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色彩は世界を分節するか
《アメリカの現代版画・文字とイメージ》展
伊東 乾

活字など印刷技術が本質的に「版画」であること。それを得てして忘れ易いと感じるのは僕個人の思い過ごしだろうか。「書物」あるいは「テキスト」というとき、それらがエクリチュール以前に色彩を型押しされた班痕であること。そんな当然の事実の奥行を、色彩というプリズムを通じて改めて思い起こさせる作品群と対面してきた。
プリズム。例えばジャスパー・ジョーンズの10点組〈Color Numerials: Figures from 0 to 9〉(1968-69)に注目しよう。10点の画面おのおのに0から9まで数字が一つずつ、色彩の帯の上に浮かんでいる。〈0〉は赤から紺にいたる虹の連続スペクトルの上に佇むばかりだ。ところが、次の画面に〈1〉が刻印されるとき、画面は下から黄〜赤/紫、三色の帯を従える。特に自然光の連続スペクトル両端で、絶対に出会わない赤/紫が不連続に交差するエリアの淀み、くすみに視線は引きつけられる。「自然」な連続スペクトルに切断を入れた所に立ち現れる色彩の混逅。それに重ねて〈1〉という決定的な飛躍が起こるとき、画面には同時に新聞の紙面がスーパーポーズされていた。〈2〉以後は赤/紫から紺〜緑〜黄〜橙〜赤の虹の七色スペクトルに沿う形に三色ずつの帯が選ばれて、各々特徴的な質感をもった数字がその上に浮かびあがる。だが8番目の〈7〉では必然的に次の断絶が回帰する。つまり赤の次に再び紫が現われる、そしてそのとき画面には〈モナリザ〉の引用と(多分画家本人の)左手の白い手形とが重ね合わされるのだ。次の〈8〉では赤/紫/緑の断絶の帯が、〈9〉では紫/緑/橙の三色が選ばれ、ここに至って、数字はこの七色では絶対に合成され得ない濃度の高い白に塗られ、記号は色の帯とは別の次元へと去っていくのである。人間の目は必ずしも虹を七色に見るとは限らない。ある種の文化が虹を五色に見ることからも知れるように、虹の七色分節も文化的な由来による一つの「身体の調律」に他ならない。そのように分節〜調律された私たちの身体が、どこに連続したグラデーションではない「分節点」を見いだすか。そしてその分節点こそが、私たちに〈イメージ〉さらには〈文字〉を許容する結節点でもあるのだが、その事実そのものが〈数〉という分節に重ねて画面に刻印される。あるいはこう言い直してもいいだろう、作品が私たちの身体を反射する。画面が私たちの知覚に刻みつけられ、謄写されている分節コードを浮き彫りにし、その分節のグレーゾーン、あるいは別の強度──例えば〈白〉は明らかに別の強度だ──をもって私たちの身体に〈もう一つの分節〉を覚醒させるのではないか。この展覧会に集められた幾つもの作品が、問わず語りにその事を思い起こさせる。

ロバート・マザウェルの21点組〈A la pintura〉(1968-72)の、色彩と言語の多重分節〔詩人ラファエル・アルベルトの、黒、青、赤、白の四つの色にまつわる48のテキストが、原語(スペイン語)と英訳とで一つの画面に色違いに併記される〕が柔らかな質感の紙面上に、圧力の痕跡も明確に押しつけられて様態。あるいはエドワード・ルシャの、液滴の質感をもったロゴタイプのような作品群──これらは実際に水滴などで文字を描き、照明条件を整えて写真撮影した上で、新たに平面と色彩の問題に捉えなおして作成されたのではないかと思われるのだが──は、同じ問題をよりポップな観点から示しているようだ。しかし、文字形象を一切用いていないバーネット・ニューマンの18連作〈18 Cantos〉(1963-64)が〔カラーフィールドペインティングとは相反するようだが〕版木の木目や彫跡の質感、あるいは色彩と余白との関わりで、文字〜記号以上に雄弁に「歌っている」(Cantosは詠唱される「詩篇」)──というより、時間の流れを息吹きとして感じさせる、という方が妥当だろう──のは(キュレーターの意図に沿うか反するかは判らないが)僕にはとても面白く思われた。色彩は世界を分節するか──その答えはひとまず留保するとしても、身体⇔世界を分節しなおす端緒は、気づいてみれば至る所に開かれている、そんな事実を覚醒させる平面〜空間〜時間が、会場には一杯に充溢していた。

ロバート・マザウェル

絵画1

絵画2

絵画3
「絵画」1968-1972

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バーネット・ニューマン

詩篇1

詩篇2

詩篇3
「18の詩篇」1963-1964

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写真提供
神奈川県立近代美術館


《アメリカの現代版画・文字とイメージ》展
会場:神奈川県立近代美術館
会期:1998年2月7日〜3月22日
問い合わせ:0467-22-5000

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