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プライバシーステートメント
地域づくりとアート
仙台の仮想アートセンター
──文化スポットをつなぎ視覚化する「SCAN」
影山幸一
東北における美術館の地域プロジェクト
宮城県美術館
宮城県美術館
 東北地方のアートシーンといえば青森県なのだろう。2006年に開館した青森県立美術館や「奈良美智+graf A to Zプロジェクト」など東北らしい風土と現代アートのコントラストが輝き始めた。そして、気になっていたのが宮城県仙台である。東北最大の都市でありながら美術系のアートイベントが少ない。しかしかつて2005年11月5日から12月24日、仙台市と気仙沼市で「五感の都市へ──仙台芸術遊泳」(SCAN2005)が開催されていたのだ。このアートイベントを主催した「せんだい視覚芸術振興くみあいプロジェクト(英語名Sendai Contemporary Art Network:SCAN)」(以下、SCAN〈スキャン〉)のその後が気になっていた。先月2月15日・16日、宮城県美術館 で開催された(財)日本博物館協会主催の「平成18年度博物館指導者研究協議会美術部門」(以下、協議会)に出席した。東京から東北新幹線で最短1時間40分のところ、車で向かった仙台は雪が降り始めた。
 開館25周年を迎えた宮城県美術館の長谷川三郎館長の基調講演「美術館と地域社会」に始まり、2日目は宮城教育大学教授(美術理論・美術史専門)で、SCANの中心となってコーディネーターを務めた新田秀樹氏(以下、新田氏)の「地域との連携によるアート・プロジェクト」、気仙沼市にあるリアス・アーク美術館・山内宏泰主任学芸員の「地元参加型プロジェクト 美術と民俗の融合」、岩手県の萬鉄五郎記念美術館 ・平澤広学芸員の「美術館を中心としたまちづくり」の講演ほか、シンポジウム「地域の活性化とアート」が開かれた。地方自治体の財政難のなかで、美術館運営が制約される状況下、学芸員の苦肉の策ともいえる美術館の地域プロジェクトなど、課題をいくつも抱えながら美術館を維持、発展させていこうとしていた。地域の学芸員の奮闘ぶりを地元で伺うのはやはり切実だ。活動事例などの発表により、リアルに伝わってきた。仙台で何かが胎動を始めている。

ネットワークがつくる仙台芸術遊泳
新田秀樹
SCANのコーディネーター新田秀樹教授
(smtにて)
 気になっていたSCANとは、現代アートの鑑賞者を増やし、地域の文化芸術活動の環境整備のために作られた、ゆるやかな文化教育機関ネットワークである。元宮城県美術館の学芸員でもある新田氏は、SCANの発想の根源をこう述べている。「美術館という箱の存在を確認し、美術館運営が困難なこの時期を乗り越え、克服するためにネットワークという手法があるのではないか。今までは別々だった美術館、博物館、せんだいメディアテーク(以下、smt)が、一時期でも同じテーマで一緒にアートイベントを開催すれば仙台の文化ゾーンが可視化できる。そしてネットワークを組み、回遊ゾーンを作ることで、心の豊かさ・地域づくりにも貢献できる」。単独の文化施設だけでなく、地域ぐるみの活動が不可欠であることを感じていたsmtを中心に、宮城県美術館、リアス・アーク美術館、せんだい演劇工房10-BOX、宮城教育大学、東北工業大学NPO法人リブリッジ(画廊リブリッジ・エディット)、横道AGO(喫茶・雑貨店)が、それぞれの活動や組織母体の違いなどの枠組みを越え、共同で実行委員会を作り、企画運営を行なうネットワークがSCANである。(財)地域創造 の「地域の芸術文化環境づくり支援事業」助成金430万円ほどを得た単年度の実験的事業であったSCAN2005は、一定期間地域のアートの場をつなぎ現代アートを集中的に公開した。これにより観衆がまちを楽しそうに回遊したり、アーティスト・イン・レジデンスやシンポジウムを開催するなど、9つの企画(「光の軌跡」「荒井俊也彫刻展〈悪魔その後…〉」「共鳴する美術館 音のかけら──金沢健一展」「コラボアートラボ」「まちの最前線にアートをひとつ──仙台のアートフロントライナーになろう!・アートフロントライナー養成講座」「N.Eblood21:東北、北海道の若手作家シリーズVol.20 鈴木涼子」「アジアの横道 五感で楽しむアジアの文化」「光のひろば」「アートセンター円卓会議」)を実施してきた。

