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fieldwork
ギャラリー−4
東京アートフィールド
漂白された部屋の血痕
P-House Gallery《Phantom-Limb》小谷元彦展
Classical Drive
『Classical Drive』(1997)
壁に激突した瞬間の白鳥の姿。見開かれた両眼は、彼(彼女)が未だ衝突を知覚していないことを表している
槻橋 修

千本の腕の幻影

icon彫刻に対して最も鋭く、しかも正確な観察を行うことができるのは、間違いなく彫刻家の眼であろう。彫られたものを見て、それが彫られる間に流れていた時間--彫刻家だけに許された神聖な時間--を想像することができるからだ。同様に画家は絵画に対して、作曲家は音楽に対して、小説家は小説に対して、それぞれに最高の観察眼を養っていると私は考える。作られたものには、作り手だけに伝わるようなメッセージが必ず備わっているものだ。
 小谷元彦の初の個展《Phantom-Limb》に並べられた作品は、それぞれ手法の全く異なった、独立した4つの作品でありながら、同時にただ一つのことを伝えてくる。それが彼の知る、固有の時間の実在である。レパートリーの豊富さや無駄のない作品の配列は、作家の堂々とした雰囲気を感じさせる。しかしそんな雰囲気を破るような若々しい熱気をともなって、彼は古仏、特に千手観音像の魅力を語っていた。彫刻家でなければ、彼の眼前に現象した観音像の無数の腕を見ることは出来ないだろう。ただ我々は、彼が作品に印した血痕--少女の掌でつぶされたラズベリーや回転する円盤から吹き出る血液のシャボン玉--をたよりに、千本の腕の実在、すなわち彫刻的時間の実在へと視線を投げることができるのである。個展のタイトルであるPhantom-Limb(幻肢)は、失ったはずの腕や脚を実在として知覚する心理学的な事象である。しかし幻肢の一般性は問題にならないだろう。彼は幻肢の、彫刻に固有な意味に肉薄しているのだから。それゆえ我々がはじめに目にするのは腕や脚そのものではなく、真っ白に漂白された空間に染み込んだ赤黒い血痕である。それがPhantom-Limbを暗示しているのだ。



Phantom-Limb
『Phantom-Limb』(1997)
5枚の実物大の少女の像が並ぶ。
頭部だけが左右対称に少しずつ
回転されている


Circlet
『Circlet』(1997)
アンモナイトの螺旋形と
サメの歯による混成体
白く、漂うように

漂白された空間のイメージは、映画『2001年:宇宙の旅』のクライマックスで、ボーマン船長が長い時空の回廊(スターゲート)を抜けた後にたどり着く白いロココ風のホテルの一室の光景と通ずる。映画では乳白色のアクリル板が張られた床面を、蛍光灯で下から照らすことによって床面全体が均質に白く発光し、豪奢な調度品は影を失って、部屋の中にちりばめられた記号に変質されている。また部屋のもつ曲線や色彩だけが各々の物質性から切り離されて、全体は高い抽象性を獲得している。今回の展示空間で「地」となっている部屋自体は、このホテルよりもはるかに安普請で荒々しい。天井が取り払われて小屋組も露出させた空間が、壁、床から梁に至るまで、すべて純白に塗られている。さらに床に並べられた蛍光灯が部屋全体を上向きに照らし、凹凸や歪みが見分けられないくらいにハレーションを起こし、ホテルの部屋と同様、重力と影を反転させている。空間全体が浮遊感を帯びて、実寸で並ぶ少女の姿は上昇しているようでもあり、仰臥しているようでもある。また吹き出るシャボン玉も奇妙な軌跡を描いているように見えてしまう。こうした展示空間と作品の一体的な効果は、ギャラリー側がスペースを一定の状態に維持しようとした場合には決して望めない。作品のためならペンキも塗り、床に穴を開けることも厭わない、ギャラリー側の果敢な姿勢が作品全体に統一感を与えているのだとも言えるだろう。



Fair Complexion(cell01)
『Fair Complexion(cell01)』(1997)
アクリル板で作られた光箱の上部から、
作家の血液を含んだシャボン玉が吹き出す
P-House:果敢なる秘密基地

この展覧会が行われているP-Houseは、毎回セルフリフォームしているようなギャラリーで、展示スペース以外の部分も含めて全体的に「果敢な」という形容の似合うところだ。恵比寿・代官山の一角に残っていた、狭い木造の日本家屋を改装したもので、ギャラリーは2階部分のほとんど占めている。一階には前面を全部解放できるカフェ・レストランがあり、巾70センチもないような階段――いわゆる木造住宅の階段--でギャラリーとつながっている。間仕切り壁をすべて取り払ってつくられたカフェ・スペースは飾り気のない落ちついた雰囲気だが、階段を上るとそこには一転して漂白された抽象的な空間が隠されている。まるで少年時代に空想する秘密基地のような、あるいはからくり屋敷のような体験で、楽しませてくれる。

展示室内観1
展示室内観。
むき出した梁も白く塗られている
展示室内観2 カフェ ギャラリー入口 外観
展示室内観 一階のカフェ・レストラン 狭い階段がそのまま
ギャラリーの入口に
なっている
外観
《Phantom-Limb》小谷元彦展
会場:P-House Gallery 渋谷区恵比寿西1-29-9
会期:1997年10月24日(金)〜11月23日(日)
開廊時間:午後2時30分〜午後8時(月休)
問い合わせ:Tel.03-5458-3359
写真:槻橋 修
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