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学芸員レポート
札幌/鎌田享|青森/日沼禎子|大阪/中井康之山口/阿部一直
夏から秋へ。国際芸術センター青森(ACAC)の2つの展覧会
KOSUGI+ANDO「夢の森─記憶の森へ」/辻けい展「あか から あか へ」─Red like the spring water
青森/国際芸術センター青森 日沼禎子
KOSUGI+ANDO《Pendulum─振り子》1
KOSUGI+ANDO《Pendulum─振り子》2
KOSUGI+ANDO《芳一》
上段より
・KOSUGI+ANDO《Pendulum─振り子》
・同
・KOSUGI+ANDO《芳一》
 ACACでは春夏秋冬、季節の変化を意識しながら各プログラムを開催しているのだが、それは、周囲に囲まれた森の環境とともにあるACACでの芸術体験の場というものをより意識してのことである。本年は、毎年恒例の夏のアートフェスティバルに加え、秋のアーティスト・イン・レジデンス展(10月28日〜)の開催を前に、昨年ACACの森に野外作品を制作した、辻けいの展覧会を開催した。今回はこの2つの展覧会についてレポートしたい。

「夏のアートフェスティバル」は、子どもから大人まで気軽に観覧、参加可能な展覧会やワークショップ、各種イベントなどを多彩に盛り込み、夏の森を楽しんでいただくために開催している。木工家・稲元正、写真家・小林廉宜が世界15カ国20カ所の森を取材し撮影した「森の惑星」(2002)をはじめとし、グラフィックデザイナー・粟津潔の100点にもおよぶ作品展「グラフィック・グラフィティ」(2003)、日本におけるペーパークラフトの第一人者である橿尾正次の作品展と、日本の家具デザインGマーク第1号となる作品を生み出した箟敏夫の椅子を紹介する展覧会による「なつ・いろ・かたち・ことば」(2004)。伊豆高原に暮らし、絵とともにある生活を楽しむ画家、谷川晃一、宮迫千鶴による「森のアトリエ」を開催。アーティストとともに森の環境を考え、日々の生活の中にあるものづくりの喜びを伝えるためのプログラムを数々開催してきた。
 5回目となる本年は、メディア・インスタレーションのアーティストユニット、KOSUGI+ANDOにより、「森の夢─記憶の森へ」と題した展覧会を開催した。KOSUGI+ANDOはその洗練された表現と深い物語性によって注目され続けてきた。メディアアートは都市の中で生まれ、表現されるものとしての印象が強いのは、誰しも感じることであろうと思う。実際、KOSUGI+ANDOは、大学の付属ギャラリー、図書館、あるいは都市部で廃校となった小学校など、都市生活の場や知的創造の場における仕事も多い。それとは対象的に、ACACは森の中に囲まれ、圧倒的に自然の力が強い環境である。そうした場の変化が、KOSUGI+ANDOが問題としてきたテーマに大きく刺激を与えることとなった。本展では、記憶、夢、生命の循環をテーマにした過去の代表作をもとに、周囲の森の環境、ACACの特異なギャラリー空間の中で新たな作品として4つのインスタレーションを発表した。その中でも《芳一》と《Pendulum─振り子》は、青森に残る物語、歴史に基づいた作品として生成された。《芳一》は、小泉八雲の怪談「耳なし芳一」からテーマを得た作品で、KOSUGI+ANDOがメディア作品として始めて発表した《芳一─物語と研究》を原案としている。本展では、青森のねぶた祭りの起源とされる物語に登場する人物で、ACACのある雲谷(もや)付近に、かつて小国をつくったといわれる女酋長・阿屋須(おやす)の伝説を加えて制作。雲谷に住む住民によって自主制作された記念誌「おやすの里」に出会い、この作品のヒントを得た。歴史には登場せず、この地域にのみ語り継がれてきた伝説を重ねながら、語るものと語られるものの関係、歴史を繋げていく役割としてのメディアの物語性を言及する作品である。
《Pendulum─振り子》は、1995年に、旧龍池小学校(京都)の地下室で発表した作品を原案としている。廃校になったこの小学校の明治末期から現代までの卒業写真が、観客が中央の椅子に座ることによって壁面にプロジェクションされ、別のモニターに映し出される振り子の映像と呼応しながら現代から過去へと時代を遡っていく。誰もが思い出として心に残る卒業写真のイメージは、他者の個人史でありながら、観客それぞれの記憶と結びつきながら、目の前に立ち現れては消えていく。この作品は、同年、東京の旧赤坂小学校、翌年オランダのアイントホーヘンにあるテキスタイル工場の跡地でも発表されたが、この度のACACでの展示のために、廃校になった旧青森市立宮田小学校の卒業写真を集めた作品として再編成。この地域にとって、よりリアリティのある作品として展開された。1927(昭和2)年から2003(平成15)年までのかつての小学校6年生たちの眼差しが私たちに向けられる。同じだけの時間を過ごしてきた子どもたちの夢や思いが集まり、森の中に静かに降り積もるように眠る。その夢や記憶が、森の精霊となって現代に生きる私たちを静かに見守る。一瞬にして移り変わるスライド写真が留める永遠の時。かつての自分に向き合い、記憶というものの不思議さに向き合う場を生命の宇宙ともいえる森の中で、私たちは体験したのである。

