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掲載/歌田明弘|掲載/影山幸一
大山鳴動ネズミ一匹?──国のウェブ保存政策
歌田明弘
 本欄で4月に、国のウェブ保存政策が変わり始めるようだという話を書いたが、6月17日に、その方針のさらなる変更が発表された。一般の反発を踏まえたものとはいえ、それは、当初の方針の「後退」ともいうべき内容だった。

ウェブ保存に対する反発の声
 ウェブで情報発信をしたことがない人には、ウェブサイトが自動収集されて保存されるというのは「他人ごと」かもしれないが、自分のサイトがある人にとっては、これは聞き捨てならない話だろう。前に書いたように、学生などに尋ねても、こうしたアイデアの評判はよくない。自分の「若書き」がそのまま残ってしまうことになるわけだから、それも当然かもしれない。
 しかし、一昨年のユネスコの総会では「デジタル遺産の保存に関する憲章」が採択され、インターネット情報を含めた電子情報の保存のための取り組みが必要だと、こうした作業の緊急性が強調された。海外の国立の図書館なども、インターネット上の情報の収集や保存・提供を開始している。こうした動きをうけて、国会図書館の納本審議会が、日本でも、ウェブ情報を網羅的に自動収集するという答申を出した。
 国会図書館では、昨年末のこの答申(「骨子」や「概要」、「概要図」も公開されている)について、4月後半の2週間、意見募集を行なった。そして、集まった意見と、それに対する国会図書館側の考え方をサイトで公開している。
 冒頭の意見は、「自分もホームページを公開しているが、高齢であるので、いつ消滅するか分からない。国立国会図書館で個人が発信した情報を収集し、没後にも公開していただきたい」というものだったが、こうした意見はまれで、審議会の答申に批判的な意見のほうが多い。プライバシーや著作権の侵害、さらには違法な情報まで保存してしまうことになるのはまずい、と疑問の声があがった。また、先の答申では、サイトの運営者の事前の許可は不要にして、収集を拒否しないサイトの情報を自動収集するとのことだった。こうした形で著作権を制限することに対しても、次のような反発の声があった。「誰の権利も侵害せず、国立国会図書館として保存する価値のある情報であったとしても、収集・保存・利用提供に当たってそれを所有する本人の事前承認を受けるのは当然のことと考える」。
 一見もっともだが、しかし、このように事前承認制にすると、作業はなかなか進まない。それではうまくいかないからそもそも何とかしたくて審議会に諮問したのだ、というのが国会図書館の(ほんとうは)言いたいことだろう。
 第三者の権利を侵害する情報が保存・公開したものに含まれていないことを国立国会図書館が保証しろ、という意見もあった。これも言いたいことはよくわかるが、自動収集した膨大なコンテンツを個人サイトまで含めていちいちチェックすることはむずかしく、このようにするなら、実際のところウェブ情報を広く自動収集して公開することは諦めなければならなくなるだろう。
 さらに、国会図書館がする作業なら、十分に公共性があり、保存する価値のある情報にかぎるべきだという意見もあり、これももっとものように思えるが、保存する価値があるかないかをどういう基準で決めるのかはむずかしい。そもそもウェブ情報は、低コストで手間ヒマかからず自動収集や保存ができるようになってきている。恣意的な基準によらなくても、「そっくりまるごと」集められるが、選択をすれば、こうしたメリットは失なわれてしまう。
 集まった意見の数々は、インターネット情報の保存や共有化について理解されているとはとてもいえない現状を明らかにした。
 もっとも、こうした声が出るのは、十分予想されたことだろう。私も、こういった反発があるだろうと思い、4月に本欄でいくつか意見を書いた。書きながら、国会図書館はいったいどうするつもりなのだろうと思っていた。はたして国会図書館は、こうした意見を受けて、答申された方針を変更することにしたわけだ。

ウェブ保存の新方針
 新しい方針は、私には、「やっぱり」という気持ちが半分、「そういうことにするんだったら、そもそも審議会が検討する必要があったのだろうか」という気分が半分──つまりちょっと大げさに言えば、大山鳴動ネズミ一匹、の気分が半分だった。
「インターネット情報の収集・利用に関する制度化の考え方」の「改訂版」として出された新しい方針案では、とりわけ個人サイトにはさまざまな権利侵害や違法なコンテンツが含まれており、また国立国会図書館が個人サイトのウェブ情報を収集することについて多様な意見があるという理由をあげて、「対象を公共性の高い機関のサイトにある情報に限る」ということになった。具体的には、国・地方の公共団体、独立行政法人、小学校から大学までの教育機関が対象だ。つまり、公的な機関にかぎり、個人サイトはもちろん、会社等のサイトも対象から除外された。
 公的な機関が発信する情報を残し保存するのは、情報公開の原則に照らしても当たり前のことだろう。原則としては、それにたいする反対というのは考えにくい。異論が出にくい範囲に狭められたわけだが、会社等のサイトまで除外するというのは妥当だろうか。
 私は、少なくとも一般からの書きこみがない会社のサイトは、原則的に事前承認なしに自動収集して保存・公開するべきだと思う。株式を公開した会社が公的な存在であることについてはおそらく異論はないだろうが、株式公開していなくても、組織名を名乗り、ネットで情報発信をしたのであれば、それは公的な存在と見なすべきではないか。答申が気にしていたように、「言論の萎縮」が起きないようにすることは必要不可欠だし、プライバシー侵害についても配慮すべきだとは思うが、たとえ個人であっても、誰もが読める形で情報発信をした以上、もはや私的な情報発信とはいえず、公的な形で保存されることもやむをえないと思う。
 ただし、4月に書いたように、保存はするものの、それをどう公開するかについては一考の余地があると思う。国会図書館内だけで閲覧可能にするとか、二〇年、三〇年、あるいは五〇年など一定期間が経ってから公開する、印刷やコピーは制限するなど、いろいろな形が考えられる。公開の仕方についてはあとでゆっくり考えることにして、とりあえず保存だけ始めたらどうなのだろう。ウェブ情報は生まれる一方で次々になくなっていき、歴史から消えていく。過去のネットの様子を顧みようとした後世の人は、いまのネットを、ほとんど何も残っていない「デジタルの暗黒時代」と見るだろうと言った人がいるが、「暗黒時代」がこれ以上続くことをともかくくい止めるべきではないか。
 もっとも、日本の国会図書館が収集しなくても、「インターネット・アーカイヴ」というアメリカの民間組織は、世界中のウェブ・サイトの保存をすでに始めている。だから、国会図書館がどうするかはもはやたいした問題ではない、という考え方もありうるかもしれない。
 誰もが簡単に広く情報発信でき、その一方で、そうした情報が消えていく。それにたいして自動収集して保存することもできるという前代未聞の環境ができつつある。そうした状況についてどう対処するかという判断が迫られている。
[ うただ あきひろ ]
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