DNP Museum Information Japan - artscape
Museum Information Japan
Exhibition Information Japan
Recommendations
Exhibition Reviews
HOME
欧米の美術館でのマイノリティへの対応[4]
アメリカの美術館における学習障害者に対する取り組み

河野哲郎

 地域に開かれた美術館は、子どもに限らず、マイノリティ(社会的弱者)も気楽に活用できる館ではないかという考えが広まってきたのは、比較的近年のことです。当研究会では以前、研究会誌で視覚障害者に対する教育活動を特集しましたが、今回より5回にわたって、聴覚障害者、精神障害者、エスニック・マイノリティ等、様々なマイノリティに対する欧米の美術館の取り組みを紹介したいと思います。
 第4回目の今回は、学習障害へのアメリカの美術館の取り組みを紹介するとともに、英国における障害者に関する博物館界の動向についても触れてみたいと思います。

 筆者は研究会誌で2度、障害者について書いたことがある。1回目が上記の特集(Vol. 4, No. 2, 1993)においてであり、その文中でメトロポリタン美術館が発行した学習障害者教育についてのパンフレットを紹介した。2回目は翌1994年7月(Vol. 5, No. 2)で、英国における博物館のための障害者に関するガイドラインをとりあげた。筆者が学習障害を取り上げた93年当時は学習障害という言葉にまだ新しい響きがあった。一般にはあまり知られていない特別な用語であったと思われる。しかし9年後の2002年現在、その状況は大きく変わったようである。今年の6月、「学習障害(LD)」(柘植雅義著 中公新書1643)という本が新書版で出版された。そのこと自体、この言葉の普及度を物語っているといえるが、本書によれば、1990年代に入って学習障害関係の動きが一気に活発となったという。92年に初めて公的に学習障害という言葉が示された。また全国LD親の会が設立され、日本LD学会の第1回大会も開催された。そして99年には調査研究協力者会議の報告書が出され、学習障害の最終定義や学校内外での支援システムが示された。すなわち現在は、これらのことをふまえた学習障害者に対する支援の実施を推し進めて行く段階にあるわけである。これに対し、アメリカでは、メトロポリタン美術館のパンフレットが出版された84年までに学習障害が少なくとも一部の博物館関係者の注目するところとなっていたといえよう。それから20年近く経った現在、まだ多数とはいえないが、学習障害者に対応できる博物館は増えていると思われる。1990年の「障害を持つアメリカ人法」(The Americans with Disabilities Act )の施行、さらに92年にアメリカ博物館協会が出したExcellence and Equityと題された報告書などによる障害者に対する博物館の認識の高まりがその背景にはあるだろう。

 ここで学習障害についてもう一度簡単に述べておこう。上記のメトロポリタン美術館のパンフレットでは、学習障害には数多くのカテゴリーがあるが、そのうちの5つを例に挙げている。すなわち失読症(読むことが困難である)、書字困難(文字を正しく書くことが困難である)、視覚認知に問題がある、手と目の協応が欠如している、そして方向感覚の欠如である。また、学習障害を持つ子供は以下のような特徴を持つ:注意の集中時間が短い、多動(落ち着きがない)、統合困難(例えば1日とその部分である時間の関係が理解できない)。ひとことで言えば、(1)知的発達に遅れがないこと、(2)学習面で何らかの特異な困難があることがわかれば、学習障害と判断されることになる(前出「学習障害(LD)」)。

 今回ふたたびメトロポリタン美術館の教育プログラムを紹介する。「発見(Discoveries)」は、発達障害(developmentally disabled学習障害を含む、正常な発達が損なわれた状態の総称で、この言葉を使う博物館も少なくない)のある人たちに美術の世界への入り口を提供するプログラムで、日曜日に「墓と寺院と宝物」、「武器と武具」等のテーマでおこなわれる2時間のワークショップである。もうひとつは「楽にして下さい(Make Yourself at Home)」と題され、昔の人々の暮らしを見ようといういうものである。親たちは美術館の年間プログラムパンフレットでこれらのワークショップを知るほか、障害児を持つ親のネットワークを通じて情報を得ている。

