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丸山直文《Butterfly song》
──止揚の場が生まれるステイニング「鷹見明彦」

影山幸一
丸山直文 《Butterfly song》2004, 国立国際美術館所蔵
丸山直文 《Butterfly song》2004, アクリル・綿布, 260×260cm, 国立国際美術館所蔵
無許可転載・転用を禁止, Digimarc
copyright Naofumi MARUYAMA, courtesy Shugo Arts
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1990年デビュー
 1990年の絵画不振の時期に、新世代ペインティングのシンデレラ・ボーイという鮮烈なデビューを果たしたのが画家、丸山直文(以下、丸山)だった。1980年代後半から現代美術を見始めた私は丸山の登場をよく覚えている。今はなき東京・池袋の青山ギャラリーの初個展が丸山の出発点である。しかし、当時私は形式を重視するフォーマリズム的絵画にリアリティーを感じず、丸山の描いた細胞の組織を拡大したような抽象画に満足できなかった。20代だった青年も40代なかばになって、美術館での初個展を迎える。丸山の作品は変化し続けている。ゲルハルト・リヒターの影響だろうか、抽象画だけでなく、人の顔や風景など、具象を描くようになった丸山。私はその絵に親しみを覚えるようになっていった。現代の自然風景をしっかり描ける現代美術家を求めていたその頃、丸山が風景を描き始めたから少し驚いた。長年理解できなかったものが時を経って通じ合ったような不思議な感覚。それは今も本当は理解できてはいないのかもしれないが、丸山のセンスや表現したいことを感性で受け止められた瞬間だった。素直で前向きな人なのだろうか、永遠の少年と言われる丸山が今、風景画を描いている。丸山の絵を鑑賞してみたいと思った。

選ばれた絵
 丸山の作品を取り扱う画廊・シュウゴアーツに、美術館に収蔵されている丸山作品の画像を、インターネットに掲載したいことを伝えると、丸山と相談し《Butterfly song》を選んで掲載を快諾してくれた。国立国際美術館 (大阪)が収蔵している作品という。この実物を私はまだ見ていなかったが、カラフルな彩色を施した水墨画のようでもあり、かわいく、おしゃれなアニメーションのコマ撮りのようにも見える、やわらかな日本画を感じさせる正方形の作品である。この絵の見方を丸山のデビューから見てきた美術評論家の鷹見明彦氏(以下、鷹見氏)にお伺いした。鷹見氏は、丸山と同様に1990年前後から若手の現代美術家や内外のアースワーク系の現代美術について評論活動を始め、特に初期から蔡國強のサポートをするなど、中国やアジア、沖縄のアーティストにも詳しい。『美術手帖』で名前をご存じの方も多いだろう。私は、かつて東京の住宅地にあった画廊、ガレリアキマイラ発行の冊子『KITCHEN CHIMERA』で鷹見氏を知っていた。東京都現代美術館で初めてお会いすることとなった。

入口はファッション
 
鷹見明彦氏
鷹見明彦氏
鷹見氏は2003年に丸山のアトリエを訪れ、丸山をインタヴューしていた。自然体でプレーンという丸山は、新潟県の高校を卒業後、地元のスーパーマーケットに就職したが、当時流行っていたDCブランドやファッション業界に魅せられて上京、東京の文化服装学院(ビジネス・コース)とセツ・モードセミナーに学んだ。ビル清掃のアルバイト先で知り合った友人が、Bゼミ(横浜にあった現代美術の学校)に行っていた縁で丸山もBゼミ生となる。そして演習ではモダニズムの方法論と、実践することの教化に努めていた岡崎乾二郎や中村一美に学ぶ。丸山は中村一美の「絵が好きだったら、絵を裏切れ」という言葉をよく覚えていると言う。知識や技術を習得することで成熟するのではなく、自分自身の頭で考えることで、自分ならではの作品を作れという意味らしい。「もともとファッションの世界に憧れて服飾関係の勉強をしていた丸山のファッション的なセンスが、その後の現代美術との出会いによって開花した。既製のキャンバスを使わずにじかに綿布に絵具を流し込んだり、アメリカの抽象表現主義(ポロック、ロスコ、モーリス・ルイス など)のドリップする絵画技法や、素材を表現の要素として再生する現代美術の表現法を身につけていった」と、鷹見氏は丸山の画業を振り返り、作品《Butterfly song》を解説してくれた。

【Butterfly songの見方】
(1)要素と構成
一定の大きさのフレームに限定されたスクエアな平面の上に、線やドット(点)などの要素によって構成される絵画表現の基本が踏まえられている。

(2)構図
同じ画像を少し変化させた画面を左右2つに分けている。これまでの丸山の作品のなかでは、水に映りながら連続する風景のように、縦長で上下の鏡像効果を見せる構図は多くあった。しかし、この作品では左右を使って、静止画である絵画と、アニメのコマ撮りのような動画の表現とが対比的に扱われている。