「つなぐ」ことで見える仮想のアートセンター
『五感の都市へ──仙台芸術遊泳』記録集
『五感の都市へ──仙台芸術遊泳』
記録集
 約1万5,000人の観覧者を集めたSCAN2005の最大の収穫は、各機関を「つなぐ」試みが実現したことだと新田氏は言う。当初、現代アートの活発な鑑賞者を増やす目的だったが、仙台には芸術系の大学が少なく、現代アート専門の美術館、アートセンターのような創造拠点がない。鑑賞する対象がなければ話ははじまらないと、コンテンツ供給の仕組みづくりを行なうことにシフトした、と新田氏は振り返る。SCANの「つなぐ」アクションは、仙台において離散状態のアート関連機関を横断的につなぎ、文化ゾーンとして視覚化して見せたことである。全国のアートセンター的機能を備えている機関と協力していける舞台として、仮想のアートセンターを作り、現実のアートセンターともお互い対等に交流できないかという考えのもと、smtで「アートセンター円卓会議」を開催した。会議の様子はWebサイトにストリーミング配信された。参加機関は、国際芸術センター青森、トーキョーワンダーサイト、BankART1929、アーカスプロジェクト、京都芸術センター、神戸アートビレッジセンター、山口情報芸術センター、リアス・アーク美術館、smtの9機関と、コメンテーターの国際交流基金情報センターであった。SCANは資金力・組織力・マネジメント力不足などの課題があるというが、潜在能力の高い既存のハコものを生かして、バーチャルでネットワークを展開するという、アートセンター連携の模索がここにある。

楽都・劇都、そして美都
 仙台は、東北地方の経済・政治・文化の中心地である。伊達家62万石の城下町として江戸時代から栄え、地名の仙台は千体・千代・川内とも書かれていた。広瀬川と国分川に囲まれた川内説や、アイヌ語説など地名の語源には諸説あるようでなかなか杜の都は興味深い。現在人口は1,028,239人(平成19年2月1日現在)。意外にも仙台からは南東北を形成する山形や福島と近く、高速バスが発達して、どちらも1時間ほど。また、仙台は東北大学があることから学都といわれ、近年では音楽のまち“楽都”、演劇のまち“劇都”と文化的ブランドイメージが広がっている。しかし美術のまち美都などとは呼ばれていない。仙台市全体の文化振興を司っているのは仙台市企画市民局文化スポーツ部、美術系は教育局の教育委員会の所管と文化行政が縦割りなっているそうだ。けやき並木が美しい定禅寺通りは、1年に1作品ずつ彫刻を設置する「彫刻のあるまちづくり」が24年間にわたり行なわれ、野外彫刻24点が緑地帯などに設置されている。この通りに面して仙台市の生涯学習施設smtができたのは、2001年。ギャラリースペースはあるがここはいわゆる美術館ではなく、どちらかというと図書館の性格が強い。4月からsmtを運営する指定管理者は、現在の(財)仙台ひと・まち交流財団から楽都・劇都を運営する(財)仙台市市民文化事業団 に変わる。5年間の契約期間中に変えるものと変えないものを長期的にも見極めた改善が期待されている。

微動する東北
 芸術・文化交流を地域に根付かせる新しい動きが出てきている。地域連携の利点には予算削減・広報力の強化・行政評価のポイントが上がるなどがあるが、仙台が持っている独自の地域資源とアートの組み合わせによる新たな広がりが出てきそうだ。宮城教育大学助教授であり、アーティストでもある村上タカシが企画参加している「仙台アートシティプロジェクト〈ART仙台場所〉」。そのほか、仙台市から車で約30分の宮城県塩竈市にある港に近い「・・・ビルド・フルーガス」はカナダとの交流を進めるアートスペース。同じく塩竈市でも急斜面に建てられたユニークな建築が目を引く小さな美術館は、阿部仁史設計の「菅野美術館」、大崎市・鳴子温泉で毎年開催される「GOTEN GOTEN アート湯治祭」、他県ではあるが先の協議会の講演で発表のあった岩手県・萬鉄五郎記念美術館が行なっているアート・プロジェクト「街かど美術館アート@つちざわ〈土澤〉」や、アーティスト中村政人の新アートユニット「0/DATE(ゼロダテ)」による中村の故郷・秋田県大館市を活性化する動きなど、東北の新たなシーンが生まれている。