上:「あか から あか へ」会場風景
下:辻けい《荒川》
 続く9月には、辻けいの展覧会「あか から あか へ」を開催。ACACでは、春と秋、いずれも約3カ月滞在の定期招聘を行なうほか、森の中に設置する野外作品(主としてパーマネント)制作のための滞在プログラムも行なっており、その最新作が、辻けいによる《青森─円》である。昨年の11月に完成した作品は雪囲いをし、一冬熟成させ、この春にさらに手を加え、その正式なお披露目とともに、本展開催の運びとなった。
染織から仕事を始めた辻は、舞台美術、アートイベント、プロジェクトなど、幅広い活動を行なってきた。やがて、自らが染織した布(糸)を用い、アボリジニの聖地、メキシコのモンテアルバン遺跡など、砂漠や森、水辺を訪ねるフィールド・ワーク、インスタレーションを行なうようになり、辻の表現の根底をなす仕事となっていく。それは失われた〈祖形〉の姿と出会う旅であると辻は語る。
 本展のタイトルともなる〈あか〉は、チベットのブータンで出会ったラックという貝殻虫の作り出す〈あか〉に出会うことから始まり、旅人としての辻の宿命をさらに決定づける存在となる。〈あか〉は人間が自然界から取り出した究極の色であるとともに、〈水〉であり、〈鉄〉であるのだという。津軽、秋田北部の方言、そしてアイヌ語で〈ワッカ〉は水を意味し、〈アカ水〉とは神仏にお供えする新しい水のことであり、新生児は〈赤ちゃん〉とよばれるように、〈あか〉は多くの言葉の意味を持つ。古代より自然界と人工とを繋ぐ存在としての〈あか〉。あらゆる生命の源である水と、そこから多くの恩恵を受け続ける人との長い歴史を辿る旅。フィールド・ワークとは、もともと民俗学、文化人類学、歴史学、考古学などの分野で用いられる調査研究の方法のことをいうのだが、辻が自らの表現を通して行なっているのはまさしくそうした行為なのである。
 辻けいの青森での初めての仕事は、フィールドワークを含めると7年前に遡る。〈あか〉を訪ね求めた辻は、青森の地に宿る太古のカヘと導かれるように、恐山、ハ甲田山中、小牧野遺跡、遺跡の横を流れ現在も青森市の水源である荒川へと、静かに赤い糸を捧げた。自分の身幅で織った40mもの糸は、水を含み流れる川の動きによって、別の生き物となって辻の手から離れようとする。相当の重量にもなるであろう糸を、川の流れに任せながらも、しっかりと自分の体に引き寄せる。つくることを仕事とするアーティストとしての自己=人工の存在を、大いなる自然の中にひとたび委ねながら、再び自らの力によって手繰り寄せる。そしてまたさらに、その糸は川から引き上げられた後、さらに和紙に漉きこまれることで、永遠に揺らぎ、流れ続ける川の水のように息を吹き返す。そうして繰り返された人為と自然との間にある〈あか〉は、青森という土地から沸き出でた新しい命となって、私たちの目の前に無限の可能性を秘め、広がっていく。
 辻けいは、旅をし、流れていきながらも、辿り着いたその先で自らの「場」を引き寄せる不思議なアーティストだ。それは、力いっぱい楔を打ちつけ礎を築くやり方ではなく、まるで雪の上に残された動物の足跡のようなもの。入れ物としての肉体は既にそこには存在してはいないけれど、残されたその痕跡には、確かにそこにいたという事実、生命の熱が感じ取れる。大きな時空の流れの中においては、人間=アーティストの存在は、そうしたささやかなものなのであるのだと。