(3)技法
ファッションのプリントや東洋画でもよく使われる蝶や樹木のモチーフを意識的に引用している。クールに計算された図像と、ステイニング(Staining)といった瞬時に描ける技法の集中力とライブな感覚とが一体になっている。一見やわらかく、同時に張りつめた表現が成立している。ステイニングは丸山の一貫した絵画の表現手法である。

(4)表現範囲
見るからにポップでもなく、重くハードな純粋美術のよろいをまとうでもない、レンジが広い絵である。

(5)表現内容
 1. キャンバスやアクリル絵具が、それ自身持っている性格と、東洋画を思わせる図像と描法の境界に、東洋と西洋、伝統と自由な絵画の要素が混じり合い、独特の軽やかなバランスによって展開されている。
 2. 蝶や木を描いた具象画であり、ドット、線など絵画を成立させる要素を平面全体に配置した抽象画でもある。にじみによって描かれた空間を見つめていると、具象と抽象の境界が溶けていく。

(6)色彩
画面に散らばるドットの色彩感覚が、ルイ・ヴィトンのセンスにも通じる。


デジタル画像を読む
A.「分割したButterfly song」
A.「分割したButterfly song」
B.「左右反転したButterfly song」
B.「左右反転したButterfly song」
C.「ドットを消したButterfly song」
C.「ドットを消したButterfly song」
 《Butterfly song》に舞う蝶は、画像を拡大表示するとにじんで見える。それは画像の解像度が低いためなのか、ステイニングによるものなのか、実物と見比べる必要があるだろう。作品の理解を深めるため、また画像の特性を知るための試みとして、丸山と画廊の許可を得て、作品の画像を加工してみた。こういうことができるのがデジタル画像の良い点である。

A.「分割したButterfly song」
左右2画面で構成されている《Butterfly song》を1画面ずつに分けてみた。掛け軸のような縦長の1画面では絵の迫力が伝わってこない。また離れてしまった絵はもはや1つの作品には見えない。丸山はどうして1作品に2つの画面を入れたのか。左画面の木は太く、右画面の木は細い。それとは対照的に蝶は3匹とも右画面の方が大きく描かれている。同じ絵柄を反復させて左から右へ、蝶が舞う空間表現を目指し、静止画よりも動画のイメージを強調したことがわかる。

B.「左右反転したButterfly song」
左右同じような絵柄だったので、その差異を調べるために左と右の絵柄を入れ替えてみた。動きのあった画面がバラバラな印象になってしまい不安定な絵に変わった。やはり左右はもとのままが作品として安定していることがわかった。

C.「ドットを消したButterfly song」
カラフルな色のついたドットと、木にある黒いドットを消してみた。奥行きがなく時が止まった絵になってしまった。葉のない木が柳のようでもあり、空想の木にも見える。ドットがあることで空間に奥行きと広がりができ、蝶と呼応して明るい物語の世界に導かれていく。

ステイニング
 丸山の作品が変化しても、変わらないのがステイニングである。ステイニングとは、下塗りのされていない生のキャンバスに多量の水で絵具をにじませる技法。「手癖の痕跡や絵具の物質性を排除したい。描く作業と消えていく現象が同時にあって、それぞれの力がお互いを打ち消しあうところに止揚の場が生まれる」と、丸山がステイニングを使う理由を述べていた、と鷹見氏。ステイニングには思うようにコントロールできない不自由さがある。しかしその不安定な状態が、制作して行く上で重要と言う丸山は、偶然性とライブ感に、知性をアレンジして“染み”をアートに昇華させて行った。和紙や絹など支持体の裏から絵具を染み込ませて柔らかい表現をする日本画などで使われる裏彩色(うらざいしき)という表現方法を思い出すが、巨大な綿布にアクリル絵具を染み込ませ、厚さゼロの絵を描くのも技術がいるだろう。ステイニングによって、裏側が正面のような錯覚を感じたという丸山。この感覚が今年美術館で初個展となるタイトルになっていった。

美術館での初個展
 「丸山直文展──後ろの正面」が東京・目黒区美術館で2008年9月27日から11月9日まで開催される。丸山の20年間の画業を紹介する美術館での初個展である。色と線の境界線がぼやけ、どこか懐かしい記憶にも似た作品たちに出会える。風景・室内・ポートレイト・抽象と4つのスタイルの作品を各部屋に分けて展示されるそうだ。また、丸山と同じくステイニングを用いるモーリス・ルイスの展覧会が9月13日〜11月30日まで、千葉の川村記念美術館で開催されている。今年はステイニングの年だ。「予兆でもありえるような記憶……、現在につながりながら現在に囚われない世界の記憶と広がりに結ばれる虚構の空間として、絵はある」(『美術手帖』Vol.835, 丸山の言葉より)。「変化することこそ、自分らしさ」というファッションにも通じる時代感覚をまといながら、丸山の絵画は抽象と具象の円環のなかで、これからも既成の絵画の枠組みをゆるやかに揺さぶっていくに違いない。