宮城のアーティストデータベース
樋口佳絵《梅雨前線》
危うく存在している子供たちの姿を、清々しく描がく
樋口佳絵の《梅雨前線》
150×180cm,パネル・テンペラ・油彩,2006
(画像提供:宮城県美術館)
 宮城県最大の美術拠点である宮城県美術館で4月8日まで開催されている『開館25周年記念 アートみやぎ2007』は、宮城県内在住または出身の現代作家、石川舜・及川聡子・翁譲・加藤千尋・木伏大助・佐藤淳一(佐藤淳一[2005年7月15日号参照])・タノタイガ・樋口佳絵らによる8名の展覧会である。初めて見た樋口佳絵の作品は、一見稚拙なイラストだがフラットで上品な板絵となって新鮮だった。テンペラと油彩の混合技法からくる画質のためか、乳白色で透明感のある色彩空間の心地よさと、手足の極端に小さい子供たちの絵とがアンバランスで不安感を増幅させている。「現代性と古典性、技巧と素朴さ、そして心を癒す暖かさと不安や孤独感を増幅させる冷たさ」とこの展覧会を企画した三上満良学芸員が図録に書いているとおり、相反するものを重ね合わせる手法からは奈良美智の系譜を感じる。また、この美術館のホームページから予測はついたが、やはり人と予算などの問題で、宮城県美術館のデジタルアーカイブ構築は残念ながら積極的には進んでいなかった。このような状況は宮城県だけのことではないはずだ。スタンドアロンでもいいから一県に一台は、その地域のアーティスト情報を収集して、公開してもらいたい。美術館職員の日常の業務や研究に便利なだけではなく、たとえば地方へ初めて行ったときに、その場で地元に関係するアーティスト・作品・ギャラリーなどの情報を総覧できる、地域を知るためのひとつとしても役立つアーティストデータベース。見知らぬ場所で観たい作品を探し出し、実際に滞在期間中に作品を見るということは容易ではない。アーティストの地元で見る作品は、他の土地で見るよりも一段と創造力が増すのは私だけではないと思う。

Web2.0時代のSCANアートセンター
 SCAN2005の経験と成果を踏まえた、SCAN2007に向けた企画も動き出している。SCANの日本語名は「仙台視覚芸術振興ネットワーク」となり、事務局はsmtから宮城県美術館に移る。構想として8月の「仙台七夕まつり 」や12月のイルミネーションイベント「光のページェント 」などの祭事に合わせたアートイベント「仙台芸術遊泳」のシリーズ化、東北6県にわたる美術館の展覧会情報を一覧できる「アートマップ&展覧会ガイド」の製作と「ミュージアム広報データベース」の構築、iPodの携帯音楽プレーヤーでも聞ける「ミュージアムラジオ」の配信など、これらコンテンツの開発・製作を視野に入れたWeb2.0時代の「SCANポータルサイト」の公開。あるいは資金調達のシステム作りとなる「SCANアートファンド」という自立経営を持続する構想もある。仮想ではない現実の「SCANアートセンター」開設へ向けた足音はすでに聞こえているようなのだ。

■せんだい視覚芸術振興くみあいプロジェクト(SCAN)基礎データ
プロジェクト名:せんだい視覚芸術振興くみあいプロジェクト(SCAN:Sendai Contemporary Art Network)
参加機関:せんだいメディアテーク、宮城県美術館、リアス・アーク美術館、せんだい演劇工房10-BOX、宮城教育大学、東北工業大学、NPO法人リブリッジ、横道AGO
委員長:埣浦功夫
目的:地域の文化芸術活動の環境整備
活動:「五感の都市へ 仙台芸術遊泳」として、「光の軌跡」「荒井俊也彫刻展〈悪魔その後…〉」「共鳴する美術館 音のかけら──金沢健一展」「コラボアートラボ」「まちの最前線にアートをひとつ──仙台のアートフロントライナーになろう!・アートフロントライナー養成講座」「N.Eblood21:東北、北海道の若手作家シリーズVol.20 鈴木涼子」「アジアの横道 五感で楽しむアジアの文化」「光のひろば」「アートセンター円卓会議」を開催
会期:2005年11月5日〜12月25日(50日間)
主催:せんだい視覚芸術振興くみあいプロジェクト実行委員会
協力:(財)仙台市市民文化事業団・仙台観光コンベンション協会
助成:(財)地域創造「地域の芸術文化環境づくり支援事業」


■参考文献
西村勇晴、三上満良『開館25周年記念 アートみやぎ2007 図録』p.4〜p.11, 2007.1.30, 宮城県美術館
新田秀樹「〈五感の都市へ──仙台芸術遊泳〉街に広がる現代アートのネットワーク せんだい視覚芸術振興くみあい(SCAN)の実験的プロジェクト」「月刊ミュゼ」No.61, p.16〜p.17, 2006.7, アム・プロモーション
『五感の都市へ──仙台芸術遊泳』2006.3.20, せんだいメディアテーク
「デジタルアーカイブ研究セミナー2003〈デジタルアーカイブをどう活かすか〜これからのミュージアム情報発信〉」「デジタルアーカイブ」No.24, p.8〜p.9, 2004年春, デジタルアーカイブ推進協議会
小林隆、日端康雄「都市マスタープランの策定過程におけるインターネットの活用可能性に関する考察―大和市の計画策定事例を中心に―」「都市計画215」Vol.47/No.4, p.77-p.85, 1998.11,(社)日本都市計画学会
2007年3月
[ かげやま こういち ]
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掲載/影山幸一
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