 両プログラムとも1回につき3から5家族が参加し、ガイド付きのギャラリー・ツアー、休憩、テーマに沿った美術活動という構成になっている。通常のツアーと異なり、ガイドは質問することでなるべく子どもに見たものについて喋らせようとする。例えば色や形といった、彼らが正しく答えられるようなことや、展示物をよく観察させるようなことを質問する。また、「他に赤いものはどれ?他に丸いものはどれ?」など、絵の中で似たものや関連するものを探させる。話をせずにただうなずいたり指さす子もいるが、彼らは確かに理解し、美術に反応しているのである。ある時代を再現した部屋は、ただ絵を見るのと違って子どもたちが実際にその中にはいるので特に効果的であるという。また部屋やベッドなどは自分の家にもあるので、比較しやすいのだ。このプログラムは1985年に始まった。上記のパンフレットが出版された翌年である。当時まだ開発されたばかりであったこの教育プログラムは17年経った今、常時行われる教育プログラムの一部となって続いているのだ。

 メトロポリタンのほかにもボストン美術館では美術活動を通して文化の多様性をさぐる「美術がいっぱいのアドベンチャー(Artful Adventures)」という学習障害児を含む障害児のためのプログラムを用意しているし、ロスアンジェルス・カウンティー美術館では郡内の学習障害児のいる学校に対して4回のセッション(2回は学校で、2回は美術館でおこなわれる)からなる4週間のプログラムを提供している。ギャラリー・ツアー、美術ワークショップ、美術館とその所蔵作品を紹介するスライド・レクチャーなどが行われる。フラデルフィア美術館をはじめ学習障害や発達障害のある児童・生徒のための教育プログラムがある博物館はまだあり、なお増え続けていくと思われる。

 次に英国における障害者に関する博物館の取り組みについて略記する。英国では80年代はまだまだ博物館関係者の障害者に対する認識は充分とはいえなかったようである。しかし、国際障害者年であった1981年から状況は変わり始めた。82年に「悪循環(Vicious Circle)」(JEM, No. 3)という記事でアン・ピアソン(大英博教育部)は当時の英国における博物館の障害者への対応状況を報告している。その後の状況は、上述したように以前筆者が紹介した「英国障害者に関するガイドライン」(Guidelines on disability in the United Kingdom, Chris Newberry, Museum International No. 180 (Vol. XLV, No. 4, 1993)が次のように説明している。85年にカーネギー英国トラストは「アッテンボロー報告」のなかで障害者の芸術活動への参加を奨励し、その後同トラストは博物館・ギャラリー委員会(Museums and Galleries Comission, 略称 MGC)に対してアドヴァイザー雇用のための資金援助を申し出た。MGCでは1989年から3年間アドヴァイザーを雇い、博物館とギャラリーのための障害者に関するガイドラインを作成し、92年に英国博物館協会の会議で発表された。The Disability Discrimination Actの施行も博物館に大きなインパクトを与えたようである。そしてMuseums and Galleries Commissionに替わって、Library and Information Commissionを併合したResource (The Council for Museums, Archives and Libraries)が2000年4月に発足した。現在、Resourceは多彩な活動を続けており、Inspiring Learning for All - A Framework for Museums, Archives and Libraries 、Disability Directory for Museums and Galleries などの出版も行っている。後者は、1993年にMuseums and Galleries Commission により出版され、97年に内容の更新がおこなわれたDisability Resource Directoryを基にしている。英国ではこのように博物館の障害者への取り組みに関して公的な指導と援助が充実している。今後さらに調査を進めて詳しい紹介ができればと思っている。

[こうの てつろう]


欧米の美術館でのマイノリティへの対応[1]
欧米の美術館でのマイノリティへの対応[2]
欧米の美術館でのマイノリティへの対応[3]
ArtShop ArchivesArt LinksArt Words
prev up next
E-mail: nmp@icc.dnp.co.jp
DAI NIPPON PRINTING Co., Ltd. 2002
アートスケープ/artscape は、大日本印刷株式会社の登録商標です。