reviews & critiques
reviews & critiques ||| レヴュー&批評
home
home
installations
アート・ラボ特別展
“Lovers”古橋悌二/“frost frames”高谷史郎
長谷川祐子

古橋悌二は、1994年のインタヴューの中でこう語っている。
「人間は本質的な深刻の只中にいる時、泣いたり、笑ったり、怒ったり、走ったり、抱きしめたり、一緒に踊ったりというようなとても単純な反応しかできないものだと知りました。科学も議論もゲームに過ぎないんです」スパイラルにおけるアート・ラボ特別展“Lovers”を見て、94年の東京展示(プレミエ)の時とは異なった感慨にとらわれた。“PH”まではダムタイプでの活動を通し、まさに情報環境と身体コミュニケーションの荒廃を『ゲーム』としてパロディ化していた彼が、パーソナルな問題を止揚して、本質論と新しいコミュニケーション論の提示に踏み込んだのが“SIN”だった。スタイル、実存面におけるこの「転向」は賛否両論を巻き起こしたが、この過渡的な自己の内面露出とメッセージの発信を経て、古橋は“Lovers”にたどりついたのである。
 9m四方の暗い空間の中、等身大の裸体の男女の映像がふわりとあらわれ、壁の上をかけぬけ、立ち止まり、虚空をかき抱くように抱擁のポーズをとり、消えていく。中央に設置され、回転しつづける数台のプロジェクターによって投影される青白い、ぼんやりとしたそれらの身体は、マイブリッジの連続写真を思わせるゆっくりとしたモーションの軌跡、その動きによって霊体のような冷ややかな存在感をはなっている。
 唯一古橋の体だけが観客の動きに反応して移動し、正面を向いて腕を広げ、後ろにあおむけに倒れこむように消えてゆく。他の像と異なり、その身ぶりは目前の誰かというよりは、世界をかき抱くようにゆるやかだ。ロマンティシズム、古橋が求めた冷たい官能性の表現が「走ったり、抱きしめたり」という単純な行為として神殿の壁画のように我々をとりまく。この単純なイメージの喚起力の中で、古橋は「センサーとして、コミュニケーションを投げかえす人」のシンボルとして司祭のようにあらわれる。情報化社会の中のはかない身体といった月並みなメタファーを越えて、この単純な古典的ともいえる形式の中には、古橋が到達した、確固とした人間性(ヒューマニティ)の表現があるといえよう。

スローモーションの映像と闇により記憶を刻印するかのような古橋の作品に対し、高谷“frost frames”は、世界を白日のもとにまばたきもせずに見つづけること、そして忘却しつづけることをイメージ化した対照的な作品である。正方形の摺りガラスをスクリーンとして、両方向から異なったイメージがプロジェクションされている。特殊な研究により、この摺りガラスは、光を反射でなく透過するため、観客はそれに対して反対側からの投射されたイメージを見ることになる。自らの影がイメージをさえぎることはなく、ガラススクリーンの向こう側にいる人物の影によってさえぎられるのだ。「互いに見えない他方の世界への界面(インターフェース)」を映像として作りだしている」(阿部四方/解説より)。このメカニズムは、観客の身体の不在感を喚起する。背後からくるプロジェクションの光が自らの透明な身体を貫通しているような錯覚を与えるからだ。そして決して肉眼でとらえられない、1/10000sという電子高速シャッターで撮影したデジタルイメージを1フレーム(1/30s)で表示したという。「電子が視る表象」(同解説)も同様に我々の「眼の思考」をなんなくふりきってしまう。人間の身体のアップ、走る車から撮られた風景――2種類の映像の内容を我々は認識することはできるが、古橋の作品のように我々の中にとり込み「肉体化」することはできない。
 高谷がめざす「未視感」は「新たな映像」という「革新性」のもとに語られるのではなく、従来のコンテクストから断絶した(忘却した)先にあらわれてくるもののようだ。この2人展は、ダムタイプを構成していた2つの個性(要素)を抽出して見せると同時にアートの行方を暗示するものとして興味深いものであった。

LOVERS
古橋悌二「LOVERS」





frost frames
高谷史郎「frost frames」



写真:(c)Canon ARTLAB
アート・ラボ特別展
“Lovers”古橋悌二/“frost frames”高谷史郎
会場:スパイラルガーデン
会期:1998年5月10日〜5月21日
問い合わせ:キヤノンアートラボ Tel.03-5410-3611
eメール:artlab@crpg.canon.co.jp

top
review目次review feature目次feature interview目次interview photo gallery目次photo gallery





Copyright (c) Dai Nippon Printing Co., Ltd. 1998