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学芸員レポート
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「生誕100年 安井仲治 写真のすべて」
東京/東京国立近代美術館 増田玲
「夭折」とまでは言わないまでも、この人がもっと長生きしていればと思うような早世の写真家が、歴史上には何人か存在する。メディアの特性なのか、絵画や文学などに比べると数は多くはないが、その代表格が、1903年に生まれ、42年に38歳で死去した安井仲治だ。松涛美術館で開催されている「生誕100年  安井仲治  写真のすべて」展は、昭和初年、関西をベースに活躍したこの写真家の全貌を、初めて明らかにする意欲的な展覧会である。同時代の写真界において傑出した存在であったばかりでなく、森山大道がその作品に傾倒し、『仲治への旅』と題する写真集をつくるなど、その短い生涯にもかかわらず、安井は日本の写真史において最も重要な仕事を遺したひとりであることは間違いない。
 戦前の写真家、とくに東京や大阪など都市に生活した写真家たちの場合、戦災によってその作品が失われていることが多い。安井も例外ではなく、大阪の空襲で、家業であった紙店の建物は焼失し、代表作の多くがそこで失われた。幸い、宝塚の自宅にあった作品やネガ類は戦災を逃れ、遺族や関係者の尽力によって今日に伝えられてきた作品が、これまでいくつかの展覧会で紹介されてきた。しかしそこにはどうしても失われた作品という壁があったわけだが、従来は発表された雑誌や写真集などの図版としてしか見ることの出来なかった作品も含め、70点近い作品が今回この展覧会のために新たにプリントされた。それによって、本人の手によるヴィンテージ・プリント約120点と合わせ、全体で200点を越える作品と関連資料によって構成される画期的な内容の回顧展が実現した。カタログには安井の文章や書簡など関連文献も採録されており、収録された三本の論文とあわせて、こちらも非常に力の入った充実した構成である。この秋、写真に関心のある方は、必見の展覧会だ。
 これまでいくつかの展覧会の機会や、あるいは書籍を通じて触れてきた安井作品をふりかえると、やはりまず、その独特の作品の「強度」が頭に浮かぶ。あるいは「凄み」とでもいうべきか。今回の展覧会では、その「強度」の源がていねいに分析されていて多くのことを教えられた。その詳細は、ぜひ展覧会をご覧いただきながら確認してもらうとして、今回個人的に気になったのは、安井がかなり長めのレンズを使っていて、それが独特の効果を生んでいるのではないかということだ。
 長いレンズ、つまり望遠系のレンズは、画角がせまく、なおかつ遠近感が圧縮されて写るという特性がある。その結果、遠くの光景の一部が切り出されて、手前に引き寄せられるように見えることになる。いくつかの人物写真での使い方は特に印象的だ。それらでは街中でとらえた群像の中から、一人の(あるいは少数の)人物のみをトリミングによって切り出すという手法が使われている。安井は、比較的遠くから、光景の一部を手繰り寄せるように切り出し、さらにそこから肉薄するようにある人物を切り出していくのだ。
 それは広角系のレンズを使って場面にのめりこむように撮影されるスナップショットとも、あるいは望遠系のレンズを使って、ある距離をもって傍観者的に光景をとらえる写真ともちがう、独特の距離感を感じさせる。ある本で、「間合い」というのは距離を置くためにとるのではなく、いざというときに距離を一気に詰めるためにとるのだ、という話を読んだことがあるが、まさに、安井の写真を見ているとそういう「間合い」を感じるのである。この「間合い」もまた、作品の凄みのひとつの源泉になっているのではないだろうか。
 安井の写真家としての活動は、ちょうど一五年戦争へと向かう時代に重なる。昭和初年、「新興写真」の名のもとにいっせいに近代的な写真表現に取り組んでいった写真界は、時局の進行のなかで、関西を拠点とした安井のように、現実と乖離したより「前衛的」な表現に突き進んだ果てに、思想統制のもとで表現の場を失っていった「アマチュア写真家」と、社会の要請に対して「報道写真」を掲げて応じ、やがて国策宣伝への従事を余儀なくされる東京の「職業写真家」たちという、いわばコインの表裏とも言うべき展開を見せる、と、通り一遍の写真史的な概説では整理される。しかしジャーナリズムなど、直接的な社会的現実への取り組みはしなかったが、あるとき一気に対象の核心に肉薄する安井独特の「間合い」は、安井もまた彼にしかできない方法で同時代の現実と向かい合った、ひとりの強靭な表現者だということを、はっきりと示しているようだ。