 旅が終わり、また旅が始まろうとしている。そうした場面をいくつ見送ってきただろう。アーティスト・イン・レジデンスに残された小さな痕跡たちは、見えない大きな力となって、今もこの森に漂っているのだろうか。

会期と内容

●国際芸術センター青森/夏のアートフェスティバル2006
森の夢─記憶の森へ
会期:2006年8月13日(日)〜9月3日(日)
会場:国際芸術センター青森 青森市合子沢字山崎152-6 
Tel. 017-764-5200 Fax. 017-764-5201 
主催:国際芸術センター青森AIR実行委員会、青森市
協力:大阪成蹊大学芸術学部映像メディア表現研究室

【展覧会】
KOSUGI+ANDO「森の夢─記憶の森へ」
会期:8月13日(日)〜9月3日(日)
会場:ギャラリーA&B 
開館時間:10:00〜19:00[入場無料]

【なつやすみ・森の学校】
──森の音楽隊(ワークショップ&コンサート)
「スティールパンづくり&コンサート」
会期:8月16日(水)〜19日(土)
講師:冨田晃(弘前大学助教授)、弘前大学スティールパン部

──こどもクラフト教室(ワークショップ)
「木工おもちゃづくりワークショップ」
会期:8月26日(土)・27日(日) 
講師:多田千尋(おもちゃ美術館館長)、あおもり木製玩具研究会「わらはんど」のみなさん
主催:あおもり木製玩具研究会・工業総合研究センター弘前地域技術研究所 ※ACAC共催事業

──芸術と科学の実験室(ワークショップ&レクチャー)
「森の夢−アニメーションワークショップ」 
会期:9月2日(土)11:00〜16:00
講師:KOSUGI+ANDO(美術家)

■「記憶の森へ」レクチャー
会期:9月3日(日)14:00
講師:KOSUGI+ANDO(美術家)、吉岡洋(京都大学教授)

●辻けい展「あか から あか へ」
会期:2006年9月9日(土)〜10月1日(日)
会場:国際芸術センター青森
入場無料・会期中無休
開館時間:10:00〜19:00

主催:国際芸術センター青森AIR実行委員会、青森市
協力:(株)岐阜セラツク製造所、越前和紙岩野平三郎製紙所、高知県立紙業技術センター、金津創作の森、鎌倉岩崎経師店、スタジオ・クッキィー(森久)、吉増剛造、小林康夫、太田達、濱崎加奈子、千種さつき、川村玲子、宮崎豊治、檜垣育子、一戸広臣、神央、神令、市川彰、青山洋子、加藤浩一、青木涼子、結城歓、牧野香織、小林フランス、小林女里奈、角田祐二、後藤光恵

・関連事業
──アーティスト・トーク「あか―生死をつなぐ」
会期:2006年9月10日(日) 14:00─
出演:辻けい(美術家)、小林康夫(東京大学教授、表象文化論)

──染色ワークショップ「自分だけの色を探そう」
会期:2006年9月23日(土) 10:00〜12:00 
24日(日)10:00〜15:00
講師:辻けい

[ひぬま ていこ]
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