿の真ん中に鎮座するルーブルの「ガラスのピラミッド」を思わせる。建物を覆う何千枚もの金属製羽目板には刻々と変化する空や川の表情が映し出され、建物と自然環境は予想外の融合を果たしている。太陽の光を受けると、ブルーと金色の曲線のフォルムがきらめき、美術館に生気がみなぎる。設計者はパブロ・ピカソの有名なキュビスム時代の作品「アコーディオン奏者」に大いなる刺激を受けたというが、なるほどこの建物はあの絵画を見事に建築化したもの、と言っていいだろう。ゲーリーの業績が前人未到のものとなった理由はここにある。重力に対抗する複雑なフォルムを、チタンという難しい素材――金より高価な金属素材――で表現するために、彼は航空宇宙産業で開発された3次元のコピュータ・モデリング・プログラムを駆使した。こうしたハイテク技術と芸術的ビジョンを合体させるという離れ業をやってのけることによって、ゲーリーとそのチームは人間の荒唐無稽なSF的ファンタジーを現実のものにし、来世紀の建築を作り上げたのである。

チタン仕上げの屋根ピカソ「アコーディオン奏者」
ピカソ作「アコーディオン奏者」(右)に想を得たチタン仕上げの屋根

館内に入ると、まず高さ50メートルのアトリウムが現われる。この高さはニューヨークのフランク・ロイド・ライトの円形アトリウムの1.5倍以上で、太陽光は頂部の天窓(スカイライト)やガラス壁を貫いて、館内のすみずみに到達している。観客を最初に出迎えてくれるのは、ジェニー・ホルツァー作の「ビルバオのためのインスタレーション」(1997)、ジム・ダイン作「3つの赤いスペイン風ヴェニス」(1997)、クレス・オルデンバーグ+コーシェ・ファン・ブリュッゲンの「柔らかなシャトルコック」(1995)など、巨大な作品群。展示スペースはアトリウムを囲むように3層にわたって配置され、湾曲したブリッジ、ガラスのエレベーター、階段塔によって連結されている。展示スペースには、古典的な構成のギャラリーと、大がかりな作品やサイト・スペシフィックなインスタレーションのために設計されたユニークな展示スペースがあり、後者では、例えばソル・ルウィットが「壁画」シリーズの一環として幾何学形のカラフルなモチーフを壁に直接ペイントしている。名付けて「壁画No.831」。モニュメント性の強い特別展示スペースは奥行130メートル、幅30メートルの大空間だが、驚くべきことに視界を遮る支持柱は1本もない。従来の美術館にとっては1つでさえスペース的に大変だった大規模インスタレーションが、ここでは1度にたくさん行なうことができるのである。というわけで、この比類ない大容量の美術館にはすでにリチャード・セラの巨大な金属彫刻「ヘビ」や、ロイ・リキテンスタインによる13平方メートルの「壁に鏡のかかっている室内」などが入っている。

リキテンスタイン「壁に鏡のかかっている室内」
ロイ・リキテンスタイン
「壁に鏡のかかっている室内」(リトグラフ、1991)
オープニング展の『グッゲンハイム美術館と今世紀のアート』では、新設されたビルバオの永久コレクションからの作品と、ニューヨークとヴェネツィアのソロモン・R・グッゲンハイム財団のコレクションからのものが展示された。総計250点の絵画彫刻作品は、そのまま20世紀アートの人名録になる。まず、近代を代表する巨匠、カンディンスキー、マティス、ピカソ、モディリアニ、マルク・シャガールらで始まり、最後はデミアン・ハースト、ビル・ヴィオラ、ジェニー・ホルツァーといった、マルチメディアをベースとした今日の錚々たる顔ぶれで締めくくられている。デュビュッフェ、デ・クーニン、マザーウェル、マーク・ロスコは抽象表現主義コレクションの代表格、一方、ポップアート、ミニマリズム、アルテ・ポーヴェラ、コンセプチュアル・アート、グラフィティ・アートでは、カール・アンドレ、ボイスギルバート&ジョージ、イヴ・クライン、リキテンスタイン、アグネス・マーティン、ブルース・ナウマン、ウォーホルジャン=バティスト・バスキアらが主要作家として登場している。スペイン勢は、エドゥアルド・チリダ、アントニ・タピエス、クリスティーナ・イグレシアス、フランセスコ・トーレス、フアン・ムニョスといった顔ぶれ。基本的に戦後の作品であり、特に北米とヨーロッパ北部の作家が過去40年間に創作したものに集中している。つまり、東欧、南米、あるいはフランスでさえ出品作家はまばらといった具合で、アジア、アフリカ、オセアニアとなると1人もいない。今回のこうした文化的多様性の欠如に対して、財団ディレクター、トーマス・クレンズは批判を浴びることになった。さらにクレンズは、スペクタクル性の強いものや商業的なものに片寄り過ぎるとの批判も受けている。

シャガール「窓から見たパリ」 カンディンスキー「コンポジション8」
マルク・シャガール
「窓から見たパリ」(1913)
カンディンスキー
「コンポジション8」(1923)
それでもなお、今回のオープニング展と新設コレクションはアート帝国グッゲンハイムの威力を見せつけるものであり、アートを愛してやまないグッゲンハイム家の誇るべき伝統をしっかりと引き継いだものであると言えよう。グッゲンハイム財団と建築家フランク・O・ゲーリー、そして未来構想に燃えるバスクの行政者たちが力を合わせたことで、美術館の目算する「年間50万人の観客」は、間違いなく世界各地からビルバオ市を目指してやって来ることになるだろう。

ミロ「風景」 マザーウェル「スペイン共和国No.110への哀歌」
ミロ
風景 (The Hare)(1927)
ロバート・マザーウェル
スペイン共和国No.110への哀歌(1971)
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