 こういうことを考えたのも、安井の作品を見ながら、ここ何カ月か展覧会の準備に取り組んできた木村伊兵衛の仕事がつねに頭の中に浮かんだからだ。木村は「報道写真」を掲げて時代の要請に取り組んでいった写真家の代表的な一人である。年も2歳違い(木村は1901年生れ)であり、カタログのテキストに寄れば、安井は木村のことをひそかにライバルとして意識していたともいう。
 この「安井仲治」展、今年1月号の「artscape」で、期待の展覧会として紹介し、そのなかで、松涛美術館、名古屋市美術館、兵庫県立美術館の3館で開催予定と聞いている、と書いたのだが、兵庫への巡回はなくなったようである。遅ればせながら訂正するとともに、ご関心をお持ちの関西の皆様、ぜひ東京か名古屋へ足を運んでご覧になることをお勧めしたい。

会期と内容
「生誕100年 安井仲治 写真のすべて」
会期:2004年10月5日(火)〜11月21日(日)
休館:月曜日(祝休日は除く)、祝休日の翌日(土・日曜日は除く)
会場:渋谷区松濤美術館
渋谷区松濤2-14-14 Tel. 03-3465-9421
URL:http://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/museum/
※名古屋市美術館に巡回(2005年1月8日〜3月6日)
URL:http://www.art-museum.city.nagoya.jp/

学芸員レポート
 さてこの欄に拙文を載せてもらうのも今回が最後となりました。はばかりながら最後に自分の担当した「木村伊兵衛展」についてご案内。
このバナーを目印に
 この展覧会は、東京国立近代美術館の2階にある「ギャラリー4」をメイン会場にした、比較的小規模な展示である。「ギャラリー4」には戦後の代表作を中心に約70点を展示している。その円熟のカメラワークをご覧いただくと同時に、今回は50点あまりの木村本人によるプリントを展示しているので、そこにもご注目いただきたい。これだけまとまって本人のプリントを見る機会はそうはないと思う。「オリジナル・プリント」とか「ヴィンテージ・プリント」などという概念の無かった時代の写真家であり、印刷の入稿時や展覧会の際に作ったプリントも、用が済んだらほとんど破棄していたので、その熟達したプリントワークの見事さが伝えられているわりには、本人の焼いたプリントはあまり残っていないのだ。独特のやわらかい調子を持つ見事なプリントワークを、ぜひじっくりとご覧いただきたい。
 しかし貴重なプリントが多いとはいえ、さすがに70点あまりでは、とてもこの日本の写真史上最も重要なひとりである写真家の仕事を紹介するには足りない。そこで今回は、所蔵品展示室の各所に、「木村伊兵衛展」の展示を拡張するという、すこし変則的な構成をとっている。当館の所蔵品展示「近代日本の美術」(いわゆる常設展)は、4階から2階にかけて、時代順に日本近代美術の流れを概観する構成となっている。その各時代の展示の中に、1930年代から1950年代初頭までの木村伊兵衛の仕事を紹介する展示を組み込むかたちになっているのだ。
 この部分では、雑誌やポスターから写真技法書、映画のスチル写真まで、多様なかたちで発表された仕事を、プリントだけでなくそれぞれ実際の印刷物によって紹介している。戦災でネガの大半が失われたこともあり、また戦後に円熟期を迎えたこともあって、これまでそれらの戦前・戦中期の仕事がまとまって展示されることは無かった。しかし木村伊兵衛自身にとっては、こうした印刷を通じて社会に流通する仕事が、そのキャリアの始まりから最晩年まで一貫して、もっとも重視した発表の場であったことも、また事実なのだ。
 もちろんその膨大な仕事を網羅できたわけではないが、今回、こうしたかたちで「報道写真」を掲げて時代や社会の要請にフル回転で取り組んでいった戦前・戦中期の仕事ぶりを概観してみると、やはり安井について述べたのと同様、通り一遍の写真史的概観では整理しきれない、「現実」と取り組む息づかいのようなものも見えてくるように感じている。決定版とも言うべき充実した「安井仲治」展と並べてお勧めするのは、すこし気がひけるのだけど、あわせてご覧いただければ、より面白いと思う。なお、こうした構成のため、いささか展示場所が分かりにくいので、会場で配布しているフロアガイドをご参照の上、天井から下がっているバナーを目印にしてください。
 さて今回の展覧会は「草間彌生展」と同時開催、両方観るとかなりの見応えですから、ぜひ時間をたっぷりとってお越しになることをお勧めします。
会期と内容
●木村伊兵衛展
会期:2004年10月9日(土)〜12月19日(日)
休館:月曜日
会場:東京国立近代美術館 本館 ギャラリー4 (2階)+ 所蔵品ギャラリー(3、4階)
URL:http://www.momat.go.jp
東京都千代田区北の丸公園3−1 Tel. 03-5777-8600 (ハローダイヤル)
[ますだ れい]
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