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学芸員レポート
東京/南雄介神戸/木ノ下智恵子倉敷/柳沢秀行|福岡/川浪千鶴
「音戸アートスケープ ゲニウスロキ2004」展
福岡/福岡県立美術館 川浪千鶴
 8月末、遅れた夏休みを直島で過ごしたあと、広島に帰省する途中で音戸町に立ち寄ってみた。音戸といえば音戸の瀬戸、呉・江田島・軍港、日本初のループ橋・音戸大橋など、教科書にもでていた、一昔前の観光地といったイメージはすぐにいくつか浮かぶが、訪ねるのは今回が初めて。
槙原泰介
岡平愛子
高橋佳江
吉田樹人
上から槙原泰介《a bird perch on》
岡平愛子《はもん》
高橋佳江《present》
吉田樹人《cube》
 
目的は、「音戸アートスケープ ゲニウスロキ2004」展という、歴史ある古い町をテーマと舞台にした現代美術展を見ること。同展は広島市立大学の教員や大学院生が中心となって運営されており、昨年は東広島市の、やはり古い町並みが残る高屋町白市で「白市DNA」というタイトルの展覧会も開催している。今年はさらに音戸町に続いて、(私は未見だが)長崎県島原半島南の南有馬町でも「インターディペンデンス―Cのかたち―」展(9月25日〜10月23日)を開催中で、「美術と地域の新しい関係」を目指した一連のプロジェクトということができるだろう。
 さて、「ゲニウスロキ」とはラテン語で地霊や土地神を意味するという。古代から瀬戸内海交通の要衝の地として栄えた音戸町。ここを訪れたアーティスト達が、この地の歴史や文化といった固有の地域性に注目し場所から発想した作品をつくることで、「場所―鑑賞者―美術作品が有機的につながっていく場」を新たに生み出すことがテーマとなっている。
 実際の音戸町は、先に一昔前の観光地と書いたが、呉市との合併も検討されており、「音戸の過去―現在―未来」を改めて考えなければならない局面を迎えている。同展が橋のたもとに設置された「音戸観光文化会館うずしお」のお披露目も兼ねていることからも、町が観光産業に再度期待しているようすがうかがえる。
 しかし、そういった町の現況を趣旨から読み取れば取るほど、耳慣れないタイトルからは、「場所の固有性を再認識する」ことから美術の可能性を広げていきたいといった、企画者の、美術の側の思わくが強く感じられてしまう。
 その「再認識」をめぐって、本展では作品を通じて、アーティストから鑑賞者へという道筋をつくっていた。しかし、ここでいう鑑賞者には二通りの人間がいる。それは展覧会を見るために訪れた町の外の人と、町の中の人(住民)。由緒ある町並みが、外の人にとって非日常の空間であるのに対して、中の人にとってそこはまさに日常空間。その地に代々住み、これからも住み続ける人々にとって、そこはかつて栄えたひとつの「場所」ではなく、今暮らしているかけがえのない「地域」なのだ。
 場所に深くかかわる企画を行なう際、私は地域住民の存在こそが最も重要だと考えている、展示室を飛び出した美術が、廃屋になった屋敷や倉庫に場所と緊密に結びついた作品の可能性を見つけることもいいが、それがなによりもまず、地域の人のいまとこれからを生きるための「誇り」につながるものであってほしい。白市のプロジェクトの際、親戚が展示会場を提供した関係から住民サイドの感想もいくつか聞いている。これを機に、よその人たちにもっと町の歴史を知ってもらいたい、しかし、町の寂れた姿がよその人のなぐさみになるのは大きなお世話で抵抗がある。どちらも共存する正直な、大切な気持ちなのだ。
 もちろん、今回の音戸プロジェクトからも、学生ら大学関係者たちがていねいに町と住民に接したようすはよく伝わってきた。廃屋を会場に選んだ人が多かったが、今年の猛暑のなか、持ち主との交渉後、何十年手付かずのゴミをかたずけ、その場所を掃除をするだけでも疲労困憊だったに違いない。そうした身を粉にした仕事ぶりを通じて、信頼を寄せてくれた地域の人は少なくないはずだ。個々の展示会場入り口で、受付や案内を担当していたお年寄りたちの親切な応対ぶりからも、そう感じられた。正直な感想として、アート
観光客である私たちにとって、今回も主役は圧倒的に町だった。もとは築100年のお屋敷という現役アパート、遠く船で柱材を運んでつくったという造り酒屋、別荘と呼ばれる屋敷跡、老舗料亭の倉庫。どれも風格と存在感に満ちている。
「ここ古くてすごーい、妖怪アパートみたい」といった脳天気なコメントをしていた私だが、もっとその家の、町の自慢や歴史を聞きたくなった。地図やコメントをペーパーで渡しておしまいではなく、作品の現場での人を介したコミュニケーションの回路をもっと積極的に探ってほしかった。
 昨年、福岡県立美術館は「RE/MAP北天神」プロジェクトを共同開催した。
「RE/MAP」とは、自分の眼と足を使って「もうひとつの地図」をつくること。企画者いわく、それは「既に確定していると思われている地理的事実を疑い、それを一旦解体し、その土地に別の起伏を、別の通路を、別の建物を現出させ、新しい認識地図を作成することを目的としている。それは身体化されたもう一つの地図の作成であり、現在時の至る所にちりばめられた「断片」の中に過去を、そして未来を見出す作業である」。
 RE/MAPプロジェクトは、もちろん都市をテーマにしたプロジェクトの相違はあるが、「地図を片手に街を歩くのではなく、街を歩きながら自身の地図を作成すること。そこでその地図作成のプロセスを公開し、共有してもらうことが僕らに課せられたささやかな使命」と語られた点、「プロセスの共有」は示唆的だ。
 地域の人とともに考え続け、時間をかけてともに関係をつくり続ける。そうした地道な表現活動そのものが、結果的に地域の人々の新たな誇りになりえたとしたら……。美術と地域の、ひとつの理想的な関係を想像してみた。
 
会期と内容
●「音戸アートスケープ ゲニウスロキ2004」展
会期:2004年7月31日(土)〜8月29日(日)
参加作家:参加作家:伊東敏光、岡平愛子、岡本敦生+野田裕示、加納士朗、木村東吾、河野隆
英、櫻井友子、高橋佳江、中村圭、長岡朋恵、藤原勇輝、前川義春、槙原泰介、吉田樹人、米倉大五郎、和田拓治郎
場所:広島県安芸郡音戸町(坪井・引地・鰯浜・北隠渡・南隠渡周辺)
問い合わせ先:音戸アートスケープ実行委員会(音戸町役場企画課) tel.0823-52-1114
URL:http://www.artsite.jp
[かわなみ ちづる]
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