reviews & critiques
reviews & critiques ||| レヴュー&批評
home
home
dance
韓国グルーヴ行脚
『速度ノ花』山田せつ子&チャンム・ダンスカンパニ−etc.
桜井圭介

(前回までのあらすじ)ダンスは「硬い」のと「しなやか」なのとでは「しなやか」なほうがいいに決まっているが、目下、東京のダンス・シーンにおいては「しなやかさをよそおう」という、一番たちの悪い病理が進行しているのだった。僕はグルーヴを求めて韓国を旅することにした。
1週間のあいだキムチ味のさまざまな料理を食べ続け、さまざまな伝統芸能に接し、頭の中ではいつしか勝手にチャンゴのリズムがわんわん鳴り響くようになった。3拍子を基本とするそのリズムは精妙複雑かつグルーヴィなもので、アクセントの付け方や伸び縮みするテンポによって自在に変化して聞こえるのだ。ある瞬間はスウィング・ワルツ、あるいはアフロ・キューバン、サンバに、と。そしてそれを踊る身体は軽さと重さ、強さと柔らかさを持ち併せていなければならない。正しい意味で「しなやかさ」と呼ばれるべき「鞭の身体」を。
 あるいは、明洞のCDショップで試聴したナイスなラップ・グループ“DJ・DOC”。ハングルの場合、日本語のラップが苦労するような「1シラブル1音」という不自由さがないので、英語と同じくらい細かく符割りが出来るそのせいもあるが、言葉の乗せ方の遊びが自在に繰り広げられグルーヴを生んでいた。僕のなかで「韓国人=黒人」説が膨らんでいく。
 ところが、ディスコではもっぱら「縦ノリ」だ。テクノといえばテクノだが、別にドラム&ベースとかそういったあれではない。要するにイケイケな「ユーロ・ビート」である。ウーン、これはもしかしたら「日本の文化侵略」ってやつかもしれない。こんなにグルーヴのある民族が何でわざわざジャストなビートで踊らなきゃいけないの?って大きなお世話だけど。だが、ちょっと見には馬鹿っぽいビートで馬鹿っぽく踊る彼等をしばらくみていると、ハイテンポの縦ノリビートにもかかわらず、しっかり溜めを作ってグルーヴィに踊っているではないか。これはすごい。高等技術だ。しかもどこかの「クラ馬鹿」と違って全然カッコつけてない。ただ踊りを楽しんでいるだけ。彼等は「ダンスをする」のではなく単に「踊る」。「身体の在りよう」じたいが「ダンス」なのだ。恐るべし、ダンス民族。
そして、韓国伝統舞踊を完璧に習得したダンサーたちで構成され、かつコンテンポラリーな表現を追求しているチャンム・ダンスカンパニー。日本人、山田せつ子がカンパニーの委嘱により作った『速度ノ花』がソウルで初演された。
 山田は単にダンサーに振りを与える「振付」という方法を避け、ダンサーが(潜在的に)持っている動き(そこには当然、韓国舞踊の動き、個々人の資質からくる動きが含まれる)を引き出し、再び構成しなおすというリスキーな作業に賭けた。ただ一点、作品じたいが要請する「身体の在りよう」を伝えることに固執し、作者とダンサーがそれを共有することで舞台を成立させようとした。アストル・ピアソラの音楽で踊られる中盤のシーンはとりわけ感動的だった。ゆっくりした上下動、それもごく小さく肩を上下させることが波状的に拡散・増幅していく。この短いシーンは、ダンスというものの本質を即座に理解させる。「ダンス」とは「微細な振動」という快楽を堪えつつ(溜め!)生きる、そうした「身体の在りよう」のことなのだ、と。
そしてそこに見られるものは、韓国舞踊でもあり、同時に「舞踏」(日本のオリジナルなダンス/身体)的表現のきわめて傑出した例(軟弱な白塗り野郎には到達できない高み)でもあり、アルゼンチン・タンゴというダンス音楽のダンス的精髄(ピアソラが、これほどタンゴとして、ダンス音楽として聞こえた体験は初めてであった。あの安っぽさすれすれのセンチメンタルなメロディとコード進行は私には歌謡的過ぎるのだ)。でもあるような、ひとつのものであった。つまりそこにはひとつのまぎれもない「ダンス」(という身体の在りよう)があったということだ。
追記:ソウルのディスコでは、ダンス・タイムとドリンク・タイムが完全に分かれているらしく、いきなり誰もフロアからいなくなるのだが、そこで初めて“黒系”のルーズなビートが掛かる。僕は負け惜しみで(席は立たなかったけど)ここぞとばかりに体を動かしたのだった。



hana02
hana01
速度ノ花
DJ DOC
DJ DOGアルバム・ジャケット
『速度ノ花』The Flower of Time
チャンム・ダンスカンパニー(創舞会)Chang Mu Dance Company
会場:ソウル、湖巌アート・ホ−ル Hoam Art Hallにて初演。
公演:1997年9月10日
問い合わせ: チャンム・ダンスカンパニーに関して
tel 02-337-5961 Chang Mu Art Center チャンム芸術院
山田せつ子に関して
tel 03-3483-3520 ABRAXAS アブラクサス
< DJ・DOC/4th ALBUM > KING RECORDCO (KSC-7014PA)


top
review目次review feature目次feature interview目次interview photo gallery目次photo gallery





Copyright (c) Dai Nippon Printing Co., Ltd. 1997