主な日本の画家年表(15世紀〜19世紀)
主な日本の画家年表(15世紀〜21世紀) 作成:筆者
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【画像製作レポート】
 画像は作品をデジタルカメラで撮影したデジタル画像を利用している。著作権者である丸山氏所有の画像を丸山氏より委託された画廊から、画像の利用許諾を得て送信してもらった。受け取ったJPEG形式で2MBの画像をもとに電子透かしDigimarcを埋め込み、画像ビューワーZOOFLAで表示した。作品を直接撮影した撮影者は不明。丸山氏よりオリジナル画像の改変許可を得て製作した画像「分割したButterfly song」「左右反転したButterfly song」「ドットを消したButterfly song」の3点は、Photoshopで作業を行なった。
[2021年4月、Flashのサポート終了にともない高解像度画像高速表示データ「ZOOFLA for HTML5」に変換しました]



■鷹見明彦(たかみ・あきひこ)
美術評論家 。1955年北海道生まれ。中央大学文学部哲学科卒。国際美術評論家連盟会員。1980年代後半から蔡國強などの作家活動をサポートしながら、 1990年以降『美術手帖』を中心に多くの評論、特集にたずさわる。BT特集「クリスト/アースワーク」「祈り/癒し」「地球大美術」「蔡國強」「現代美術の素材と技法」「動物とアート」「ゼロゼロジェネレーション」「現代色彩事典」「日本近現代美術史」など。主な共著書に『20世紀の美術と思想』『現代美術の教科書 NEW ART THEORIES!』(美術出版社)、『芸術・思想家のラスト・メッセージ』『アート×セラピー潮流』(フィルムアート社)、『ベネッセ福武国語辞典』など。

■丸山直文 (まるやま・なおふみ)
画家。1964年 新潟生まれ。文化服装学院、セツ・モードセミナーを経て、90年 Bゼミ修了。90年に青山ギャラリーで初個展(東京)、ステイニングで描いた抽象画作品を発表し、シンデレラ・ボーイ登場として注目を集める。91年INAXギャラリー、村松画廊(東京)。92年、96年佐谷画廊(東京)。96〜97年 文化庁芸術家在外家研修員・98〜99年 ポーラ美術財団研修生として共にベルリン滞在。2001年ブルス&オックスギャラリー(ベルリン)。02年トーマス・エーベンギャラリー(ニューヨーク)、ハヤカワマサタカギャラリー(東京)。03年シュウゴアーツ(東京)。08年美術館での初個展として「丸山直文展──後ろの正面」(東京・目黒区美術館)を開催する。主なグループ展は、92年「現代美術の視点 形象のはざまに」(東京国立近代美術館、国立国際美術館)、2002-03年「台北ビエンナーレ」(台湾)、2003年「ハピネス──今を生きるために」(森美術館)など。

■Butterfly songデジタル画像のメタデータ
タイトル:Butterfly song。作者:丸山直文。主題:日本の絵画。内容記述:丸山直文, 2004年制作, 縦260.0cm×横260.0cm, アクリル・綿布。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者:シュウゴアーツ。日付:─。資源タイプ:イメージ。フォーマット:JPEG, 2MB。資源識別子:─。情報源:シュウゴアーツ。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:丸山直文, シュウゴアーツ, 国立国際美術館

■参考文献
中林和雄「丸山直文」図録『現代美術への視点 形象のはざまに』p.95, 1992, 東京国立近代美術館
中林和雄「絵画について」図録『現代美術への視点 絵画、唯一なるもの』p.11-p.17, 1995, 東京国立近代美術館
鷹見明彦「しづかに息づく世界のプレゼンスを──伊庭靖子のフォト・ペインティングによせて」『KITCHEN CHIMERA』Vol.010, p.5-p.8, 1996.10.1, ガレリアキマイラ
鷹見明彦「画家たちの美術史(5)丸山直文 ステイン──予兆でもある記憶の光彩」『美術手帖』Vol.835, p.173-p.176, 2003.6, 美術出版社
岡部あおみ・白木栄世「丸山直文 絵画が持つ新たな世界観の広がりを求めて」『Culture Power』2005.6.5(http://apm.musabi.ac.jp/imsc/cp/menu/artist/maruyama_naofumi/intro.html)武蔵野美術大学芸術文化学科, 2008.9.6
丸山直文『Naofumi MARUYAMA: go out go home』2007.11.9, リトルモア
家村珠代「丸山直文インタビュー」『PILIERS』No.23, 24, 2007.11.15, 目黒区美術館
「丸山直文×家村珠代 インタビュー丸山直文の世界」『loftwork Creators File』2008.8.26
http://www.loftwork.com/special/maruyama_iemura.aspx)ロフトワーク, 2008.9.6
2008年9月
[ かげやま こういち ]
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