artscape
artscape English site
プライバシーステートメント
フォーカス
大型美術館はどこへ向かうのか?
暮沢剛巳
大型美術館はどこへ向かうのか?
 去る2月9日の夜、東京・森美術館にて、「大型美術館はどこへ向かうのか?──サバイバルへの新たな戦略」と題するシンポジウムが開かれた。これは、開館して4年目を迎えた森美術館が海外のアドバイザリー・コミッティーをゲストに迎えて今後の展望を自由に語ってもらおうという企画で、壇上にはグレン・ラウリィ(ニューヨーク近代美術館館長)、アルフレッド・パクマン (ボンピドゥー・センター国立近代美術館館長)、ニコラス・セロータ(テートギャラリー館長)、ヴェンツェル・ヤコブ(ドイツ近代美術展示館館 長)、ノーマン・ローゼンタール(ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ芸術 監督)、高階秀爾(大原美術館館長)、デヴィッド・エリオット(イスタンブ ール・モダン館長/森美術館前館長)の豪華な顔触れが勢ぞろいし、主催者のPR効果や関心の高さも反映してか、会場には多くの聴衆が詰め掛けていた。
 ちなみに、当日は前半がラウリィ、パクマン、セロータの3氏による自館のプレゼンテーション、後半が他のメンバーを交えたシンポジウムという2部構成で行なわれた。3氏のプレゼンテーションはそれぞれ各館の現状や方針の違いを反映していて興味深かったが、それ以上に印象に強く残ったのが、各館に共通する新たな事業展開の話題である。

大美術館の新たな事業展開
 2004年秋、MoMAはその規模を大幅に拡張して大々的にリニューアル・オープンを飾った。周知のように、この拡張工事案は国際コンペに当選した谷口吉生が手がけたものであるが、館内の総展示面積が大幅に拡張されたにもかかわらず、MoMAは早くも次の拡張を検討しているとのことで、その素早い対応にはなんとも驚かされた。また拡張を検討しているのは今年開館30周年を迎えたポンピドゥーも同様であり、来年にはロレーヌ県の地方都市メスに新館を建設するほか(坂茂が設計したその建物案は、帽子のようなデザインが強いインパクトを与える)、中国の上海にも進出する計画があるという。2000年開館と歴史の浅いテイトにしても、この日のプレゼンでは、発電所をリノベーションした現在の美術館を手がけたヘルツォーク&ド・ムーロンが、2012年を目標にガラス張りの箱状の新館を増築する予定であることが詳しく紹介された。大美術館の拡張や新館・分館建設は今や世界的な傾向と言ってもよく、この日のシンポジウムに参加していた各館以外にも、ルーヴル美術館がランスやアブダビでの分館建設を予定し、大英博物館も中国での事業展開を進めていることが報道されている。
 これらの大美術館の新たな事業展開は、果たして何を意味しているのだろうか。考えられる主だった理由は2通り。ひとつはコレクションの増加にともなう展示・収蔵スペースの不足という至って単純なものである。ポンピドゥーを例に取れば、開館時約12,000〜13,000点だったというコレクションは現在ではその数倍に達し、しかもそのなかにはスケールの大きなインスタレーション作品などが少なからず含まれている。他館でも状況は似たようなもので、これではスペースが不足するのも道理だろう。もうひとつは国際的な競争の激化で、たとえ老舗の大美術館といえども、絶えず新しい事業を展開して対外的にPRしていかなければ、観客動員やプレゼンスの低下に直結してしまう。グローバリズムが浸透し、絶えず世界中から新しいコレクションがもたらされる大美術館にとっては、有名建築家を起用した拡張工事や新館・分館建設は、今や不可欠な事業展開の一部となっているのかもしれない。
 もちろん、こうした傾向に対する異論も少なくなかった。美術館のグローバル化の先例としては、スペインの工業都市ビルバオを訪れる観光客を急増させたグッゲンハイム美術館分館がしばしば挙げられるが、この成功に気をよくして新たな分館の計画に着手する同館に対しては、壇上からは「美術館はフランチャイズ事業ではない」との批判も声も出た。実際、この日のパネリストの多くも自館の拡張路線には懐疑的な一面を覗かせていたし、今後は美術館が建っている地域との連携強化や、コレクションや展示を充実させるためにある程度対象領域を絞るような動きも目立ってくることが予想される。
会場風景 会場風景
森美術館スペシャル・シンポジウム
「大型美術館はどこへ向かうのか?」会場風景
写真提供=森美術館
日本の美術館の位置
 もっとも、大美術館のグローバリズムをめぐってなされた多くの報告を耳にした私は、そこに日本の美術館の方向性が見出せなかったこともあってか、壇上の議論がどこか他人事のようによそよそしく聞こえたことも告白しておかねばならない。当日のホストでもあった森美術館は、最近になってコレクションにも着手し始めたものの、原則的には大型の企画展を専門とする施設だし、また先日近隣には団体展向けの貸会場である国立新美術館が開館したばかりだ。この両館が典型的だが、そもそも日本の美術館のコレクションは質量ともに欧米の大美術館とは比べるべくもなく、またそもそも美術館の母胎となる日本の美術そのものが(古美術や近現代美術といったジャンルの如何を問わず)、地理的な制約の大きさもあって、欧米の美術のような広域的な性格を持っていない。欧米の大美術館が主導するグローバル戦略の下で、日本の美術館の影が薄いのもむべなるかなである。
 ちなみに、当日のモデレーターを務めた南條史生・森美術館館長は、今後は世界の大美術館同士のネットワーク機能を重視すべきとの見解を示していた。昨秋にエリオットの後継として館長に着任した南條氏は、「芸術の未来」(1992)、「CIMAM国際会議」(1994)等のイヴェントでモデレーターを務めた経験がある国際シンポジウムのエキスパートでもあり、当日の司会もいかにも慣れた様子であったが、このネットワーク重視の姿勢は、実はだいぶ以前にこのスペースでも紹介された「AICA国際会議」(1998)★1の頃より一貫したもののようであり、そこには世界の美術館事情に精通した経験豊富なキュレーターならではの現実的な判断がうかがわれた。となると次は、いかなる戦略の下にネットワーク化を展開するのかが問われることになるだろう。グローバル戦略に積極的な欧米の大美術館は、当然ながら日本も視野に入れたうえで事業計画を進めている(例えば、MoMAのミュージアム・ショップはしばらく前から日本でも事業を展開している)。その現状に対して、後手にまわっている観が否めない日本の美術館が今後どのような対応を打ち出していくのかも大いに気になったところである。

★1──AICA国際会議については下記を参照。
南條史生「国際美術評論家連盟日本大会:トランジション──変貌する社会と美術」
暮沢剛巳「『制度』をめぐる議論の行方──『国際美術評論家連盟』総会」
[ くれさわたけみ・美術批評 ]
ページTOPartscapeTOP 
DNP 大日本印刷 ©1996-2007 DAI NIPPON PRINTING Co., Ltd.
アートスケープ/artscapeは、大日本印刷株式会社が運営しています。
アートスケープ/artscapeは、大日本印刷株式会社の登録商標です。
artscape is the registered trademark of DAI NIPPON PRINTING Co., Ltd.
Internet Explorer5.0以上、Netscape4.7以上で快適にご利用いただけます。